19◇制服と馬車の中の話
「あぁ……少し大きいが、似合っているじゃないか」
俺は学院への出発前に、フリップの制服を借りていた。
「これが制服か」
ある集団で決まった服を着るとかいうやつである。
六英雄はそこらへんバラバラだったので、初めて身に纏う。
魔法学院の制服は黒を基調とした、少し高そうなものだった。
『似合ってるわよ!』
「体に合ってない服は戦いの邪魔になるから嫌だけど……まぁ学生やる分には構わないか」
『えぇ! そ、それに小柄なあんたがブカブカした服着てるのってなんか……なんか……ふふっ』
ミカの鼻息が荒い。
お互いの本音を語り合って以来、だんだんとこんな感じになってしまったのだ。
「僕の服しかなくてな。時間をもらえれば用意させたんだが」
フリップは同い年だが、俺よりも体格がいい。
「大丈夫、これで問題ないよ。今日行きたいって言ったのは俺だし」
手の甲の半分あたりまでが袖で隠れてしまうが、まぁ構わない。
「エレノア殿は来たがったが、任務が入ってしまったようだ」
そういえば朝食の後に逢った時に話をしたら『! この不肖エレノアがレインさまの保護者として付き添いさせていただきます……! え!? 任務!? 忌々しい!』と叫んでいた。
あとなんとかって教師に気をつけろとも言っていた。
それに下校までに任務を片付けるから制服を脱がないでほしいとも。
「任務ならしょうがない。フェリスもいるしな」
「はい、お供させていただきます」
黒髪メイドのフェリスがゆったりと一礼した。
ちなみに彼女はもう一人の黒髪メイドレジーの姉らしい。
「よし、行こう」
引き留めようとするキャロ達をなんとか宥め、馬車で出発。
「先程の、任務という言葉で思い出したのだが」
フリップが躊躇いがちに口を開いた。
馬車には向かい合うように座席が用意され、俺の隣にフェリス、向かいにフリップが腰掛ける。
フリップの護衛は御者も兼ねるようで、中にはいない。
「あぁ」
「君が抜けたことで、人類の戦いは厳しくなったのではないか? ……もちろん、彼らのやり方を認めるわけではないが」
「分かってるよ。それに問題ない」
「……というと?」
ふむ、魔王の息子だし特に隠すこともないか。
「エレノアとおっさんを交えて、最初に色々約束してな。すごくざっくりと言うと、今でも人間領を守るために戦ってるんだ」
フリップは腰を浮かしかけた。
「なっ!? ……い、いや、驚いたが、納得でもある。君が抜けて以降も、野蛮な魔族共の領地が増えたという話は聞かなかったから……」
一年前は俺がいても世界全体で少しずつ領土を削られていたが、少し前からはそれも滞り気味だ。
「この国のおかげだよ」
「……潜入させている者達か」
人間もどうにかこうにか捕らえた魔族から情報を引き出そうとしていたが、これは難航していた。
だからって潜入させるというのも難しい。
瘴気の中で活動出来る人材自体が稀だし、そんなやつなら戦力として防衛に欲しいのだ。
それでも挑戦してみたことはあるが、ことごとく失敗に終わってしまった。
だが同じ魔族ならば話は違ってくる。
実際、この国の諜報活動は素晴らしいの一言。
平和を掲げる魔族の国として成立しているだけある。
周辺国の情勢のみならず、人間領を攻める者達も未来の脅威として調べていたのだ。
俺が助けた『七人組』の思惑も結構入り込んでいるようで、人間についてもよく調べていた。
――俺のことを救い出すとか考えてたみたいだし、人間だけじゃなくそれを狙う勢力も調べるよな。
大きな勢力の人類領侵攻作戦などの情報を掴めば、その当日には高確率で俺も現れるだろうし。
「人間領への圧力が低下しているという話まであるが……あれも君か」
これまでは人間側で手に入る情報をもとに、甚大な被害な出る前に敵の主力を挫くなどの戦闘が主だった。
潜入がそもそも出来ないので、詳細な情報を集めるのに苦労していたのだ。
しかしこの国の情報網を借りられるようになり、向こうが人類領との境界に向かって侵攻する直前やもっと前に潰せるようになったのだ。
一つの勢力を潰してもその土地が取り戻せるわけではないし、すぐに別の勢力下に置かれるのだが、人類の助けにはなる。
少なくとも直近の脅威は排除出来るのだから。
それでも全滅に程遠いあたり、今でもぽんぽん『裂け目』は発生しているようだ。
「全部じゃないけどな、英雄のやつらもいるし。おっさんはそのあたり、教えてくれないのか?」
「学生の内は青春を楽しめ、と」
言いそうだ。
特大の『裂け目』が出現するって時も、俺を寝かせておこうとしていた人だから。
「……じゃあ俺も言わない方が良かったかもな」
「いや、君も分かっているだろう? 父上は優しすぎる」
「そのあたりは、よく知らんが家庭の問題っていうか。俺が口を出すようなことじゃあないと思うが……」
「そうだな、しかし知れることなら知りたい」
「って言っても、今ので終わりだけど」
「エレノア殿のように『空間転移』が使えるのは以前聞いたが、いつ戦いに? 君は結構……自由を満喫しているように見えたが」
『よくぞ聞いてくれたわ!』
ミカのテンションが上がった。
『確かにレインは最上級のヒモ生活を送っているけれど、敵は待ってはくれない。食事中や遊びの最中に情報が入ってくることもあるわけ!』
「あ、あぁ、聖剣殿の言う通りだ」
『そこで! 食事中は「時空属性」で食べ物の時を止め、遊びの最中は「ちょっとトイレ」とチビ共を欺き、入浴中だったら「水属性」の水分操作で付着した水滴を払い、睡眠中でもアタシが起こすことですぐに戦場に赴くことが可能なのよ!』
「……な、なるほど。分かる部分と分からない部分があるが、結果そのものは理解出来た。しかしそれでは気の休まる時がないのでは?」
「あー、体の疲労は『治癒』魔法でなんとかなるし、睡眠の質も魔法で上げてるから問題ないよ。ベッドがふかふかなおかげでよく眠れるし。気持ちよくて二度寝したくなるほどだ」
『基本単独行動だから移動時間を気にしなくていいのと、周り全部敵だから気遣いも要らないのと、情報精度が高いから無駄な時間取られないのもあって、ヒモと両立出来てるわ』
今朝見た夢でもあいつらが話してたが、英雄みんなの『空間移動』は大変。
普段は周囲の兵士や後方に守るべき拠点があったりするので、色々と考えて行動しなければならないが、敵地ど真ん中なら加減も要らない。
あと情報を探りながら動きを決めていくのではなく最初から攻撃対象の所在が明らかなので、出発してから問題解決までの時間がグッと縮んだ。
「元々修行の時間もとってたし、それを今は『やりたいこと』に使ってる感じだな」
魔法はイメージが重要なので、精神集中してイメージが薄れないようにしている。
剣の腕については、そろそろ誰かに相手してもらわないと衰えてきそうだ。
魔王軍に誰かいないか聞いてみよう。
『あいつらから学べるものはもう習得したし、今思えば白銀おっぱいはナイスタイミングだったわね』
それでも単純な剣の腕は【剣聖】が、先を見通す力では【軍神】が勝っている。
あいつらの得意分野で上回ることは【勇者】の万能性でも難しいようだった。
でも魔力に関しては俺が一番高い。【賢者】の才能は魔力というより、魔法の扱いに関するもの。
魔剣を壊せる魔法などは、あいつが新しく作ったものだ。今は俺とあいつしか使えないが。
「……なるほど、食客生活の中でそのような活動を……。それも英雄の使命、ということか?」
「いや、俺の気分の問題だ」
「き、気分?」
「目の前で人が死ぬと、気分が悪いだろ。逆に助けるのが間に合って感謝された時は、『あぁ良かった』と思う。戦いは嫌いだし、敵だって別に殺したくないのに、そう思うんだよ」
「……そう、か」
エレノアは俺を魔王軍のヒモに誘う時、俺はきっと人助けをやめられないし、それに協力すると言ってくれた。
そして今、俺は楽しいヒモ生活を送りながら、それを心から楽しむべく戦いも続けている。
自分が好き勝手やる代わりに、前なら助けられてたかもしれない人間がどんどん死んでいく……なんてのは気分が悪すぎる。
それが英雄として育てられた所為で感じるものなのだとしても、今の俺の本心には変わりない。
「そんなことより学校の話してくれ」
何か問題が起きたり起こりそうだったら、誰かが俺のところに来ることになっている。
大きな『裂け目』などの魔力的なあれこれであれば、俺とミカの感覚が捉えるし。
「そ、そんなことか……。さ、さすがだな。やはり、君から学べるものは多そうだ」
「え、まずは学生やらせてくれるんだろう?」
そう言うと、ようやくフリップは笑った。
「あぁ、そうだな。あ、そういえばうちの学院は食堂で出す料理も一級だぞ」
「ほんとか……!? なんだよ学校……楽しみになってきたな」
そうこうしている間に、学院の前に到着する。
下りた瞬間、デカイ門が視界に入ってきて――すぐ消えた。
「レインさま~……!」
なんて間延びした声と共に、柔らかい何かに包まれる。
抱き締められているようだ。
『……もう分かるわよね』
――あぁ、この人が七人組の一人っていう教師だな。




