15◇『裂け目』の脅威
すぴぃすぴぃ、なんて寝息が色んなところから聞こえる。
俺のベッドはそのフカフカさや謎の天蓋も特徴だが、なによりも――大きいのだ。
広いと言ってもいいかもしれない。なんならベッド上で生活出来そうなくらい。
そんな俺のベッドには今、チビ達が寝ている。
思った以上に懐かれてしまった……というだけではなさそうだ。
元気に見えても、悪漢の手に渡り、帰るべき場所を失った童女たち。
不安や恐怖、寂しさがどうしようもなく押し寄せてくる時があるだろう。
英雄をやってる時は、そういう子供たちを保護しても後のことは人任せだった。
今だって生活の世話などは魔王軍が焼いてくれているわけだが。
俺が近くにいることで安心して眠れるというのなら、それくらいは構わない。
決して、「一緒に寝よ……?」といううるうるした瞳に負けたわけではないのだ。
『レイン』
「分かってる」
俺にしがみつくウサ耳のキャロを優しく引き剥がし、眠りながら涙を流す子の目もとを拭い、うなされる子供の背中を優しく撫でる。
彼女たちの様子を確認し、俺はベッドから下りる。
そして、いつの間にかミカが魔王軍に用意させた専用の台座――なんか岩っぽいものにミカが突き刺さっているように見える――から引き抜く。
『今日は魔族領に近そうね』
「あぁ」
俺たちはそっと部屋から出て、小声で会話を続ける。
『あんたの動き、もう【軍神】は気づいているかしら』
「だろうな。なるべく五英雄のいないところで動いてはいるけど、あいつなら気づくさ」
エレノアが約束してくれた通り、俺は自由にやっている。
良い魔族がいるのは分かったが、悪い魔族の脅威は依然として周囲を脅かしている。
俺は普通の生活ってやつに憧れていただけで、別に英雄の使命とやらが嫌いなわけではない。
なので、こうして夜な夜な――たまには昼も――城を抜け出し、危なそうなやつを倒したり、困っている人を助けたりしている。
『今日は……あぁ、魔王軍もさすがに気づいているみたいね』
「そりゃ自分たちの国から近いとこだしな。昼間勝手やったばっかだし、エレノアに言ってから行こうと思う」
『ふっ』
「なんだよ」
『失敗して反省するなんて、良い子ね』
「……はぁ?」
『褒めているのよ。良い子ねって』
「……あぁ、そういう」
前に見かけたことがある。
子供が自分ちの庭にある木に登り、枝を折って落下してしまった。
たまたま俺が見ていたので怪我はしなかったが、その子は駆けつけた父親にえらく怒られていた。
子供は泣きながら謝り、父親も無事で良かったと安堵の表情を浮かべながら抱きしめていた。
失敗して、反省し、改める。
そうか、これも普通の子供が経験することの一つか。
「元々、魔法の失敗は沢山したけどな」
『戦うための魔法でしょ……今日のとは違うわ。でも、あんたよく弱音一つ吐かずに訓練に耐えたわよね。何言われても「分かった」って答えて。最初はあたしともあんまり喋らなかったし……』
「まぁ、どうでもよかったしな」
赤子の時に捨てられたから親の記憶はないが、つまり俺のことが要らなかったのだろう。
孤児院にはそんな奴らがいっぱいいて、そいつらの中でもグループや上下関係があった。
あの環境で生きる希望を持てという方が難しい。華やかな未来など想像の余地もなかった。
もしかしたら、施設によっては違ったのかもしれないが。俺のいたところはそうだった。
だから勇者の紋が出て、孤児院の大人連中が『レインがどれだけの値で売れるか』をわくわくした様子で話し合っていても、何も思わなかった。
結局五英雄が俺を発見する方が早くて、どこぞに売り払う計画は失敗に終わったみたいだが。
『……そんな状態から、よくここまで来たわよ』
「お前っていう喋り相手がいたからかもな」
『ばっ……! あたしはあいつらに加担したも同然な悪い聖剣なんだから、そんなこと言ってもらう資格なんて……っ』
「許すって言っただろ。……ついた、ここだ」
話を切り上げて、ある扉の前に立つ。
ノックすると、中の者達が驚く気配が伝わってきた。
かくれんぼではすぐ見つかってしまったが、本気で気配を隠せばこれくらい出来るのである。
「かくれんぼではすぐ見つかってしまったが、な」
『……分かったってば。よほど悔しかったのね』
扉を開けて中に入ると、そこは会議室だった。
魔王や四天王他、何人かの魔族が卓を囲んでいる。
ミュリとその兄――フリップというのだと知った――の父である魔王の見た目は、正直ちょっと威圧感がある。
そこらへんの竜くらいなら、片腕で首とか千切ってしまいそうな。オークならデコピンで破裂させられそうな、そんな感じの雰囲気を漂わせている。
のに――。
「おや、レインくんじゃないか。眠れなかったのかい? 枕がいけなかったのかもしれないね、パパが後で用意しよう」
優しいのだ。
あと俺はあんたをパパとは呼ばないぞ。
長男のフリップが父上と呼ぶようになって大変悲しいと嘆いていた、このおっさんこそが。
平和な魔族の国を統べる賢王だ。
「きっと子供たちの寝相に苦しめられたのでしょう。おいたわしや……。それにあの子たちったら、なんて羨ましい……私だってまだ……寝顔を拝する栄誉に浴する機会を得ていないというのに……」
エレノアだ。
真夜中になってもその美しい白銀の髪の輝きは陰らない。
『視線からして、白銀おっぱい以外にも七人組が紛れ込んでるわね』
会議室にいる内の三人くらいだろうか。なんか視線で分かるようになってしまった。
四天王は男女二名ずつ、他にも何人かいるが、これはこの話し合いに必要な者達か。
「して、勇者殿。魔王様のお客人とはいえ、このような時間に何用か」
獅子の獣人だ。四天王の一人だったと記憶している。
魔力はそう高くないが、そもそも武人タイプだろう。こういうやつは勘とか気配とかで攻撃を回避するので、敵にすると結構厄介だったりする。しかも一撃の威力が高いので、危ない。
「うん、普段はそっちの事情には関わらないようにしてるけど、今日は目的が被ってそうだから」
会議室の空気が引き締まった。
「なななな、何を言ってるんだいレインくん? パパ達は今、明日の献立について話し合っているだけだよ?」
『嘘が下手とかいうレベルではないわね』
本当だったとしたら、平和な国で結構なことだが。
「レインさま……。お気持ちはとても嬉しいです、本当に。ですがお約束しました通り、我々はレインさまの【勇者】としてのお力を利用するようなことは決してありません」
エレノアが悲しげに言う。
そう。
本当に、この国に来てから一度も、俺はあれをしろこれをしろと言われたことがない。
『裂け目』というのは、この世界と魔界とを繋ぐ門のようなもの。
大昔から自然発生するもので、ちょろちょろと魔獣などが紛れ込んでは冒険者連中に討伐されていた。
問題は、魔界の強いやつらがこれに目をつけ、人為的に巨大な『裂け目』を開こうとしたこと。
これが成功したために、今のような世界になった。
「分かってるよ。けど今回のはかなりデカイだろ」
この国のやつらは優しい者ばかりで、俺を利用しようとかはまったく考えない。
しかも、かなり大規模な『裂け目』の発生を予期しても、俺に頼らず解決しようとしている。
「で、ですが……」
「約束はまだある。自由にしていいんだろ? でもここは魔族領だし、相談しに来た」
俺は全員を見回す。
「俺がやりたいから、『裂け目』を片付ける。いいだろ?」
今日で連載から1週間となりました。
総合評価も20000ポイントを超え、沢山の方々にご興味持っていただけて嬉しいです……!
基本日常モノですが、レインの最強感も出せればと思っています。
引き続き応援いただければ幸いですm(_ _)m




