08
「早かったですね」
扉を開けてくれたステラさんの第一声。
部屋の中に促されて入る。今日はおじいさんが部屋にはいなかった。お店の方にいるのかな?
「ワトレイノイズ様は本日は自室にいます」
……やはりステラさんは読心術を持っているのかもしれない。
「いえ、あなたはかなりわかりやすい表情をしていますから」
またしても、言葉にしてないのに思ったことを察しられてしまった。
ステラさんは私の着衣を見て頷いた。
「ちゃんと着れているようですね。大丈夫と言いながらもちゃんと着れない方が多いのですが、安心しました。その服はあなたの仕事着になります。少し大きいようですが動くのに支障はありますか?」
「いえ、腕まくりすれば腕の方は大丈夫ですし、スカートの方も激しく動くのでなければ問題なさそうです」
「後は、あなた髪を縛るものは持っている?」
「はい」
ポケットから紐を取り出して、髪を後ろで一つに縛る。
「……まぁ、お客様の前に出るわけではないので良しとしましょう。あなた髪は自分で切っているの?」
「ねーちゃ……姉に切ってもらってます」
「どのように?」
「えっと、髪を片手でギュッと持って、適当な長さでザクッと……」
だから、結構私の髪の長さはガタガタだったりする。
美容院なんていくお金ない。私のあまりのガタガタ加減に見かねて、近所のお姉さんに髪の長さを整えてもらっているのでそんなにおかしくないと思うんだけど。
ステラさんは、ため息をついてる。
「庶民の間ではそれが普通なのかしら……」
自分で切ったり、家族に切ってもらうのは普通ですね。
呟きのようだったので、心の中で返答しておく。
「とりあえずはいいわ。あなたが必要とする場所を案内します」
「はい、お願いします」
部屋を出るステラさんの後に続く。
「一階ですが、あそこがダイニングです。ダイニングの先にキッチンがあります。お昼は十二時の鐘が鳴ったら来てください」
「はい」
一つの扉を指して言い、階段を上がる。
他にも扉はあるけれど暗に、私には入るなという事だろう。
二階に上がり、左を示す。
「先にある右の扉は脱衣所です。その横はトイレ。そして、ここに掃除用具が入っています」
と、階段のすぐ横の扉を開ける。そこに箒やバケツが入っていた。
「使うものがあればここから持ち出してください。持ち出したものはちゃんとここに片付けてください」
扉を閉め、更に横の扉を開く。
この家では小さな部屋。洗面所……洗濯場のような感じになっている。
「掃除などの水はここを使って下さい。右の扉はベランダになります」
説明するとすぐに扉を閉める。
階段からまっすぐ歩き、突き当りは昨日見せてもらった散らかっている書斎だ。
廊下の左側……ベランダの方には窓がいくつかあり、外からの光が差し込んでいる。
右側にも扉があるが説明はないので一階と同じく入るなという事だろう。
書斎の扉を開けると、中は昨日となんら変わってないように思う。
「何かあったら、私はお店の方にいるので昨日ワトレイノイズ様とお話をしたあの部屋の扉をたたきなさい」
「わかりました」
「ああ、それと、少し待っていて」
そうに言うと、ステラさんがトイレと家の方に進んで行って、すぐに戻ってきた。
手には何かを持っている。
少し黄ばんでいる布……といっても、私の着ている服より多分上等なもの……を私に差し出す。
「髪と口元をこれで覆いなさい。書斎には小さな窓しかありませんから」
「ありがとうございます」
ステラさんはもしかしたら優しい人なのかもしれない。
もしくはツンデレ?
布を受け取り、お礼を言う。
「あ。あの」
「なんですか?」
「私、荷物を脱衣場に置いておいてしまいまして……」
私が持っていたバッグもね、はた目から見るとボロボロだからね。この綺麗な服があのバッグで汚れるかもしれ無いのが怖くて持ってこれなかったんだよね……。
なけなしのお金も入ってるけど、多分ここは脱衣所に置いておいた方が安全だって思ったから置いてきたんだ。
でも、もしステラさんが見たら、ごみと勘違いして捨てられちゃうかもしれない。
「ええ、着替えて帰っていただきますから大丈夫ですよ」
捨てないでねという思いを込めて言ったのだけれど、ステラさんには別の意味で伝わったようだ。微妙にずれた認識をされたけれど、これで捨てられることはい、と思う。
書斎には私一人が残った。
扉から正面に小さな窓が一つ。足の踏み場がないほど散らかっているので、本を横に積みながら窓の方へ移動する。
窓には埃がたまっていた。
これ、開くかな……。
ガッ……ギギッ……
窓の開くような音じゃない音がしつつ、力を込めると窓が少しだけ開いた。
外から風が吹いてくる。全然開いてないよりはいいだろう。
ステラさんから渡してもらった布を頭と口周りに巻く。
「さて」
腕まくりをし、近くにあった本を手に取る。手にとっては、積み上げていく。
まずは自分の作業スペースを確保するところから始めよう。
本は埃をかぶっているものもあれば、比較的埃のかぶっていないものもある。
入口付近の本は綺麗なので、「買った本をとりあえずここに入れておこう」とおいておいたのかもしれない。
隅の方にある本はだいぶ埃を積もらせていたので、何年この書斎はこの散らかりようなのか……。
近くの本屋よりここにある本の方が品ぞろえ豊富のような気がする。
本は結構高価だ。決してこんな感じに乱雑に置いておいていいようなものではない。
本の価格は安い物でも、兄ちゃんの二ヶ月分の給料。それが最低価格だから、今私が手に持っては積み上げている本は箔押しや装飾などしてあるし、羊皮紙だったりと、この本一冊で兄ちゃんの年収超えるんじゃないかなぁ……。
埃を手でサッと拭い、ぱらりと本を開く。
中はしみひとつついていない。
しかも、しっかり汚れないように魔法までかかってる。
本だけでも高いのに、魔法までかかってるとするといったいこの本は一冊いくらなんだ……。
と、思ったところで、首を軽く振った。
いや、値段を知ったらこの本を触れないような気がする。
陶器みたいに割れたりしないからその分楽に触ることはできるけど。
この本の量からして、ずいぶんこのお店は儲かってるみたい。
今日は帰りに裏から表に回ってこのお店を見てみよう。昨日はちょっと混乱してて見て帰るの忘れちゃったし。
本に埋もれて気づかなかったけど、机を発掘した。シンプルな机で、敷きだしは一つだけ。ランプなど明かりはない。
引き出しには鍵はかかっていなくて、引き出しの中には高価そうな万年筆が数本と、インク、白い紙が入っていた。白い紙も結構高価だ。
高価だから、うちでは小さな黒板を使っている。
そういえばこの部屋、小さな窓しかないのには明るい。
光源を探して上を見ると、天井に魔法灯がある。このお店は魔法がすぐ横にある感じ。前世の“電気”と同じぐらいここでは魔法が身近だ。
私の魔力が小さくても魔法が発動しているのはどういう仕組みなのか。
説明されてもわからないだろうけど、ちょっと知りたくもある。
本を積み上げながら、本のタイトルだけざっと見たけれど、この国以外のいろんな文字で書かれている。少なくとも五つの文字の種類がある。
本のジャンルも様々だ。タイトルを読んだだけだけれど、【泉の魔女】は多分物語だろうし、【できる男はここが違う】っていうのは実用書?その他にも【花図鑑】とか【ファルディオの歴史】とか……ファルディオというのは確か隣の国だったような気がする。
文字の種類で分けるべきか、ジャンルで分けるべきか……。
お昼の時に聞いてみよう。
それによってまずはその分類ごとにまとめる場所を作ろう。
ある程度の作業スペースが確保できたところで、十二時の鐘が鳴った。
出口までの道は確保しておいたので、ゆっくりと部屋の出口に歩く。詰みあがった本の雪崩が起きるのは避けたい。
扉の前で、頭と口に巻いた布を取り、パンパンと埃を払う。
書斎から出て布を畳み、書斎の前に置いておく。
それから、階段の横の洗濯場(仮)で手を洗ってから下におりた。