07
朝の六時の鐘で目が覚める。
寝過ごした!今日は兄ちゃんは早番だ!
勢いよく起きて、寝室から台所へ出ると、そこには誰もいなかった。
しまった……。兄ちゃんに行ってらっしゃいが言えなかった……。
テーブルの上の小さな黒板に、兄ちゃんの字で『無理すんな』って書いてあった。
思わず笑ってしまう。
昨日の夢は詳しく覚えてないけど、悪夢だったきがるす。
知らないでいるのはよくないこと……けれど、知ったところで何もできなければ意味がない。
どちらも辛いなぁと思った。
夢だけれど、もしかしたらあの夢は私の前世の夢だったのかもしれない。
ぱんっと両頬を叩き、気合を入れる。
寝室を覗くとリョウが寝ていて、姉ちゃんのベッドはきれいなまま。帰ってこなかったようだ。
台所に戻り、朝の支度をする。
リョウと朝食を食べ、送り出した後自分も支度をする。
支度と言っても小さなバックに少しのお金を入れるだけの支度。鏡は小さいものが一つだけ壁にかかっているので、櫛でちょっとだけ髪を整える。
服は私が持っている服の中でも、良い服にした。と言っても、本当に少しだけいい服。毛羽立ってるし……。
家を出て昨日のお店に向かう。
そういえば、お店の名前も聞いてなかった。
中央北東エリアに貴族が経営してるお店があったってことにかなり私は驚いていたらしい。
同年代と比べると落ち着いているねーなんて言われてたけど、それもこれまでなのかもしれないな。
十で神童、十五で才子、二十歳過ぎれば只の人っていうし。
……。……神童なんて呼ばれたことなかったわ。落ち着いてるねって言われただけだったわ。
なんてことを考えているとお店につく。
ドアの横に張り紙がしてあり、【リュウ 花のドアノッカーを三回】と書いてあった。
九時の鐘が鳴り始めると同時に、その紙に書いてある通りノックすると昨日と同じく少しだけドアが開く。
ドアを開くと、ステラさんがいた。
「おはようございます」
びっくりしたけど、挨拶をする。
ステラさんは私を上から下まで見てから挨拶を返した。
「おはようございます。昨日よりはましな服装ですね」
「……は、はい……」
「リュウさん、靴を脱いだらこの魔方陣に乗ってください」
昨日はなかった魔法陣が、玄関……裏口?の隅にあった。複雑な模様が刻んである魔方陣だ。
魔法陣をじっと見ると、そこに読める文字がる。
「二階へ……?」
「……あなた、この文字も読めるのですか?」
「え、あ……この、ここの部分だけです。他のはよくわかりません」
「………」
読めたところを示すと、ステラさんの顔が険しくなる。
……失敗しちゃったかな……。
「このまま乗ればいいんですか?」
「はい。二階へ転移する魔法陣です。私が最初に試したのでちゃんと起動しますよ。転移したら動かず待っていてください」
「わかりました」
これ以上ステラさんを不機嫌にさせるわけにはいかないので、大人しく指示に従う。
靴を脱ぐと、やっぱり私の足は汚れている。
靴下買うべきかな……。
魔法陣に乗ると、数秒してから景色が変わった。
先ほどまでとは違い、小さな部屋だ。壁はクリーム色。年季は入っているが綺麗にしてある。壁に小さな魔法石が埋め込まれており、その周りに小さな魔方陣が彫られている。
腰ぐらいまでのチェストがあり、その上には鉢植えのかわいい花がある。チェストの横にはかご。
床には魔法陣。先ほどは【二階へ】とあったが、同じところに【一階へ】と書いてある。
ドアは三つ。そのうちの一つのドアの前には床にタオルが敷いてある。
脱衣所みたいだなぁと思った。
しばらくじっとしていると、ドアがノックされた。
「リュウさん、入りますよ」
「はい」
ステラさんは手に服を持ち入ってきた。
「昨日も気になりましたが、あなたは汚いわ。その恰好でこのお店で動かれたら、他のものも汚れてしまいます」
「すみません……」
「まぁ、あなたは庶民にしては綺麗にしている方だとは思います。ですが、不十分ですので、あなたはここに来ましたら先ほどの魔法陣に乗り、ここへきて、最初にシャワーを浴びてもらいます」
やはりここは脱衣所だったか……。
そんなに私は汚いかなぁ?足は確かに汚いから、足だけ洗えばいいような気がするんだけどなぁ……。
「全身洗いなさい」
ステラさんはもしかして心の声が読めるのだろうか!?
「ここの説明をします。しっかり覚えてください」
「はい」
ステラさんが入ってきたドアの反対のドア、タオルが敷いてあるドアを開けると、お風呂場だった。
その他のドアは、ステラさんが入ってきたところは廊下に出る、もう一つは物置だという。
お風呂は私が使う簡易お風呂の二倍ぐらいの広さがある。青系のタイルが敷いてあり、壁は脱衣所と同じクリーム色。ただ、壁の目線の高さあたりにぐるりと部屋を一周する魔法陣か何かが刻まれている。
湯船もあるけれど、そこには湯はたまっていない。壁にはシャワー。
お風呂場の隅にボトルがいくつか置いてあり、ボディソープとシャンプーとリンスを教えてもらった。
お湯は蛇口が二つ付いていて、一つは水、もう一つはかなり熱いお湯が出るので調整して使う。お湯はやけどの恐れがあるから気をつけろと二回ぐらい言われた。
お風呂が終わったらよく拭いてから、小さな魔法石が埋め込まれている魔法陣へ魔力を少し流し込めば髪が渇くらしい。電気のある世界で、“ドライヤー”って言ってたやつかなと思った。
ぬれたタオルは、かごに入れておくように言われ、着替えにと、服と靴を置かれたところで、鈴の音が聞こえた。
「お客様ね。私は下におりるわ。あなたは用意ができたら魔法陣で下におりてきて頂戴」
「わかりました」
「服の着方はわかるかしら?」
「大丈夫です」
私が頷くと、ステラさんは魔法陣に乗り消えた。
ステラさんがいなくなったので、服を脱ぎお風呂にはいる。
簡易お風呂では湯船に溜まったお湯を桶ですくいながら体を流したりするので、シャワーは久しぶりだ。大衆風呂にはシャワーはあるけれど、めったに行かないし。
言われたとおり、体を洗い、髪を洗う。
ボディソープも、シャンプーもさわやかな香りがするけど、そんなにきつい香りじゃない。
脱衣所にあるタオルで体と髪を拭く。タオルはふわふわで、このタオル一枚で私の今着ている服が五着ぐらい買えそうだなと思った。
その後は言われたとおり、魔石に魔力を込めると、ふわっと髪が渇く。ふわっとと言ったが、一瞬ではなく十数秒はかかった。一分はかかってないと思う。それにしても、これはめちゃくちゃ便利だ。
下着は今まで自分がつけていたものを再度着て、ステラさんに持ってきてもらった服を手に取る。
手に取っただけでわかる、これはめちゃくちゃ高いやつだ……。
生地からしてなめらかで手触りがいい。
色は薄い青色のワンピース。それと、ペチコートに、靴下、エプロン。
ステラさんを思い出すと、ステラさんの服装はこのワンピースより少し濃い青色で、白のエプロンだった気がする。
ペチコートを着て、ワンピースに腕を通すとさらさらしていて気持ちがいい。
こんな上等なものを着させてもらって大丈夫だろうか?
汚したら弁償とか言われたら払えない気がする……。
けれど、昨日廊下を歩かせてもらった時にかなり高価そうなものもあったから、それを汚すよりはまだ服の方がお値段的には安いのかもしれない……。
少し悩みながらも、靴下、エプロン、靴と支度を整える。
服も靴も少し私よりも大きい。
自分の服は畳んで床の上に置いておいた。高級なタオルとかと一緒には置けない。
魔法陣に乗ると入ってきたところに戻ってきた。
淡い光がともっている。昨日通された部屋の扉は閉まっていたが、多分同じところに行けばいいのだろうと、足を進める。
扉の前で深呼吸をして、軽くノックをする。