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05

 この街では靴を脱いで家に上がるというのは稀だ。

 というか、私が十五年生きてきてそういう家に入ったことがない。

 うちもベッド以外は土足だし……。私の昔の記憶の中に靴を脱いで上がるのが普通だったことがあるから、何の疑問も持たずに普通に靴を脱いで上がってたわ……。

 ……待って、っていうことはこの女性は、靴で上がることが一般的ではないってことを知っていて、わざと何も言わなかったの?

 ちょっとこの女性は意地悪なんじゃないだろうか……。


 もやもやしていると、女性がスリッパを靴棚から出してくれ、汚れても大丈夫だと言ってくれたのでそれを履かせてもらう。

 女性の後をついて扉をくぐると、その部屋はいろいろな物があった。しかし散らかっているわけではなく、うまく片付けられている。見たことがないものが多く、近くに積んである本はやはり見たことがないくらいに立派な装飾がされている本。

 床にはじゅうたんが敷かれていて、ローテーブルとソファー。ローテーブルにもソファーにもレースで編んだカバーがしてある。視線を移すとやや低めの衝立。衝立の向こうには立派な机、立派な椅子にローブ姿のおじいさんがいた。おじいさんは何か机に向かって書いている。

 もしかしなくても貴族なのかもしれない。

 背後で女性が扉を閉めてびくっとしてしまう。


「君が、あの張り紙を読んだのかね?」


 おじいさんの声に、おじいさんを見る。

 丸い眼鏡をかけて、やせ形で、顔には皺が刻まれている。長い白髪をオールバックにしており、目はきれいな青。優しそうなお爺さんだ。


「はい」

「ドアは何回ノックしたかの?」

「花のドアノッカーで、三回、二回、三回としました」

「ほほぉ。ステラが裏のドアを閉め忘れたのかと思ったがそうではないようじゃの」

「私はちゃんと閉めました」


 ステラと呼ばれた先ほどの女性はおじいさんの言葉に少し不機嫌になった。

 そのままおじいさんの近くへと行く。私はその場から動かずにいた。


「なんじゃ、ちょっとした冗談じゃよ」


 おじいさんはちょっと肩をすくめてから私を見る。


「お前さん名前は何というんじゃ?」

「リュウです」

「ワシはこの店の店主、アウグスティン・ジャルーマス・ワトレイノイズという。おじいさんとでも呼んでくれ。そちらにいる女性はステラ」

「ステラ・ルベトレイ・メイワナです」


 や、やっぱり貴族だった!!

 この部屋にある調度品もどれも高そうなものばかりだし、おじいさんの着ているローブも、ステラさんが着ている服も仕立てもいいし、いい生地が使ってそうな服着てる。

 ステラさんは髪もきれいだし……。すごく場違いなところに来ちゃったかも……。


「して、張り紙を見たということは職を探しているということで間違いないかの?」

「はい」

「ここが何の店か、リュウは知っているかの?」

「……いいえ……看板を見るに、薬草と魔法……かな、と」

「何の店か知らずに来たの?」

「……はい」


 張り紙につられてすぐに戸を叩いちゃったけど、先に何のお店か確認すべきだった……。

 就活でちゃんとお店を見てから入ろうって教訓を得ていたのに、東と北の間のお店だから確認怠っちゃった……。


「もしかして、あなたどこかのお屋敷から逃げ出してきたとか、何かをして解雇されてきたのではないですよね?」

「ステラ、そんないい方しなくとも……」

「いいえ、しっかりさせておく必要があります。面倒ごとを持ってこられては困りますからね」


 確かに、はたから見ると訳ありな人物に見えるだろうな。

 しかも貴族から見ればぼろぼろの服を着ているし、髪だってぼさぼさ。そういえば、西エリアに行ったら汚いっていわれて追い出されたな……。

 東エリアなら普通だけど、西エリア付近の貴族が来るようなお店だと私は門前払いだよね……。


 ここは、中央エリアの東北だけど!

 しかもこんな裏道のような場所に貴族がやってるお店があるなんて思わないじゃん!


 なんてことは、心の中で思うだけで声には出さない。

 小さく深呼吸をして、おじいさんを見る。


「どこかのお屋敷で働いていたことはありません。先月まで弟の世話をしていました。弟の世話をする前は果物屋で働いてました」

「貴女、親は?」

「親はいません。親のことは覚えていません」


 ステラさんへはっきりと答えると、ステラさんはおじいさんにこそこそと話しかける。


「ワトレイノイズ様、やはり卑しい身のようです。私は反対です」


 聞こえてますよ……!?


 その時、ちりりんときれいな鈴の音が鳴った。


「ほれ、お客さんが来たようじゃ」


 おじいさんに言われて、ステラさんは後ろ髪をひかれつつ私が入ってきたドアとは別のドアから出ていった。

 部屋にはおじいさんと私。


「すまんな。まっすぐすぎる子でな、ワシを心配しておるのじゃ」

「……はい」


 おじいさんは席を立ち、衝立の向こうからローテーブルのほうへ移動した。


「ほれ、リュウもこちらに座りなさい。立っていては疲れてしまうじゃろ?」


 おじいさんに促されるままに、おじいさんの正面に座る。

 指をくるっと回すと、私の前にお茶が現れた。

 魔法だ!


「ステラの入れたお茶のほうがおいしいんじゃがの。まぁ、一口どうじゃ?」


 そういって自分でもお茶を一口飲む。

 私もカップを持血上げる。紅茶のいい香りがする。一口含むと紅茶が口に広がった。いつも家で飲んでいるお茶とは比較にならないぐらいいいお茶を使っている。

 一口だけ飲んで、そっと机の上に戻した。


「お前さんのことを教えてくれるかの?」

「はい」

「何歳じゃ?」

「十五歳です」

「貴族ではないんじゃな?」

「はい。東エリアに兄弟四人で住んでいます」

「では、どうやって文字を知ったのじゃ?」

「文字は、姉から教わりました」

「ずいぶん博識なお姉さんじゃの。お姉さんの職業は何をしてるんじゃ?」

「……わかりません。兄と弟は食堂で働いていますが、姉が何をしているのかはわかりません」

「ふむ」


 おじいさんはクルクルっと指を振る。すると部屋にある本が飛んでおじいさんの前に並んだ。

 その本の一つを私に向かって見せる。


「何と書いてあるか読めるかの?」

「簡単に作れる夕食の献立」

「ではこれは?」

「花の国のお姫様」

「では……」


 いくつもの本のタイトルを読み上げる。

 おじいさんはだんだんはしゃぎだし、次々に本が積み重なっていく。私は、問われるままに本のタイトルを読み上げていった。

 積み重なった本が倒れないか少し不安になるぐらい高くなった時、横から少し呆れたような口調で声がかかる。


「何をなさっているんですか?」


 ステラさんが戻ってきた。


「いや~、ついつい面白くての」


 ……もしかして私は遊ばれていた?

 そんなに文字が読める庶民が珍しいのだろうか……?


「ここで働きたいと申しておるのじゃから、文字が読めるかどうかの確認は必要であろう?何せ、おぬしの次にここで働く人材の面談だからのぉ」

「それは確かにそうですね。私ほどの人材はなかなかいるとは思えませんが」


 ステラさんがおじいさんの言葉にちょっとうれしそうにしてる。

 私は聞かれない限りは黙っている。貴族の会話に割り込めるほど肝は据わってません。


「ステラはの、空島にある高等学校を首席で卒業した優秀なものなんじゃよ。なんでか、高官の仕事を蹴ってワシのところで働いてくれているがの」

「あたりまえです。貴方のもとで働くことは名誉なことですから」

「ワシはいらぬといったんじゃよ。この店も一人でしていくつもりだったんじゃがな」

「貴方一人で置いておくわけにはいかないでしょう。没頭してしまうと、あなたは数日ご飯も食べませんからね。下手したら死んでしまいますよ。お年もお年ですし」

「そうさな、ステラがやめたら、私は一人でも大丈夫だと言っておるのだが、ステラがそれを良しとせんのじゃ」


 おじいさんは困ったように笑った。そしてステラさんはそのまま私を見る。


「私はせめて空島で学問を学んだことのあるちゃんとした学のある人物が良いと思っています。こんなみすぼらしい学のなさそうな子を雇おうとするなんて……前にお店の商品を盗まれたり、暴力を振るわれたりしたことを忘れたのですか?私はそうなるんじゃないかと思っています」


 とりあえず、めちゃくちゃ反対されていることは伝わってくる。

 後、おじいさんのことを本当に心配してるんだなぁということも。

 確かに、身元がしっかりしていて、かつ貴族とかだったら、庶民の私と比べたら安心だろうけれど。それに、以前何か暴力とか盗みとかをされたことがあるみたいだし。


「じゃから、表立って募集はせずに張り紙を張ったじゃろう?」

「……そうですね。確かに、あの張り紙を読めたのですから少なからずその子は学があるのでしょう」


 ステラさんの言葉を黙って聞いてると、不意に私を見た。


「貴女、魔法は使えるの?」

「光の魔法を少しだけ使えます」

「そのほかは?」

「使えません」

「私は、三つの属性の魔法を使えて、文字だって四種類も読むことができるわ」

「さすがにお主基準にされると誰も働き手が来ぬ」

「魔法が使えないとだめですか?」

「そんなことはないのう。主な仕事は雑用じゃからな。ステラには魔法も教えておったがの」


 空島の優秀な人に教えられるなんて、この人はすごい魔法使いなのね。

 私、場違いなんじゃ……。


「本当は私がずっと働きたいのに……」

「おぬしの旦那さんはずいぶんおぬしに配慮してくれたと思うぞ」

「……それは、そうですが……」


 歯切れの悪いステラさんを見て、おじいさんは腕を組んだ。


「ふむ。ワシとしてはこの子でいいと思ったんじゃが、ステラがそこまで言うのであれば仕方ない。リュウには一つテストをしてもらおうかの」

「テストですか?」

「うむ。二階にある書斎の本をきれいに片付ける。それがテストじゃ。その片づけをステラが見て納得したら雇おう。それでどうじゃ?」

「……わかりました……」


 ステラさんはしぶしぶうなづいた。


「では、期限は一週間とさせていただくので良いですか?」

「ちと少ないくないかの?」

「いえ、私としては少し長く見積もりました。もし、空島の学校を出たものであれば少なからず魔法は使えるので早くできるでしょうが、その子は光の魔法しか使えませんので配慮しました」

「そ、そうか……」


 きっぱりというステラさんにお爺さんは少したじろいている。


「私は今月でお暇致しますので、次の子を探すにしてもぎりぎりの期限です。もちろん、その間も私がその子をふさわしくないと思ったら、その時は当初の私の提案の通り、空島の学校に募集の張り紙を出させていただきます」

「そうじゃな。リュウはそれでよいか?」

「はい」


 頷きで返す。


「その間の賃金は払おう」

「ありがとうございます。あの……」

「なんじゃ?」

「ここは何のお店なんですか?」


 ここのお店は一体何のお店なのか結局出てこなかったので、私のほうから聞く。


「おお、そうじゃった。ここは薬屋じゃよ。薬を主に扱っておる。あとは薬を作るときに使う植物も扱っておるな。おぬしが、書斎をきれいに片付け、ステラが納得したら再度仕事について話し合おう。無論その時、仕事内容を聞き断ってもかまわん」

「はい」

「こんな所かの。ステラ、書斎を案内してやってくれ」

「わかりました」


 ステラさんが歩き始めたので、私も席を立ちステラさんの後を追う。

 部屋を出て、階段を上がる。階段を上がると廊下が伸びており、どこもかしこも高級感があった。階段の手すりも何か彫り物がしてあったし……。

 うっかり壊してしまったり、汚してしまったりしたら弁償できないと思い、なるべく中央を歩く。

 廊下をまっすぐ進み、突き当りの部屋を開けた。

 部屋の大きさはうちのダイニングキッチンと同じぐらいの大きさだと思う。

 その部屋に天井まである本棚が四つ。本棚には本はあまり入っておらず、床に足の踏み場もないぐらい本が散乱していた。

 いったいどうやったらこんなに散らかせるのだろう……。


「この書斎を片付けることが貴女の最初の仕事です。まぁ、最初で最後の仕事だと思いますが」

「……頑張ります」

「明日の九時から五時まで。出入りは今日と同じく裏口から入りなさい。お昼はこちらで準備します。あと服装ですが、それ以外の服はありませんか?」

「……あと二着ありますけど……」

「それと同じような服ですか?」

「はい……」

「わかりました」


 ステラさんは大きくため息をついた。

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