04
リョウが兄ちゃんと一緒に働きだしてから一カ月たった。
今のところ体調を崩すことはなかった。リョウも仕事に慣れてきたので、今日から兄ちゃんは早番と遅番もシフトに組み込まれ、今日は早番で出て行った。
兄ちゃん所の食堂は、朝は七時から開く。仕込みの関係で、早番は六時出勤だ。兄ちゃんが早番の時は、兄ちゃんがスープを作ってくれる。
遅番の時は十一時出勤だ。
リョウは数年は八時出勤。まだ小さいからね。
素直で見た目もかわいいリョウは職場でも可愛がって貰えているらしい。それにリョウは負けず嫌いな所があるのでめげなさそうだ。
すでにリョウも仕事に向かった。
私は洗濯物を洗って干し終わって家に戻ると、丁度九時の鐘が鳴る。
姉ちゃんは職場に行く為に出かけるところだった。
「姉ちゃん、行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくる。今日は夕飯はいらない。明日も今日と同じ時間」
「わかった」
メモ代わりの小さな黒板にも書いただろうに、姉ちゃんは口頭でも伝えてくれる。
ぽんぽんと頭を撫でられた。
どうしたんだろうと姉ちゃんを見る。
「リュウ、無理するなよ?本当にリュウ一人ぐらいなら私が一生養ってやるから」
めちゃくちゃ男前なことを言われた。姉ちゃんが男の人だったら、プロポーズに取られるような言葉。
私は何と返したらいいかわからず、苦笑を返して、姉ちゃんを送り出した。
私は就職活動……就活を初めて一カ月、未だに仕事が見つかっていない。
ことごとく、ことごとく断られている。
東付近で探してたけれど見つからず、中央北エリアも、中央西方面や南エリアの商人街にも足を延ばしたけれど見事に断られた。
東付近のお店はちょうど人手が足りているか、荷物の運搬などの肉体労働系の力のある人を募集していた。
ちなみに私の就活は、お店の戸を叩いて、雇ってほしいという直談判するこの街では一般的な就活だ。
南エリアの商人街の方には『従業員募集』の張り紙も結構あって、文字が読めるから有利かもって思い行ってみた。
張り紙に募集してるじゃないかといくつかの店舗に食い下がってみたが、結果的にはダメだった。
まずは身なり、私は三着を着まわしている。寝間着はなく、お風呂から出て着替えて次の日のお風呂まで同じ服を着てる。これは私が住んでいる東エリアでは普通だ。
身なりで断られたところはいい物をあつかっているところだったのだろう。商品を持ち逃げされるとでも思って断ったのかもしれない。もしくは貴族思考の人かも。
張り紙を見て飛び込むように入っていったので、断られてからはもう少しお店を見てから入ろうと思った。
身なりで断られた経験から、私でも買えるものがありそうな商品を扱っているところに行ってみたが、今度は年齢と性別で断られることになった。
年齢は私は十五歳。今まで何の仕事をしていたのかと聞かれ、七歳から少しだけ果物屋で働き、その後は弟の世話をしていたと告げると渋い顔になった。
訳ありだと思われたらしい。さらに、もし雇うのであれば十歳ぐらいまでで仕事について変な癖がついてないような子を求めている感じだった。リョウだったら雇ってもらえたかもしれない。
そして性別。荷物を運べる体格のいい男の方がほしいみたいだ。兄ちゃんだったらすぐに雇ってもらえそう。
さらに容姿も……。綺麗な人可愛い人だったら店先で雇ってもらえるみたいだけど、私の容姿は……普通だ。決して美人ではない。姉ちゃんみたいな綺麗な人だったらすぐに雇ってもらえただろう。
電気がある世界では差別だーとかなんとかで騒いだりする人がいるかもしれないけど、ここではそうに言われて納得してしまうような理由だった。
そんな感じで惨敗だった。
今日は冒険者ギルドで話を聞いてこよう。
商人組合より、冒険者ギルドの方が庶民に優しいっていうし……。
とぼとぼとした足取りで、冒険者ギルドへ向かう。
いつもより道がにぎやかなことに気付いた。冒険者ギルドへ行く大通りで人垣ができている。ここから先には進めなさそう。
何があったのだろう?
「あの、この人だかりはどうかしたんですか?」
近くにいる人へ聞いた。見上げるぐらい背が高く、額から右目の端にかけて傷がある強面。体格は兄ちゃんよりかなりいかめしい。鎧を着ていて、私の背ぐらいあるんじゃないかってくらい大きなハンマーを携えているので冒険者だろう。
冒険者はびっくりしたように私を見た。話しかけられたことに驚いているようだ。
普通であれば私も話しかけない。何となく近くにいる人に話しかけたらこの人だっただけだ。
答えてくれないかなと思ったが、冒険者はにかっと笑った。
その顔もちょっと怖い。
「嬢ちゃんは『黄金の翼』っていうパーティは知ってるか?」
「はい。この街を拠点としている、見目麗しい金髪のナルシストの貴族だけど腕は一流の人がリーダーのトップランクの人たちですよね」
冒険者は何とも言い表しがたい顔をしている。
「じゃぁ『花明り』は?」
「知ってます。同じくトップランクのパーティで腹黒魔法使いがリーダーの人たちですよね?」
「……みんなそうに思ってるのか?」
「私の周りでは」
ちなみに姉ちゃん情報だ。
冒険者は苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
「その二つのパーティがどうかしたんですか?」
「あ、ああ。その二つのパーティが小競り合いしているんだ」
「こんな往来でですか?」
「武器を出して小競り合いしているわけじゃなくてな、言葉と言葉の応酬だ。しばらくすると拳も出ることになりそうだが」
一応、街の中では有事がない限り武器を抜くことは禁止だ。
「ということは、しばらくはこの道はこのままでしょうか?」
「そうなるな」
この道を行くのが一番冒険者ギルドに安全で近い道なのだが仕方がない。別の道で行こう。
「教えて下さってありがとうございます」
冒険者の人にお礼を言い、その場を離れる。
外回りの脇道より内回りの脇道の方が安全なので、大通りから一本内側の道に入る。大通りは馬車がすれ違い、人が横を歩いても十分な広さがあり、道の両側にはオープンカフェ的な大衆向けのお店が立ち並んでいる。
一本内側の道にはいると、馬車がすれ違えるぐらいの巾の道に、馬車一台分の幅しかない道が通っている。
大通りの喧騒が無いみたいに静かな道だ。
この道にもお店や住宅があるが、専門的なお店が多い。大通りのような大衆向けなお店は稀だ。
人通りは少ないが、全くいないわけではない。
あまり歩かない道なので、冒険しているみたいでちょっとわくわくした。
大通りではあまりない張り紙が壁に多く張り出されている。
ここ一カ月は張り紙も注意してみるようになっていたので、すぐに目が行ってしまう自分が恨めしい。
人やペットを探しているという張り紙や指名手配犯の張り紙、新しいお店のオープンの張り紙と、色々な張り紙がある。
それを一つ一つ目で追ってしまう。
はたと、一つの張り紙が目に付いた。
【働き手募集。仕事内容、時間要相談。花のドアノッカーを三・二・三で叩いて下さい。】
働き手募集!
上を見ると、看板があった。看板には葉っぱと杖の模様と三つの魔石が埋め込まれていて、どれもちゃんと輝きがある。
闇営業のお店だと魔石が真っ黒か、魔石がない。
仕事内容はかいてないが、葉っぱの模様は薬草、杖のマークは魔法。魔法の薬草でも扱っているお店なんだろうか……。
ドアは木製ですりガラスの窓があるが中は見えない。壁にも窓がなく店内を見ることができない。こちらはもしかしたらお店の裏側なのかもしれない。
ぐるりと回ってお店の反対側、多分表側になるところに回り込んだほうがいいのかとも思ったが、張り紙はこちら側にあるし、こちら側からの受付なのかもしれない。表に回って、また裏に回ってくれと言われると二度手間になるし……。
回り込めそうな小道は通ってきた道にはなかった。反対側に回るには、一度この道を出て遠回りしなければならない。
腕を組みその場で考える。
ドアを見ると、中央には獅子のドアノッカーがある。
視線をずらしていくとドアの横の壁に小さな花のドアノッカーがあった。
看板もちゃんと許可をもらっている看板なので、変なお店ではないだろう。
私は花のドアノッカーに手をかけた。
紙に書いてある通り、ロアノッカーをたたく。
トトトン・トトン・トトトン
カチッと音がして、ドアが内側に開いた。
これは、入っていいのかな……?
その場で少し待ってみたが、人はでてこなさそうなので、そっとドアを開けて中をうかがう。
やはり裏口のようだ。玄関のようになっており、傘立てが置いてある。傘立てとは別にコートスタンドがあり、女性のものと思われるコートがかかっていた。中は少し薄暗い。
少し先には小さな段があって、その横には靴棚。靴棚には靴がいくつか置いてあった。靴棚の上には小さな花の植木鉢。花は淡く光っていて、照らしてくれている。
何とも言えない独特のにおいがするが、嫌な臭いではない。
玄関の先はホール、左右に扉が一個づつあって、まっすぐ進むと少しだけ開いた扉がある。扉からは明かりと話し声が聞こえた。なんと話しているかはここからだと聞き取れない。
人がいることは確認できたけど、私には気づかなそう……。
「こんにちはー」
中には入らず、ドアノブをしっかり握ったまま家の中に身を乗り出し声を張る。
話し声が止まり、足音がして扉が開いた。
その人が壁に触れるとパッと廊下が明るくなる。
「あら、お客さん?そちらは裏口なのよ」
上品な女性が出てきた。私を上から下まで見て、少し顔をしかめる。
「違います。張り紙を見たのですが」
「張り紙を?」
「はい。働き手募集と……」
「……あなたはあれが読めるのね?」
「え?」
「ワトレイノイズ様、張り紙を見てきたそうですよ」
女性は背後に声をかけて、少し話をしてから私のほうへ近寄る。
「店主が貴女と話すわ。あがって」
「ありがとうございます!」
ドアを閉めて、靴を脱いで上がる。靴をそろえて自分の足が汚いことに気づいた。
あ、靴下とか履いてないから足汚いけど大丈夫かな……。
なんて考えていると、すぐ近くに女性がいて少し驚いた顔をしている。
「あの……」
「あなた、どこかのお屋敷で働いていたの?」
「いえ……」