表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/64

9、私の密偵になって下さい!

 カルミアが外に出ると、静かだったはずの海は一変していた。その原因は後方に見える海賊船にある。黒い帆にドクロを掲げ、海賊であることをこれでもかと主張していた。

 普通はこれだけで威嚇になるが、カルミアたちの船に効果はない。それどころかまるで向かって来るような動きを見せたことから武力行使に訴えたようだ。

 どう対処してやろうかと考えていたカルミアだが、甲板にリシャールの姿を見つけて動揺する。


「リシャールさん!? ここは危ないですから、どうぞ中でくつろいでいてください!」


「ご心配なく。これでもアレクシーネの校長ですから、自分の身は自分で守れます」


 確かにアレクシーネの校長が、たかが海賊の襲撃でおびえていては話にならない。魔法界にはこれ以上の脅威が潜んでいるのだ。


「カルミアさんに何かあってはいけません邪魔は致しませんのでそばにいさせて下さい」


 なんとカルミアの身を案じて追いかけてくれたらしい。リシャールの穏やかさは変わらず、心配はいらないと言われているようだった。


(本当に新鮮な対応……。こんな風に私を一人の女性として扱ってくれる人がこの船にいたかしら。いいえ、いないわ)


 幼い頃は大切にされていたが、それも成長と共に失った気がする。

 船の上で育ったカルミアにとって海は庭のようなもので、この海で敵になるような相手がいないことを船員たちはみな知っている。だからこそカルミアが前に出れば道を譲り、安心して任せているのだ。


「みんな、見せ場は私が貰うわよ!」


 カルミアは風を操り海賊船を翻弄する。最初の衝撃は相手も同じ手法を使ったようだが、到底カルミアの起こす風には及ばない。こちらは転覆寸前まで追い込んでいる。不規則に揺らすことで向こうの船員たちをたっぷりと船酔いさせてから、水の膜で船全体を覆い持ち上げた。

 まるで巨大なシャボン玉が宙に浮いているようだ。水の膜は内側からの攻撃を通さず、大砲の玉さえクッションのように無効化してしまう。捕らえられた海賊たちは目に見えてわめき散らすが、水に遮られて一切の音は遮断されていた。


「このまま港まで連行して引き渡しましょう」


「でた。帆船を波ごと持ち上げる女……」


 重い物を持ち上げるには多くの魔力が必要となるが、カルミアは顔色一つ変えずにそれを行う。だから女性として扱われることがないのだとリデロは切実に訴えようとしたが、カレーを取り上げられては敵わないので大人しくしていた。


 襲撃事件はものの数分で片付けられ、海は静穏を取り戻す。海賊船は後方を担当する船員に見張らせ、カルミアはリシャールと甲板を歩いていた。

 船員たちは気を利かせたのか二人から距離を取り、遠巻きに見守っている。おかげで賑やかな船だというのに波音がやけに大きく聞こえた。

 あと数時間もすればロクサーヌに到着するだろう。そんな時だった。最後に二人だけの時間がほしいとリシャールからお願いをされたのは。


 戸惑いながらも了承したカルミアだが、リシャールの意図が読めずに困惑していた。意味もなく海を眺めてはリシャールの様子を窺い、落ち着かないばかりだ。そんなリシャールの眼差しは、遠くに見え始めたロクサーヌに向いている。


「お強いんですね」


 一拍置いてから、カルミアは自分が褒められていることに気付く。


「カルミアさん。貴女はご自分がどれほど優れた魔法の使い手か、自覚がないようですね」


 カルミアの実力を才能の一言で片付けようとしないのは教育者ゆえなのだろう。そんな姿に好感が持てる。

 確かに才能はあったのかもしれない。けれどここまで使いこなせたのは努力の結果だと、リシャールはそこまで自分を認めてくれた。


「リデロさんのおっしゃる通り、アレクシーネにも貴女ほどの魔女はおりません」


 彼がアレクシーネの校長だからだろうか。リャールから褒められると妙に誇らしかった。


「やはりこのまま別れるのは惜しい」


「え?」


 聞き間違いだろうか。カルミアはそうでなければいいと思った自分に驚いていた。

 ささやかな船旅はじきに終わる。別れを惜しむほど、カルミアにとってリシャールとの航海は素晴らしいものだったらしい。

 リシャールは船にいる誰とも違うタイプの、大人の男性だった。知的で優しく、女性に対する気遣いが出来る。紳士的な人だ。そんなところに惹かれていたのかもしれない。

 きっとリシャールも別れを惜しんでくれている。そのことを嬉しいと感じるほど、自分はリシャールに好感を持っているのだ。


「カルミアさん。貴女に大切な話があります」


(た、大切な話!?)


 カルミアに向けられた眼差しは真剣で、声を発することを躊躇わせた。

 

 余談ではあるが、カルミアは苛烈な見た目、振る舞いに反して純粋だった。

 たとえば巷で流行りの恋愛小説に入れ込み、徹夜で読みふけるような。

 その小説に、まさにこのようなシーンがあったことを思い出す。


(船で見つめ合う二人。恋人たちには別れの瞬間が迫っていた。熱い眼差しに見つめられ、手を握り合う二人。そして二人の距離は縮まって……)


 リシャールは投げ出されていたカルミアの手を両手で包み、熱のこもった眼差しを向ける。


「カルミアさん。どうか私の……」


 熱く見つめられ、カルミアは緊張から動くことが出来なかった。

 何かを告げようとしているリシャールも同じなのか、表情が強張っている。彼も緊張しているのだろうか。


 思いつめたかのような深刻さから、知的な瞳に宿る熱。握られた手の力強さ。


 それが何を意味するのか。

 カルミアはある期待を胸に秘めながら次の言葉を待っていた。


 そして――


「私の密偵になって下さい!」


「なんっでだよ!!」


 突如物陰から現れ突っ込みを入れたのはリデロだった。

 いや、リデロだけではない。カルミアが振り返ると、リデロの背後には慌てて退散する多数の背中が見え隠れしている。どうやらリデロだけ置いていかれたらしい。

 ところで人間、自分以上に取り乱している相手を見ると冷静になれるようだ。カルミアは数秒前までの熱が急速に冷めていくのを感じていた。そして至極冷静に疑問を口にする。


「リデロ、それは私の台詞よ。そこで何をしているの?」


 カルミアは冷めた声で問い詰めていた。

今日も何話か更新する予定です。

また次のお話にもお会い出来ましたら嬉しいです!

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ