8、食事と思い出
船での食事作りは当番制となっている。しかし頻度で言えばカルミアに回ってくることが最も多かった。
理由は単純にカルミアが料理を作ることが好きだから。そしてもう一つ、船員たちが女性の手料理が食べたいと騒いだ結果である。おかげで本日もカルミアの手料理は大盛況だ。
「やったぜ! お嬢のカレーだ!」
リデロが景気よく叫ぶと船員たちも便乗して騒ぎだす。
「はいはい、喜んでもらえて嬉しいわー」
厨房では手の空いている者とカルミア、そしてリシャールがテーブルを囲むことになった。
白い皿にたっぷりと盛られた白米からは炊きたての香りが。皿のもう半分にはカルミア特製のカレーが流し込まれ美しい対比を描いている。
いつもなら何気ない顔で食事をするカルミアだが、今日に限っては酷く緊張しているようだ。何しろ初めてカレーを口にする人がいる。
興味深そうに眺めていたリシャールの口元にスプーンが迫る。まずはスープだけをすくい、一口食べたリシャールはこう言った。
「美味しい……」
思わず零れたような呟きに、カルミアは身を乗り出す。
「本当ですか!? 正直に告白していいんですよ。口に合わなかったからといって乗船代をつり上げたりしませんから!」
リシャールはカルミアの必死さに苦笑していた。
「本当に美味しいですよ。初めて食べる料理ですが、スパイスの香りが刺激的で癖になりますね。こちらのカレーだけを食べても美味しいですが、やはり炊き立ての米と一緒に呑みこんだ時の感動は比べ物になりません」
丁寧な感想を聞かされたカルミアはようやく安心して元の席に着くことが出来た。
「そんなに緊張されていたのですか?」
「昔、無理をして美味しいと言わせてしまった人がいるんです。それで、心配になってしまって」
「カルミアさんの料理をですか? 私には美味しいとしか思えませんが」
「まだ幼かった頃の話ですが、あの頃は今ほどなんでも出来たわけではありません。包丁も上手く握れずに、野菜の切り方はいびつで。火加減もまばら、焦がしてばかりいました。誰かさんからは美味しくないと素直に言われていたんです」
カルミアが視線を向けるとリデロはそっと逃げていった。
「でもその人だけは、美味しいと言ってくれたんです」
それはカルミアにとって、大切な思い出として深く心に残っている。
「年上の男の子で、名前は知りません。会えたのは一度きりで、どこの誰かもわからないんです。けど、励まされました。誰かに美味しいと言ってもらえることの喜びは、あの人が教えてくれたんです」
「そうでしたか。ですが話を聞いた限りでは、その方も本当に美味しいと感じていたのでは?」
「だといいんですけど、後で私も同じものを食べたんです。野菜の切り方は大小ばらばらで、小さな物は黒焦げ。大きな物は生煮えで、おまけに油の使い過ぎでべとべと。幼かったとはいえ、それはもう酷い出来でした。本当にあの時の人に申し訳なくて!」
カルミアはぐっとスプーンを握りしめた。
「お嬢ってば、それでも料理するって聞かないですからねー。俺ってば、何度黒こげの物体を食わされたことか」
「この通り、リデロなんて文句ばかりです。それなのに文句も言わずに食べてくれて、励まされたような気がしました。いつかその人にも成長した私の料理を食べてもらいたい。そのためにも料理の腕を磨いているというわけです」
「素敵なお話ですね」
「え?」
「夢が叶うといいですね」
そう言ってリシャールは穏やかに微笑んでくれる。まるで背中を押されているようだった。
(リシャールさん、信じてくれたの……?)
かつてのリデロのように軽んじることなく真剣に話を聞いてくれた。不審がらずに受け止めてくれたのはリシャールが初めてだ。みんなが夢だったのではないかと受け流し、誰も信じてはくれなかったのに。
(リシャールさんて、不思議な人ね)
和やかに進められていた昼食だが、そろそろ終了というところで異変が起きる。
カルミアは食器を片付けようと席を立つが、前触れもなく大きく揺れた船に身体が傾く。
「危ない!」
そんなカルミアを案じていち早く支えたのはリシャールだ。
「あ、ありがとうございます」
見た目はおっとりとしているが、身のこなしは素早いものだった。先ほどまで席に着いていたはずが、一瞬でカルミアのそばに寄り添っていたのだ。
「大丈夫ですか? 一体、何が」
見上げた先にリシャールの顔がある。そして存外しっかりとした体格をしていると、場違いなことを考えてしまう距離の近さだ。
カルミアを気遣いながらもリシャールは周囲を警戒していた。多少のことで動じないのは魔法学園の校長としてさすがだと感じさせる。
「船長、襲撃だ!」
外から聞こえた怒鳴り声にカルミアは自らの足で立つ。リシャールの腕から抜け出すと、先ほどまでのか弱さから一転、頼もしい微笑みを浮かべた。
「私の船に喧嘩を売るなんて、度胸だけは褒めてあげる。けど、食事の時間を邪魔するなんて許しがたいわね」
カルミアたちは食べ終えてるが、まだ食事中の船員も多い。それに鍋にはカレーが残っているのだ。衝撃で転倒しようものならリデロが泣いてしまうかもしれない。大事そうに抱える皿には追加でよそったばかりのカレーが残っている。
「おーいみんなー、お嬢がやる気だそー。急いでメシ食っちまえー!」
奇襲されているというのに落ち着いた行動である。リデロの指示に従い、慌ててカレーをかきこんでいる者もいた。
ただ一人、リシャールだけが唖然として確認する。
「なんだか、みなさん慣れていらっしゃいます?」
「こういった船は狙われやすいので、実は……貴重な品を積んでいることも多いので。ですがご安心下さい。無事に目的地までお届けすると約束した通りです」
カルミアはのんびりとした態度の船員たちに気合を入れるべく、船長として発言する。
「みんな! 私たちは急ぎのお客様を乗せているのよ。お客様のためにも敵をゆっくり後悔させている暇はない。すぐに終わらせるわ。よって食事の続きは後でとします!」
カルミアの決定に今度こそ船員たちは揃って顔を引きつらせ、代表してリデロが心の声をまとめ上げる。
「こりゃ、相手の船に同情だな。おーい野郎どもー。やっぱ訂正。お嬢の魔法に巻き込まれるなって通達急げー!」
そう言いながらもリデロは名残惜しそうにカレーをかきこむ。伝令役には完食していた別の船員が向かってくれたようだ。とっさに鍋を押さえてくれた船員も、そのままの体勢で深く頷く。彼はこのまま鍋を守ってくれるつもりらしい。
「まさか、カルミアさんが戦うおつもりなのですか? 危険なのでは」
部外者として口を挟まずに見守っていたリシャールだが、いよいよ黙ってはいられなくなったらしい。
すると今度はカルミアたちが信じられないとリシャールを見つめ返した。
「ちょっとみんな聞いた!? この反応! リデロなんて真っ先に私より敵の心配をするのよ。リデロ、見習って」
「俺は正しい判断をしただけですって! お嬢は勇ましすぎて嫁の貰い手が心配になるんですよ」
「余計なことを言ってると敵と間違えるわよ。そもそも私にそんな口を叩こうなんて、すでに敵?」
「なんでもないですって! おっし、久々の戦闘だ。俺らの船を狙ったこと、後悔させてやるか!」
ようやく完食したリデロも慌てて甲板に向かった。
ここまで読んで下さいましてありがとうございます。
お気に入りに評価下さった皆様、ありがとうございました。
さて、カルミアの思い出の人は一体誰なのか!
ほのかな謎を残しながらも物語は進みます。
また次のお話もお付き合いいただけましたら幸いです!