電子書籍(上巻)&コミカライズ配信記念~憧れの制服体験~
!本編後ネタバレ注意!
皆様の応援のおかげで本日電子書籍(上巻)&コミカライズ配信スタートとなりました。
感謝を込めて記念小説を書きましたので、お楽しみいただけますように。
早朝、とある魔法学校の職員寮にて。
人目を避けるように動く人影があった。頭から黒いローブを被り、物陰に隠れながら移動する徹底ぶりだ。
通常教師たちの朝は早いが、学校が休みとなればその限りではない。休みを満喫するべく、今はまだ眠っている者がほとんどだろう。おかげで誰にも見つかることなく目的の部屋までたどり着くことができた。
静かな職員寮に控えめな呼び鈴が響く。
黒いローブの下から覗く表情は緊張していた。抱えている紙袋に自然と力が入ってしまう。
部屋の主からは誰にも見つからないよう訪ねてほしいと指示されていた。真面目な性格から、可能な限り任務を遂行しなければという責任感は強い。
早く扉が開くよう祈っていると、細く開かれた隙間から硬い声が聞こえた。
「アレクシーネの?」
「魔法」
「……入って」
合い言葉はお互いが前世で愛して止まない乙女ゲームのタイトルだ。
カルミアは訪問者であるレインを速やかに部屋へ招き入れ、静かに扉を閉めた。
「例のものは?」
「ここに……」
雰囲気に呑まれ、自然とレインの口調も硬くなる。いつのまにか胸に抱き込んでいた紙袋を差し出した。
紙袋を受け取ったカルミアは、今にも緩みそうな頬を引き締めて確認する。
「誰にも見られていないわね?」
「多分……」
そのためにレインは頭から黒いローブを被り、魔法を駆使してここまでやって来た。誰にも見られていない自信があったけれど、卑屈な性格のせいでつい曖昧な答えを返してしまったと反省する。けれどカルミアは歓迎してくれた。
「よく来てくれたわね!」
カルミアの笑顔を合図に張り詰めていた緊張が解ける。
ローブの下から現れたレインの服装は、彼女らしい落ち着いた組み合わせだ。カルミアも学食の制服ではなく、休日用のワンピースで出迎えている。
カルミアはレインを置き去りにする勢いで鏡の前へと向かった。
「これこれ、これが着たかったのよ! アレクシーネの制服!」
紙袋から現れたのはアレクシーネの学生たちが着る制服だ。持ち主はレインである。
「私のもので大丈夫そう?」
「身長もそんなに変わらないし、問題ないと思うのよね。早速着てみてもいいかしら!?」
「そのために持ってきたのに」
期待の眼差しを向けられたレインは困ったように笑う。仕方がないと呆れながらもどこか嬉しそうだ。
カルミアが学食に残ることを決めてから、レインはもう一度謝りに来てくれた。
犯した罪の大きさに一時は退学まで考えていたようだが、校長であるリシャールは不問とした。被害を受けた本人が決めたことならと、カルミアも彼の決定に納得している。
それでもレインはお咎めなしという状況に甘えることなく、お詫びがしたいと言ってきた。自分にできることなら何でも言ってほしいと詰め寄られたカルミアの答えがこれだ。
「憧れのアレクシーネの制服が目の前に!」
嬉しさのあまり制服相手に踊り出しそうだ。
今度はレインも呆れることなく同意してくれた。
「その気持ちわかるかも。私も制服を着ることができた日は興奮して眠れなかったから」
ロクサーヌ中の女子の憧れであり、カルミアとレインに至っては、主人公が着ている姿に前世から焦がれている。
生徒ではないけれど、いつか着てみたいと思っていた。ここに至るまでの道のりは長かったけれど、レインのおかげでようやく夢が叶いそうだ。
「お茶を用意するから、レインは座ってのんびりしていて」
カルミアは慣れた手つきで紅茶を入れる。透明な瓶の中身はラベルのない茶葉だ。
「うちで新しく売り出そうと思っているブレンドだから、後で感想を聞かせてね。評判がよければ王都のカフェにも並ぶから」
蓋を開けると甘酸っぱいフルーツの香りが広がる。
「いい香り」
「今度カフェでトロピカルフルーツフェアもやるから、楽しみにしていて」
最初の商談では門前払いされてしまったけれど、きちんと会って話せばカルミアの熱意を認めてくれた。そのきっかけをくれたリシャールには感謝している。
「それは楽しみだけど……」
視線を彷徨わせているのでレインの言葉にはまだ続きがありそうだ。急かさずに見守っていると、睨みつけるように身を乗り出してきた。
「あの、もしよかったら、一緒に行かない?」
たった一言によほど勇気が必要だったと見える。
カルミアは思いがけない誘いに一瞬返事を忘れたけれど、勢いよく頷いた。
「もちろん!」
学生ではないけれど、友達とカフェに行く夢まで叶いそうだ。
誤解がとけてからのレインは少しずつ自分の意見を伝えてくれるようになった。敬語が取れてきているのも、友達としての距離が近づいているようで嬉しくなる。
カルミアは素早くワンピースを脱ぎ、設定資料で何度も目にしてきた制服に袖を通す。実際に着てみると、綺麗にリボンを結ぶのは意外と大変だ。
「どうかしら!?」
あえて髪は下ろしたまま、長い髪を後ろに払う。深紅の制服に気の強そうな瞳はゲームで何度も目にしてきた『悪役令嬢カルミア』そのものだ。
スカートの裾を翻して回ると柔らかな生地が揺れ、レインからも「悪役令嬢だ……」という感動の声が零れた。
米がパスタにならないように、主人公のように可憐な姿とはいかないけれど、これはこれで満足だ。自分が動くと鏡の中のカルミアも動くので見ていて楽しい。
自分ばかりが楽しんでしまったカルミアは紅茶を飲むレインに提案する。
「レインも学食の制服を着てみる?」
「私のことは気にしないで! 確かに学食の制服も可愛いけど、着替えたらすぐにお暇できないから」
似合うと思って提案したけれど全力で断られてしまった。残念だ。
「そう? でも、ゆっくりしていっていいのよ」
レインの分も朝食を作るつもりでいたし、制服を堪能したあとは一緒に出かけても楽しいと思っていた。
しかしよほど困らせてしまったのかレインは焦っている。距離の詰め方を間違えてしまったとカルミアは反省した。
どうしたものかと悩んでいると再び呼び鈴が鳴る。
「こんな朝早くに誰かしら」
カルミアは深く考えずに来客を出迎える。
自分が今、どんな格好をしているのかも忘れて――
「おはようございます。カルミアさん」
爽やかな朝の挨拶だ。
それに伴う穏やかな微笑みを目にした瞬間、カルミアは素早く扉を閉じた。
正確には閉じようとしたのだが、リシャールの手によって阻止された。カルミア以上の目にも止まらない早さで押さえられて動かすことができない。手際よく隙間に足まで差し込まれた。
(見られたぁぁぁぁぁ!!)
カルミアはパニックに陥った。
「なっ、なん、どうして!?」
「カルミアさんに会いに来ました」
「わかりましたから、一度閉めさせてもらえますか!?」
「何故です?」
カルミアは動揺しているが、リシャールは平然と答えている。
理由はもちろんこの格好を見られたくないからだ。学生でもないのに制服を着てはしゃいでいたなんて知られたくない。
「すぐ戻りますから、一度閉めましょう!?」
「お手を煩わせるつもりはありません。そのままで結構です。というより、その姿を見に来たのですが」
(私がコスプレしてたってばれてる!? なんで、どうして!?)
どうあっても力で勝てないカルミアは諦めた。強風で吹き飛ばすとう手段もあったけれど、休日の朝から騒ぎを起こして迷惑をかけたくはない。
「と、とにかく入ってください!」
恥ずかしいけれど目撃者が増えるよりましだ。
被害が拡大する前にカルミアは先手を取った。
「出来心だったんです! どうしてもアレクシーネの制服が着てみたくて、レインがなんでも言ってというから弱みにつけ込むような真似を!」
「落ち着いてください」
リシャールのどこまでも優しい眼差しが逆に痛い。
「でも呆れましたよね!?」
「確かに驚きはしましたが、これがレインさんの言っていた、見せたいものということでしょうか」
「え?」
「レインさん。このたびはお声がけいただきありがとうございます」
「え?」
リシャールが自分を通り越して部屋の奥にいるレインに声をかけている。
カルミアもつられて振り返ると、いつの間にかレインはお茶を飲み終えていて、手際よく帰り支度を終えていた。
「レイン?」
縋るような眼差しを向けると、部屋に入った時に感じた頼りなさは消えていた。
「私、校長先生にも謝りに行ったの。校長先生も罪滅ぼしはいらないと言うから、せめて喜ぶものを見せてあげられたらと思って」
友達だと思っていた相手に裏切られたカルミアはうなだれる。
「あの、私帰るから。あとは二人でゆっくりして!」
「え、ちょっと」
「紅茶、ごちそうさま。とても美味しかったから、一緒にカフェに行ける日が楽しみ!」
レインは狼狽えるカルミアの横をすり抜ける。
取り残されたカルミアは行く場のない感情に立ち尽くしてしまった。
「レインさんには感謝しなければいけませんね」
隣から楽しそうな声がする。おまけに熱い視線を感じる。
「とてもよくお似合いですよ」
当然だ。ゲームではカルミアも着ていたのだから。
「そうしていると、カルミアさんがアレクシーネの生徒になるという未来もあったのかもしれませんね」
想像したことがないとは言わない。きっとそれも楽しかったとカルミアは思う。
けれど何度選択肢を与えられても自分の答えは変わらない。
「でも私は今の生き方を気に入っていますから。これが一番私らしいので」
制服を着て楽しむくらいでちょうどいいのだ。
「さすがカルミアさんです。今日も格好いいですね」
「なっ!?」
想いが通じ合ってからというもの、リシャールの言葉は熱烈だ。目が合えば微笑まれ、一緒にいれば手を繋ぐ。どれも本心から向けられた言葉だと知ってからは、仕事一筋で生きてきた身には刺激が強い。
居心地の悪さを覚えたカルミアは、着替えるので外で待っていてほしいと告げる。するとリシャールは目を丸くした。
「私はその格好でも構いませんが」
「私が構うんです!」
声を荒げながらもカルミアはレインがくれた幸せな休日の始まりに感謝した。
お読みいただきありがとうございました!
タイトルに(上巻)とつけたので、下巻配信の際にも記念小説を更新できればと思います。
下巻の時はもっと賑やかになりそうなお話を考えています。
ちなみにこのお話はコミカライズで実際の制服を目にした瞬間、あまりにも可愛かったので、これはカルミアにも着せてあげたいなと書き上げました。
ならレインから借りるしかないよねと。
せかっくならリシャールにも見てほしいよねと。
そうやって彼らの賑やかな日常は続いていくのだと思います。