63、学食の魔女
アレクシーネ王立魔法学園。
それは魔法教育の最高峰であり、学園に入学することは魔法使いたちの憧れだ。卒業するだけで輝かしい将来が約束されている。
そんな学生たちで賑わう校舎を抜け、学園の奥へ奥へと進んで行けば、見渡す限りの森が広がっている。その入口にはまるで礼拝堂のような建物が構えられていた。
真新しい外壁は汚れ一つなく、誇らしそうに太陽の光を浴びている。
そう見えるのは、やはり彼らにとって思い入れのある場所だからだろう。やっと帰って来たと、それぞれが感慨深い想いで見つめていた。
ここは学生たちの空腹を満たすための場所、学食である。しかし一度は学園を守るため瓦礫の山となり、その意義を失った。
ところが学食を愛する者たちの声が止むことはなく、人々の願いによって再び営業の日を迎えることが叶ったのである。
生まれ変わった学食の前には四つの影が並んでいた。
一番小さな影は誰よりも元気に飛び跳ねている。
「いよいよ営業再開なんですね。僕、楽しみで夜も眠れなかったんですよ!」
ウサギのように飛び跳ねるロシュは興奮を隠しきれずにはしゃいでいる。
そんな様子を後ろから眺めていたベルネはやれやれと盛大に呆れてみせた。
「これだから子どもは」
「とかなんとか言ってるけど、ベルネだって新しい厨房が完成してから入り浸っているじゃない」
横やりを入れたのは、彼女の扱いをすっかり心得ているドローナだ。ベルネはしっかり反論していたが、二人は良いコンビのようにしか見えないというのがカルミアの見解だ。ベルネが肌を染めて抗議すればするほど、ドローナは面白そうに声を上げて笑っていた。
「いつまでも無駄を口叩くのはよしな! 小娘も、さっさと仕事に行くよ!」
ドローナ相手ではらちがあかないと、ベルネは訴える相手を変えることにしたらしい。
賑わいの中心にいたカルミアは嬉しそうに学食を見上げた。
「そうですね。早くしないと、昼休みになってしまいますよね」
そうは言っても予定からはまだ随分と早い時刻である。みんながみんな、待ちきれずに足を運んでいるのだ。
学園に残ったカルミアは、生まれ変わった学食でこれからも働き続けることを決めている。もちろんリシャールのパートナーとしても彼のそばにいるつもりだ。
「でもベルネさんが新しい厨房を気に入ってくれて良かったです。全壊したのでせっかくならと、思い切ってカウンターを採用してみたんですが、賛成してくれてほっとしました」
全壊した学食は、カルミアの提案でまったく新しいものへと形を変えている。これまではフロアの奥に厨房を構えていたが、出来上がったものをその場で受け取れるような仕組みへと造り替えたのだ。
学生たちはトレーを手に提供口へ向かい、その場で料理を受け取り会計へ向かう。ロシュの会計台も新たに設置されるようになった。
フロアの机も長く連なったものから、テラス席のように丸いテーブルをいくつも設置することにした。友達同士、気軽に食事を楽しめるようにとのアイディアだ。
はからずも注目を集めてしまったベルネは腕を組み、カルミアたちから視線をそらしていた。
「単に効率が良いと思っただけだよ。これからは、新しいことも取り入れていきたいからね」
ベルネにとっては照れ隠しだろうが、その背中は妙に頼もしく感じる。
「ではみなさん、今日からまた、よろしくお願いしますね」
しかし『今日から』の単語に目敏く反応したドローナがむっと頬を膨らませた。
「本当、カルミアのお別れ詐欺には泣かされたんだから」
「あれは不可抗力で……っ、もういいです。私が悪かったんですよね! これからは期限なく働かせてもらうので、よろしくお願いします。今後は退職の予定はありません!」
何度も責め立てられたカルミアが自棄になって叫ぶと、ぱっと表情を変えたドローナが抱き着いた。
「嬉しい! はれて英雄のご帰還ね!」
「英雄って……」
ドローナの表現はただのカルミアが受けるにしては大袈裟だ。しかしこれには理由があった。
あの事件の後、目覚めたリシャールがカルミアの功績を公にしたのである。いち早く異変に気付き、その解決策を見出し、事態の収束にあたったと発表されてしまった。
これによってカルミアは学食勤務の身でありながら、学園では一躍有名になり、校長が認めたことから英雄扱いまでされている。
カルミアだけでなく、身体を張って学園を守った他の従業員たちも尊敬を集めていた。学食が再開した暁には、ぜひ行かせてもらうとあちこちから握手を求められているそうだ。
「今日は忙しくなりそうね」
確かな予感がカルミアの胸を占めている。
「今日も頑張りましょうね。仕事が終わったら開店祝いと、ロシュのアレクシーネ入学をお祝いをしないと!」
この春からはロシュも立派に学園の生徒となる。学食の手伝いは授業がない時だけと頻度は減ってしまうが、それでもここで働いていたいと言ってくれたのだ。
カルミアを先頭に、一人、また一人と影は学食へ姿を消して行く。
開店すると、記念すべき一人目の来店客はなんとレインだった。懐かしい味が恋しくなったと、本日のスープにあたる味噌汁を飲みに来たと言ってくれる。
それから目まぐるしく学生たちが訪れた。新たな注文方法に戸惑う声もあったが、ロシュが上手くサポートをしてくれたため、大きな混乱もなく営業することが出来た。
手を休める暇もなく料理に励んでいれば提供口にオズとオランヌの姿を見つける。嬉しさから、カルミアは笑顔で手を振っていた。
そしていつものように、忙しさのピークを越え一段落がついた頃。カルミアの作る料理を求めてリシャールがやってくる。
営業を終えると店内を貸し切りに、関係者を招いてパーティーの始まりだ。
その頃、すでに新入生たちの間にはある噂が広がっていた。
アレクシーネ王立魔法学園、その一角には伝説の学食があるという。学園に危機が訪れた時、その学食に働く従業員たちが颯爽と危機を救ったというのだ。
未知なるカレーというメニューもすでに噂の的となっている。
なんでもその学食には有名な魔女がいるらしい。
学園の生徒ではないが、魔法を使わせれば右に出る者はおらず、闇に支配されそうになっていた学園を救った救世主とも言われている。学食を立て直し、学園での食生活を救ってくれたという意味でも彼女は英雄だ。
噂を耳にした新入生たちは、一目彼女の姿を見ようと期待を胸に学園の門を潜る。
淡いピンクの髪をなびかせ、大きな瞳に好奇心を宿す彼女もまた、その一人だ。可憐な容姿に真新しい制服は、立派な魔女になるという強い決意の表れだろう。少女の瞳は希望に溢れている。
彼女も物語の意思とは関係なく、自ら深紅の制服をまとうことを選び、ここにいた。
彼女の物語が始まるまであと少し。その時もまた、カルミアは変わらず学食にいるだろう。校長であるリシャールを支え、彼と共に学園の未来を守る存在として。
その学食には魔女がいる。
学園の繁栄に学食の魔女在りと、いつしかカルミアを称えて『学食の魔女』という呼び名が広まるようになった。
これにて完結!
最後までお付き合いいただきましたこと、心よりお礼申し上げます。
読んでいただけましたこと、お気に入り、評価、感想等、本当にありがとうございました。励みにここまで頑張ることが出来ました!
ご迷惑おかけしておりますが、誤字のご指摘下さいました方もありがとうございます。
これからのカルミアたちですが、カルミアはまず仕事に忙しくしているでしょう。しかし隠すことのなくなったリシャールが本気を出してアピールしてくるので、これまでのペースを乱されまくりです。リシャールは念願叶ってのことなので、とにかく幸せオーラ全開でカルミアのそばにいるのかなと。
二人でカルミアの手料理を食べながら末永くお幸せにですね!
それでは本当に最後の最後まで、ありがとうございました!