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62、カルミアの選択

 憂い顔のリシャールは困ったように語り出す。


「これでも空腹なのですよ。最近はカルミアさんの料理ばかり食べていたので、すっかり食事が恋しくなってしまいました」


 さらに身を乗り出したリシャールが上目使いに迫るのだ。それもカルミアの腕を取り、逃げることを許しはしない。彼はこんなにも狡い大人だったか。


「わ、わかりました。わかりましたから! まずは手を放しましょう。スプーンを渡しますから!」


 話はわかった。だからまずはお互い冷静になろうと提案するも、カルミアの意見が聞き届けれられることはない。


「それが、まだ手が上手く動かないのです」


 ならばこの押してと引いてもびくともしない拘束はなんだ。


「さっきからからとても病人とは思えない力で私の腕を抑えていませんか!?」


「愛しい人を前にしたからではないでしょうか。つまりこの力はカルミアさん専用ということになりますので、スプーン相手には難しいようなのです」


 もはやリシャールは悪びれも隠しもしない。だからといって無下にも出来ないのは、空腹という話は真実かもしれないからだ。本当に体調が悪いのだとしたら突き放すことも出来ない。


「わ、わかりました!」


 叫ぶように了承すると、リシャールの拘束は容易く離れていった。なんという切り替えの速さだろう。

 少量をスプーンに掬い、軽く冷ましてから口元へと運ぶと、リシャールは満面の笑みで待ち構えていた。どこにそんな笑顔を隠し持っていたのか、これまで見たこともないような明るさだ。


「いただきます」


 礼儀正しいことは素晴らしいが、今回は妙に意識をさせられてしまう。いっそ一思いにいってほしかった。たった一口の食事がやけに長く感じてしまう。


「ああ、美味しいですね」


 急いで作った簡単なお粥だ。具も少ない。それでもリシャールは心から美味しいと言ってくれた。


「優しい味がしますね」


「嬉しい……」


 カルミアが返せたのはたった一言で、それは自然とこぼれ落ちていた。

 ずっとこの日を待ちわびていた。もう何度もリシャールは美味しいと言ってくれたけれど、あの時の少年と知ってからは初めてのことだ。


「私、やっと夢が叶いました」


 成長した姿を見てもらいたい。リシャールの気持ちがカルミアには良くわかる。

 かみしめるように言えば、応えるようにリシャールが手を握る。スプーンはいつの間にか皿に戻されていた。


「嬉しいのも、夢が叶ったのも、私の方ですよ」


 頬に触れたリシャールの手がカルミアの輪郭をなぞる。カルミアの存在を確かめるように触れ、何かを探っているようだった。


「やっと手が届くところまで来たのですね。カルミアさんの目に私の姿が映っている」


 確かに覗きこまれた瞳にはリシャールの姿だけが映っている。


「どうか今後も我が校の学食でその手腕を振るっていただけますか?」


 こんな時、どう答えるのが正解だろう。答えは決まっているはずが、高まる鼓動に小さく頷くだけで精一杯だった。


 ラクレット家の特別顧問として生きる道。

 魔法学園の学食で働く道。


 どちらか一つなど、自分には選ぶことが出来ない。ならば両方手にいれよう。


(横暴だった悪役令嬢カルミアらしく、全部手に入れてこその私よね!)


「ありがとうございます。ですが、時々は私のためだけに腕を振るってはいただけませんか?」


 勿論ですとカルミアは微笑んだ。リシャールとの時間はカルミアにとってもかけがえのないものとなっている。またあの日々が続くのであればどんなに嬉しいだろう。

 けれどリシャールはそれだけでは満足出来ないようだ。


「私はいずれ、そのような日々が毎日続くことを夢見ているのです。同じ家で過ごし、カルミアさんが私のためだけに料理して下さる姿をそばで見ていたい。同じテーブルで食事を取ることが出来たなら、どれほど幸せなことでしょう」


「そ、それは!」


(まさかあの伝説のプロポーズ、君の味噌汁が毎日のみたい!? ――ってプロポーズ!?)


 自分がその対象であることを忘れ感動していたカルミアは瞬時に沸騰する。


「幸い私たちはお互いの仕事に理解もあるようですし、この上ないパートナーになれると思うのです」


 これまでお互いにその仕事ぶりを目にしてきた。そして互いにその姿を尊敬しあっていた二人だ。この先も刺激を受け合い、支えあうことが出来るだろう。

 リシャールのアピールには隙がない。まるで畳み掛けるような誘導である。


「偽りだらけの経歴ですが、カルミアさんへの想いだけは本物ですよ」


 非常に物騒な告白である。しかしリシャールの過去を知るカルミアにとっては真摯な告白として伝わっていた。

 リシャールのそばに、そして学食で働き続けることはカルミアの夢でもある。


「私たち、また同じ夢をみているんですね」


 名前さえ知らない頃から同じ夢を抱えていた者同士、この先に見る夢もどうやら同じらしい。

 リシャールは僅かに目を見開き、そして喜びを噛みしめている。嬉しさのあまり、喜びは遅れてやって来たらしい。


「カルミアさんの料理を毎日食べられるなんて、私は幸せ者ですね」


 リシャールは飾り気のない表情で笑う。少し幼く見えるほど、格好を崩してみせた。仕事も立場も関係ない、素顔のリシャールに触れられた気がする。

 視線の先には変わらずリシャールの整った顔が待ち構えている。お粥を食べさせていたのだから距離が近いのは当然だ。互いの瞳に映るのは目の前の人物だけである。この瞬間、お互いの望みを最高の形で叶えていた。

 その瞳に映り続けることがお互いの夢であり、二人の幸せだ。いつしか引き寄せられるように唇が重なる。



 幸せに浸るカルミアだが、一つ問題があるとするのなら、すでに感動的な別れを済ませた後である。

 その後各方面に顔を出せば、お別れ詐欺だと盛大に罵られることになった。

 とりわけベルネからの抗議は酷かった。カルミアとは控え目に接していたはずのレインさえ、激しく騒ぎ回る始末だ。感情的になってくれるのは別れを惜しむからこそではあるが、素直にはしゃいでくれるロシュが一番優しい対応だった。


 カルミアとしてもわざとやったことではない。文句を言われるたびに「苦情はこの人までお願いします!」と背後で見守るリシャールに取り次ぎたい気分だった。

 最終的には復帰祝いと、リシャールとの祝福までが寄せられるようになる。

閲覧ありがとうございます。

次回、最終話!

次の話で最初に考えていたこの物語の一区切りとなります。

ここまでありがとうございました。

ぜひ最後までお付き合いいただけましたら幸いです!

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