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60、リシャールの本当の告白

「カルミアさんにとっては覚えのないことかもしれませんが、私はカルミアさんとの出会いで救われました。貴女のおかげで自分は変われたのだと、私のことを見てほしかったのです。幸い私はアレクシーネの校長に就任しておりましたので、多少は誇れる職にもついていましたから」


 いやいやと、カルミアは力強く否定する。多少どころではなく全魔法使いたちの憧れであり、魔法大国の象徴たる役職だ。それを多少と評価するのはリシャールくらいのものだろう。


「気付けば私は名も知らぬ少女に立派になった姿を見せたいと、そんなどうしようもない見栄のためだけにアレクシーネの校長という地位を手に入れていました」


 懐かしむように語るリシャールに、またもカルミアはいやいやと待ったをかけていた。


「まさか、私に見てほしいって、それだけのためにアレクシーネの校長になったんですか!? 本当に!?」


 というより、なれたんですかと言いたい。なろうと思ってなれるような職業ではないのだ。


「お恥ずかしい話ですが、経緯はともあれ概ねその通りです。最初から目指していたわけではないのですが、なりゆきで。運命が違っていれば船乗りになっていた可能性だってありますよ」


「船乗りは……ちょっと、想像出来ないですね」


「そうでしょうか? 実はこれでも後悔しているのです。校長ではなくラクレット家に雇ってもらえばよかったと」


「うちですか?」


「カルミアさんと年月をともにしていたみなさんが羨ましかったもので」


 何気なく訊き返してみたところ、とんでもない衝撃を与えられたカルミアである。


「ですから港でラクレット家の船を見つけた時は運命を感じたのです。彼女の手掛かりがあればと、嘘を吐いてまで乗り込んだのですが、まさか空から本人が降ってくるとは思いませんでした」


「そ、それはっ!」


 リシャールは穏やかに笑ってみせるが、その原因であるカルミアとしては恥ずかしいだけだ。


「一目見て、あの時の少女だとわかりました。ですが名乗り出たところで彼女は私のことなど覚えてはいない。困らせてしまうだけだと思いました。それなのに貴女という人は……」


 リシャールは呆れたように手で顔を覆う。

 なんとなくリシャールの言いたいことを察したカルミアまで熱くなった頬に手を当てていた。


(わ、私、本人を目の前にしてあれを語っていたのよね!?)


「カルミアさんがあの時のことを憶えていると知って、どれほど嬉しかったことでしょう」


 リシャールは本当に嬉しそうに話してくれる。

 では何故、もっと早くに名乗り出てくれなかったのか。そんな疑問が浮かんでしまう。


「どうしてあの時、自分だと言ってくれなかったんですか?」


「言えるはずがありません。過去の私は無断で船に忍び込むような後ろ暗い人間です。未遂とはいえ幼いカルミアさんを手にかけようとした。そんな人間が突然現れて名乗りを上げたところで気持ちのいい話ではないでしょう。ただ会うだけで、私の姿を見てもらえるだけでも幸せでした」


 しかしとリシャールは目を伏せる。まるで計算違いが起ったと言わんばかりだ。


「それなのにカルミアさんはいつも私の心を乱すのです。昔のことを憶えていると、カルミアさんも私と同じようにあの日の人物を探していると知った時、欲が生まれてしまった。離れたくないと、嘘を重ねることでカルミアさんを学園へ招いていたのです」


 初めは自分の姿を見てほしいという小さな願いからだった。

 しかし船でカルミアと過ごすうち、その姿から目が離せなくなっていた。


 初めはただの感謝だったはずだ。それは恩師に対する感情に似ている。

 しかし想いは形を変え、自分の道を歩み続けるカルミアに憧れ、尊敬するようになっていた。

 名前も知らない少女ではなく、カルミアという人間がリシャールの興味を引いて止まないのだ。


 学園にまで連れ帰っていたのはカルミアとの繋がりを求めてのことである。

 密偵という秘密を共有しながら学園で過ごすうち、リシャールはカルミアに惹かれるばかりだった。


 名前も知らなかった少女はいつしかリシャールにとって大切な、一人の女性となっていたのだ。


「まさかカルミアさんが覚えていて下さるとは思いませんでした。それを知った時、貴女のことを愛しく感じたのです」


(い、愛しく? い、今、愛しいって言った!?)


 目まぐるしいほどに続く驚愕の連続にカルミアは疲弊していた。しかし胸に手を当ててみればそのどれもが嫌ではないのだ。


(騙されていたと知ったら普通は怒ってもよさそうなのにね)


 それよりも嘘で良かったと、リシャールと学園が無事であることの方が嬉しいのだ。

 聞きたいことはたくさんあるが、カルミアもまたリシャールに伝えたいことがある。


「私も、忘れた事なんてありませんでした」


「カルミアさん?」


「船で言いましたよね。私もあの時の子に、もう一度料理を食べてほしかったんです。会いたかった。私は成長したよって、知ってほしかったんです。私たち、同じだったんですね」


 お互いに抱いていた気持ちを知った二人は小さく笑い合う。


「そのようですね」


 こんな偶然があっていいのか。そう思いかけたが、これは偶然ではない。


(これは偶然じゃない。リシャールさんが引き寄せてくれた運命よ)


 リシャールが再会を望んでくれたからこそ、想いを遂げることが出来たのだ。

 カルミアはわき上がる幸せに穏やかな時間を満喫していたが、いつしかリシャールの視線は別のところへ向いていた。


「ところで、自惚れでなければそちらは私のために作って下さったのでしょうか?」


 コンロに乗せっぱなしになっていた鍋を指してリシャールが言う。


「はい、お粥を作ってみたんです。ありあわせですから、あまり豪華なものではありませんけど、起きた時に食べることが出来たらと思って」


「ありがとうございます。実は、これまで私は食べることは最低限に、栄養食を必要に応じて摂取するのみだったのですが、カルミアさんの料理を食べさせていただいてからというもの、虜になってしまいました」


 カルミアは信じられないとリシャールを見つめ返す。カルミアが目にするリシャールはいつも美味しそうに食事をしていたのだ。

 もしもという可能性が浮かび、カルミアは問いかけていた。


「私、無理をさせていましたか?」


 またやってしまったのだろうか。ベルネにはあれだけ豪語しておきながら、自分も食べることを強制していたのだろうか。

 しかしカルミアの不安を感じ取ったリシャールは慌てて訂正する。


「違います! カルミアさんの料理は本当に美味しかった。また食べたいと、心の底から強く望むものでした。昔も今も変わらずに、私の心を惹き付けてやまないのです」

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