6、食事の支度
「見ろよ兄弟! この船早いだろ? お上品な客船で向かうより先に着いちまうぜ!」
「貴方達、いつ兄弟になったのよ」
はしゃぐリデロをカルミアは冷めた目で見つめていた。
リデロはリシャールの肩に腕を回し、得意気に水平線を指している。こうして一歩引いたところから眺めるカルミアには、たったの数分で兄弟呼びになる感覚が理解出来ずにいた。
(あんなに警戒していたくせに、打ち解けるのが早くない?)
リデロのコミュニケーション能力の高さは長所ではあるが、カルミアはどこか釈然としない思いを抱えている。
なんでもリデロの言い分では同じ船に乗った人間はみな兄弟らしい。カルミアにとってもリデロは兄のような存在ではあるが、それを聞いてもやはり釈然としなかった。
一方で、肩に手を回されたリシャールは馴れ馴れしい年下の態度に嫌がることなく応じていた。当初はカルミアが案内するつもりでいたが、リデロの登場で仕事を奪われているところだ。
「本当ですね。出航して間もないですが、随分と陸が遠くなりました」
リシャールは素直に驚き感心している。
(きっとリシャールさんは良い人なのね)
リデロが懐いているのだから、間違いはないだろう。出航前は警戒のあまり疑い、悪いことをしてしまった。
「うちの船はな、時間に正確なんだぜ。なんせ風向きや天候に左右されることなく海を渡れるんだ!」
「それは凄い。さぞ力のある魔法使いが乗船されているのですね」
リデロがやけににやにやとした視線を寄越してくる。
「何よ」
「良かったですね。褒められてますよ」
リデロの視線を追ったリシャールがカルミアを見つめて息をのむ。
「まさか、カルミアさんが?」
「そうそう、うちのお嬢は凄いんだぜ!」
いきなり話を振られたカルミアは驚いて反応し損ねてしまった。
「リデロ、私のことはいいから」
「何言ってるんですか! リシャールはあのアレクシーネの校長なんですよ。うちのお嬢だってアレクシーネの生徒に負けてないってこと、しっかりアピールしとかないと」
リデロの発言から、話題の中心はすっかりカルミアへと移っていた。
「先ほども感じましたが、お二人は随分と仲がよろしいのですね」
「船の連中はみんな家族みたいなもんだからな。お嬢と俺なんて、お嬢がこんくらいの時からの付き合いなんだぜ」
リデロの手がこれくらいと腰より下に下げられる。
「ちょっと、そんなに小さくはなかったわよ。だいたい……」
(私とは打ち解けるまでに随分時間がかかったくせに、リシャールさんとは打ち解けるのが随分と早いわねえ!)
先ほどから感じていたもやもやはこれが原因なのだろう。
「お嬢?」
子どもじみた対抗心だ。すぐに船の仲間として受け入れられたリシャールに嫉妬していることはわかっている。正直に思ったことを口にすれば、からかわれることも目に見に見えている。そのためカルミアは不満げに口を噤んだまま呟くだけに留めておいた。
「なんでもないわ。まったく……二人とも、いつのまに仲良くなったの?」
「いやあ、これが話してみると良い奴で。なあ!」
「はい。リデロさんが船を案内してくださるおかげで退屈しません」
「本当ですか? うちのリデロが迷惑をかけていないか心配です」
「俺が迷惑かけてる前提!?」
「当たり前でしょう。それと、次はリデロが見張り当番のはずよ。そろそろ交代の時間じゃない?」
「おっと、そうだった。悪いな兄弟」
「とんでもないです。付き合って下さってありがとうございました」
駆け出すリデロにカルミアは声を張り上げる。
「しっかりね! 昼は私が用意することになったから、楽しみにしていなさい」
「おおっ!」
きらりとリデロの瞳が輝く瞬間をカルミアは見逃さなかった。
「運がいいな、兄弟。お嬢の飯はな、美味いんだぜ!」
「なっ!?」
勝手に持ち上げないでほしいとカルミアは焦る。褒めてくれたことは純粋に嬉しいが、これでは期待させてしまうだろう。ここまで言われておきながら、後で失望なんてまねはさせたくない。
「じゃ、張り切ってきますかね。お嬢、しっかり見張っときますんで、大盛お願いしますよ!」
カルミアの葛藤など知らず、リデロは上機嫌だ。まだメニューすら決まっていないのに、大好物が約束されているような喜びである。
見張り台に向かって小さくなる背中を見ていると、言いたいことは色々あるが、喜ばせてあげたいと思わずにはいられなかった。
「ではリシャールさん。私は昼食の支度がありますので、ここで失礼させていただきますね」
「カルミアさんが料理をなさるのですか? 先ほどお嬢様と呼ばれていたと記憶しているのですが」
「お嬢様だろうと船長だろうと料理くらいしますよ。この船には何も出来ないお嬢様が乗る場所はありませんから」
昔、そんな風に言ってカルミアの存在を馬鹿にする人がいた。他でもないリデロだが。
(悔しくて悔しくて、必死になって魔法を勉強したのよね。おかげで今ではみんなの役に立てるような魔女になれたと思うわ)
「では私も手伝います」
カルミアは一瞬何を言われたのか理解出来なかった。リシャールの提案はそれほど信じられないものだ。
「いえ、リシャールさんはお客様です。きちんと食事代込の対価をいただきましたから、時間まで部屋でゆっくりしていて下さい。リデロに振り回されて疲れていると思いますし」
いくらなんでも幼いカルミアとリシャールは立場が違いすぎる。彼は正当なお客様だ。
リシャールが気負わずにいられるよう、客として当然の権利を並べてはみたが、決意は固いらしい。
「私が見ていたいのです。カルミアさんのご迷惑でなければ見学させていただけませんか?」
それがお客様の望みであるのなら、船長であるカルミアは出来る限り叶えたいと思っている。仕方なくカルミアは船の案内も含めてリシャールを調理場へと連れていくことにした。
船の調理場は特別広いとは言えないが、自由に動き回れるスペースは十分に確保されている。
調理をするための作業台はコンロと一体化した造りで、壁に組み込まれた棚には大量の皿が並んでいた。
部屋の中央には木製の大きなテーブルを置き、十人程が座れるようになっている。数人であれば作った料理をこの場で味わうことも出来る仕様だ。もっとも船員の数は何十人にも及ぶため、食事をするための場所が別に用意されている。
「何を作るのですか?」
「まずは保冷庫の確認からですね」
保冷庫とは調理場の隣に作られた小さな続き部屋のことで、扉を開ければひんやりとした冷気が忍び寄る。魔法を使って室温を下げ、あるいは氷を生み出すことで食材が痛むのを防ぐ専用部屋だ。それは部屋であったり、小さな箱がそう呼ばれることもある。
読んで下さってありがとうございます!
大人な対応のリシャールに、賑やかな二人。この三人の会話は書いていて微笑ましいものがあります。会話をしている三人を、さらにカルミアの後ろから眺めたい。そんな気持ちです。
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