54、カルミアの旅立ち再び
長時間に及ぶ事情聴取の末、公表された真相は以下の通りである。
あれは精霊たちが起こした災いだった。
これは精霊からの警告である。人が精霊への感謝を忘れたのなら、再び同じことが起こるだろう。
国王陛下の話では、カルミアが城を訪れるより前に、精霊が乗り込んできたというのだ。
精霊と聞いたカルミアは瞬時にあの二人が陛下に何かしたのではと青ざめる。ドローナには悪役を張れるだけの才能が。ベルネもまた強烈な性格をしていることを思い出していた。
一人は深紅の髪を靡かせる妖艶な女性の姿をしていたという。そして現れるなり警告を下したそうだ。
これはドローナのことだろう。
もう一人は深紅の精霊に引きずられるようにして現れたらしい。清廉な白を司る精霊で、こちらも若い女性の姿をとっていた。血の通わぬほどの白さでその表情は無に等しく、わずかたりとも顔色を変えることはなかった。
おそらくこちらがベルネ本来の姿だろう。放心し続ける彼女はろくに口を開くことも出来なかったそうだ。
三日後、学園は元通りに運営が再開された。
幸いリシャール以外に怪我人はおらず、校舎も学食以外は無事であったことが早期再開の決め手となった。生徒たちは日常を取り戻し、教師たちも忙しくしている。
けれど三日経ってもリシャールが目覚めることはない。
いつ目覚めるのか、それはレインにもわからないという。そのレインはリシャールが目覚めるまで謹慎すると言い張り自主謹慎中だ。
学食の仕事を失ったカルミアは休校中、今後について考えていた。そして三日間のうちに自分に出来ることのすべて終え、決断を下す。
カルミアは今日、学園から去ることになった。
密偵の任務が完遂したかと言われれば、それは否だ。しかし学食という居場所を失ったカルミアが学園に留まることは不自然でしかない。
それにもう、リシャールが密偵を雇う必要はないだろう。
皮肉なことではあるが、今回の事件でリシャールの信頼は確かなものとなった。彼が学園を守ろうとした意思は本物であると、カルミアが報告した結果である。
リシャールの実力と、学園を守るという強い信念を見せつけられた人々は、明確に彼を支持することを公言する。これでリシャール体制は万全のものとなった。
(この流れで学園を乗っ取ろうなんて人間はいないでしょうね。リシャールさんが不在の時期に行動を起こさないことが何よりの証拠だわ)
カルミアを英雄として称える準備もあるといわれたが、そちらは謹んで辞退させてもらった。今回のことは自分にも責任の一端がある。
その代わりというわけではないが、リシャールが校長を勤める体制を強化してもらうことになった。
こうなっては今一度、カルミアはこれからについて考える必要があった。
どれほど待てばリシャールが目覚めるのかわからない。しかしカルミアはいつまでも立ち止まってはいられない。
(本当は無事な姿を一目見て、きちんと話をしてから仕事を終えたかったけど……)
今日を逃せばカルミアの船はまた遠い異国へと出航してしまう。学園も新学期に向けて動きだし始めている。カルミアにも区切りは必要だと、ロクサーヌからの旅立ちを決意した。
出発前にカルミアは学食があった場所を訪ねていた。
(不思議ね。本来なら営業の支度をしないといけない時間なのに、ベルネさんもロシュも、ドローナもいないなんて)
この場にいるのはカルミアとオランヌ、そして同じく見送りに来てくれたオズだけだ。
学食跡地は現在まっさらな更地となっている。無残に砕かれた瓦礫はすでに撤去され、襲撃の痕跡を感じさせることはない。ここに学食が建っていて、学生たちが訪れてくれたことがまるで夢のようだ。
「まさか、学食がこんなことになるなんてね……」
オランヌがカルミアの心を代弁する。見送りのために同行してくれた彼は酷く残念そうにため息をはいた。
しかしカルミアは誰よりも嘆いている人物を知っているため、あえて口にすることを控えたのである。
「しばらくは営業停止なんて、寂しくなるわね」
オランヌの言葉はカルミアを勇気付けてくれた。自分がここにきたことで、残せたものがあると教えられたようだ。
「みんなが無事だっただけで喜ばないとね」
カルミアは全てを犠牲にする覚悟で学園を守ろうとした精霊たちを尊敬している。
そんなカルミアの晴れ晴れとした表情を悟りと勘違いしたオランヌは、わざと明るい調子で励ました。
「で、でも、悲しい事ばかりじゃないわよね。新設備を導入した最新鋭の食堂を建設してくれるって、やったじゃない!」
学食崩壊の報を聞きつけた教職員や学生たちが存続を訴えてくれたおかげだ。学食を必要とする声が多く寄せられているとオランヌが教えてくれた。
「みんなのおかげですね」
「そうそう! 国王陛下も建設を後押ししてくれたらしいんだけど、なんでも精霊たちに言われたらしいの。食事は大切だから早く学食を元に戻しなさいって」
「そ、そうなんだ……」
「でも、カルミアはもういないのよね。本当に行っちゃうの? 学食再開したら戻ってきたら?」
オランヌもオズもカルミアが学園を去ることを残念がってくれた。それだけでなく、純粋にカルミアという個人との別れを惜しんでくれたのだ。
同じ男性でもリデロとは随分違う。さすが攻略対象、女性のツボを心得ていた。
「でも、私の役目は終わったから」
どこか引っかかるような物言いになってしまった。それでもカルミアは今日、学園を去るという決意を変えるつもりはない。
「せめてリシャールが起きてからにすればいいのに」
「ごめんなさい。私を待っていてくれる人たちもいるから……。参考人としての義務は終えたし、学食もあんな調子だから、私の居場所はないみたい。新しい設計には私も案を出させてもらったし、これからも相談役として協力させてもらうつもりよ」
「そう……。カルミアにも事情があるのね」
オランヌはしぶしぶ引き下がる。
「あたしはこれから授業があるから、もう行かないと。カルミア、王都に来たら絶対あたしところに顔をだしてよ!」
「うん、またね!」
手を振るカルミアの横にはいつのまにかオズが並び立つ。
「オランヌ先生は賑やかだよね」
「おかげで笑顔で旅立てそうよ」
「行くんだね」
「ええ。稼業の手伝いがあるの」
「本当は港まで送りたかったけど、残念。俺も授業だ。オランヌ先生と同じ言葉になってしまうけど、俺のところにも顔を出してほしいな。また会える日を楽しみにしているよ」
そんな風に思ってもらえることが嬉しい。
すると何かを思い出したかのようにオズが呼び止めた。
「そうだカルミア。今度からパーティーで会った時も友達として声を掛けてくれると嬉しいな」
「パーティー?」
これまでオズと華やかな会場で出会ったことがあっただろうか。
(遠くから見かけたことはあるけれど……!?)
「ま、まさかオズ、私のこと……知ってるの?」
にやりと口角の上がる口元が答えだ。
「話をしたことはなかったけどね。パーティー会場で見かけたことくらいあるさ。君もだろ? 偽名を名乗っているようだから言わない方がいいのかと思ったけど、最後だしね。言っちゃった」
悪戯が成功したような顔だが、こちらとしてはしてやられた想いが強い。
(さ、さすが切れ者王子様……)
自分が彼を見ている時、彼もまた自分を見ていたことを知る。
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