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51、リシャールの心

 竜を退けたところでリシャールが待ち構えているから厄介だ。


(霧のせいで視界が悪い中、竜とリシャールさんに気を配りながら扉を閉める。難しいけど、やるしかないわね)


 幸いこの空間に強度があることはゲームで証明されている。カルミアは遠慮することなく実力のすべてをぶつけることが出来た。

 リシャールが放つ炎を水で相殺し、得意の水魔法で竜たちを水球に閉じ込める。


「水って便利ですよね。簡単には出られませんよ」


「面白い魔法の使い方ですね」


 このリシャールに言われると皮肉のようだ。初めて出会った日にはリシャールもそばで見ていたはずなのに、彼は忘れてしまったのだろうか。

 

「リシャールさん、帰りましょう!」


 たまらずカルミアは叫んでいた。


「何を言うかと思えば」


 馬鹿馬鹿しいと一蹴される。しかしカルミアは諦めずに声を掛け続けた。


「言いましたよね。私はリシャールさんを迎えに来たんです。ここから出る時はリシャールさんと一緒ですよ。私、もっと美味しい物を作れるように、頑張りますから、だから……」


 船での出会い、学園で過ごした時を思えば泣きたくなる。


「船で出会って、みんなでカレーを食べましたよね。それから学食で働くことになって、リシャールさんは私の料理が食べたいなんて無茶を言うんです。ベルネさんと料理対決をすることになって、一緒に夜空を眺めたこともありましたね」


 幻のように消えてしまった日々を取り戻したい。

 リシャールが忘れてしまったのなら、二人の時間を覚えているのはカルミアだけだ。


「でも私、最初はリシャールさんのことが苦手でした。いつも仕事を急かされているみたいで、それなのによく会うし、居心地が悪かったんです。でも今は、リシャールさんがいないと……寂しいです」


 もう一度、あの笑顔に会いたい。穏やかな微笑みが見たい。そんな他愛のない願いばかりが生まれていく。悪役令嬢もラスボスも、ゲームなんて関係ない。自分はこのリシャールが好きなのだから。

 リシャールが忘れてしまったのなら、今度は自分から誘おう。


「リシャールさん。また一緒に食事をしませんか?」


 どうかこの手をとってほしい。思い出してほしい。カルミアは祈るようにリシャールを見つめた。

 

「貴女は……」


 攻撃のために掲げられていたリシャールの腕がだらりと落ちる。


「リシャールさん?」


「私は……違う、これはっ……」


 自問を繰り返すリシャールは、カルミアの姿など目に入っていないようだった。


(これってもしかしなくてもチャンス?)


 リシャールのことは心配だが、カルミアは重大な役目を背負っている事も忘れてはいない。目の前に隙が転がっているのなら、全力で指摘させてもらう。そういう人間だった。 

 カルミアは扉だけを見据えて走り出す。背後で新たな竜が生まれ攻撃の体勢に入ろうと、この機会を逃すわけにはいかない。

 わき目もふらず扉へと走る。

 リシャールの横を通り過ぎた時、僅かに彼と目が合ったように思うが、攻撃が放たれることはなかった。


「せえのっ!!」


 どれほど重いのかと想像していたが、軽く触れるだけで扉は閉じていく。とんだ力み損だ。

 これで新たな竜が生まれることはなくなった。放たれた竜も時が経つにつれて邪悪が薄まり、形を維持することが出来なくなるだろう。

 しかしこの場に残る竜たちは、カルミアこそが自分たちの邪魔をした悪と認識している。暗い瞳にカルミアを捉え、せめて形が崩れる前に一矢報いようと牙を剥く。

 その背後ではリシャールも魔法を放とうとしていた。


(これはひとまず防御!)


 カルミアは迎撃よりも身を守ることを選ぶ。全ての竜を一掃することは可能だが、リシャールの魔法が読めない以上、迂闊な攻撃は避けたい。

 眼前に結界を張り、襲い来る衝撃に備えた。

 しかし結界が揺れることはなく、竜たちは次々に倒れていく。


「リシャールさん?」


 リシャールの魔法はカルミアではなく、竜に向けて放たれていた。額に手を当て、苦痛の表情を浮かべるリシャールは膝をつく。


「大丈夫ですか!?」


 駆け寄ったカルミアはたまらずリシャールを支えていた。

 

「助けてくれたんですか? でもどうして……」


 まるでカルミアを助けるような行動だ。問いかければ苦痛に歪む表情に優しさが垣間見える。


「決まっています。私がカルミアさんを守りたいと思うからですよ。偽りの魔法に踊らされ、これ以上大切な人を傷つけるわけにはいきません」


「リシャールさん、薬の効果が?」


「いえ。どうやら、まだ続いているようです。先ほどから、頭の中で違うと囁く自分がいる。まるで自分がもう一人いるようですね。この薬を作った人間は、さぞ優秀なのでしょう。ですが魔法のせいにするわけにはいきません。カルミアさん、私は貴女を傷つけてしまった」


「覚えているんですか?」


「全て記憶にあります。本当に申し訳ありませんでした」

 

 カルミアは張りつめていた緊張が解けていくのを感じていた。もともと怒っていたわけではないのだ。カルミアはふわりと笑うことでリシャールを安心させようとした。


「もういいんです。もとに戻ってくれたのならそれだけで私は」


 それにすべてが反対になる薬だと知った今、ゲームとは違うリシャールの本心を知ることも出来た。


「カルミアさん。貴女を傷つけた事への謝罪は改めて、きちんと償わせてください。ですがまずは校長としてこの事態を把握したい」


「わかりました。これまでのこと、お話します」


 カルミアは今回の事件についてすべてを話した。そうでなければリシャールは校長として判断を下すことが出来ないからだ。


 ここが物語の世界であること。

 その中でカルミアとリシャール、ドローナが悪役として君臨していたこと。

 物語とは違う悪役たちの行動に、学園が乗っ取られてしまう可能性を危惧したレインという生徒がリシャールの心を変えカルミアを追い出そうとしたこと。

 その全てを話終えた時、リシャールはカルミアも知らないレインの家名を呟いた。


「そうですか。レイン・ルティアが……」


 当たり前のようにその名を呼ぶリシャールは、すべての生徒を記憶しているのだろう。

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