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5、良い船旅を

 そうして改めてリシャールの姿を確認すると、あまりにもこの船で浮いて見える。

 集まってきた船員たちはリデロも含めて船を動かすことを目的とした軽装ばかり。その点リシャールが着ているのは皺ひとつない上質なスーツだ。襟元に施された刺繍は繊細で、おそらく彼のために作られたオーダーメイドだろう。そして華やかな組み合わせにに負けることなく着こなす顔の良さである。


「これが豪華客船だったらリシャールさんに似合う船でしたね」


「とんでもない。私はこちらの船が気に入っていますよ。素敵な船長に、頼もしい船員のみなさんですね」


「嬉しいことを言ってくれるんですね。乗船代はおまけしませんよ?」


「ご心配なく。これでもしっかり稼いでいますので」


(王立魔法学園の給料……)


 カルミアは邪な想像を急いで掻き消した。


「え、ええと! 歓迎するとは言いましたが、一応忠告を。私の船でおかしな気は起こさないことをお勧めしますわ。お褒めにあずかった船員たちはみな勇敢な者ばかり。加えて私も例外ではないことをお伝えしておきます」


「貴女が?」


「俺らの船長、頼もしいだろー」


 リデロはまるで自分のことのように胸を張る。自慢気な態度が嬉しくもあるが、初対面の相手を前にしては気恥ずかしさが勝った。

 けれどリシャールは何を思ったのか嬉しそうにしている。


「素晴らしい出会いに、私は海の女神に感謝をしなければいけませんね」


 どうやら自分の乗る船が安全であることを喜んでいるようだ。


「そうそうお嬢は凄いんだぜ! なんてったって英雄の子孫だからな!」


「それ、凄いのはご先祖さまで私じゃないから」


 不貞腐れたように呟くカルミアの側では考え込んでいたリシャールが答えに気付いたらしい。


「ラクレットというのは、もしやあの英雄譚の?」


「そうそう、お嬢はあのランダリエの子孫なんだぜ!」


「どうりで。ラクレット家の船は信頼出来るとみなさんが教えて下さったわけですね」


 魔法によって発展した豊かな王国ロクサーヌ。

 ロクサーヌに生まれ育ち、ランダリエを知らぬ者はいないだろう。


 かつてこの国は一人の魔女によって滅ぼされ、一人の魔女によって救われた。


 邪悪な魔女は怪物を従え、豊かな土地を蹂躙する。魔女は全て燃やし尽くせるほどの強大な力を秘めており、人々は恐怖によって支配され、嘆き悲しみながら生きるしかなくなった。

 

 ところが滅び行く祖国を嘆き、救世主を探すあてのない旅に出た者がいる。

 彼は嵐の海を越え、いくつもの国を巡り、遠く世界の果てまで進み続けた。

 やがて懸命な人の姿に胸を打たれた精霊たちは彼に手を差し伸べる。

 心優しい精霊の力を借りた青年は苦難の末、救国の魔女アレクシーネを祖国へ連れ帰った英雄だ。


 ランダリエの名は三百年の時が流れてもなお英雄として語り継がれ、彼の子孫はロクサーヌの要ともいえる家柄へと成長を遂げた。

 やがて目覚ましい活躍をみせる一族を、人々は『ランダリエの一族に手に入らない物はない』と称えるようになる。カルミアが生まれたのはそういう家で、これはロクサーヌに生まれたのなら馴染みの物語だ。しかしリシャールの態度は身近なものとは言い難い。


(アレクシーネの校長というからにはロクサーヌの出身だと思っていたけれど、異国の出身なのかしら?)


 とはいえ初対面で込み入った事情に踏み込んでは失礼だ。それよりも、カルミアには船長として下さなければならない決断が迫っている。


「リデロ、みんなに伝達を。出航よ!」


「任せろ、お嬢!」


「何が任せろよ! 最後まで間違えているじゃない。船長って何度言わせるの――って聞いてる!?」


 リデロも今回は自覚していないのか、意気揚々と走り去って行く。

 呆れるカルミアの隣からは、小さな笑い声が漏れていた。口元を隠しながら笑う上品な姿がいっそうカルミアの羞恥を煽る。


「お恥ずかしいところを……」


「いえ、失礼しました。楽しい船旅になりそうだと思いまして。カルミアさんは仕事でこの国に?」


「はい。この国の果物を輸入させていただきたいと、商談に来ました」


「浮かない表情ですが、何か問題でも?」


 元気に答えたはずが、甦る商談の記憶に表情は曇っていたらしい。


「それが、交渉が難航しているんです」


「というと?」


「気難しい方のようで、私では話にならないと会ってもらえませんでした。おかげで出航が遅れて、こうしてリシャールさんと会えたというわけです」


「そうでしたか。私としては助かりましたが、そういった事情があったとは知らず。すみませんでした。カルミアさんが困っているというのに無理を言ってしまったようで」


「気にしないで下さい。それに私、まだ諦めていませんよ。何度でも口説いてやるつもりです」


「そうまでする価値のある商品だと?」


「とても美味しいんです! みんながあの美味しさを知らないなんて損失ですよ。私はなんとしてでもロクサーヌの人達にも広めたいんです!」


 迷いなく言い切るカルミアの熱意に、リシャールは自然とその言葉を口にしていた。


「カルミアさんは格好良いですね」


「へっ!?」


 しかし不意打ちで褒められたカルミアは驚きのあまり間抜けな反応をしてしまう。やがてその言葉をかみしめると、次第に顔へと熱が集まっていく。

 リシャールからの言葉はリデロたち家族からもらう言葉とはまるで違った。一言でカルミアの顔を染め上げるほどの威力があるようだ。


「すみません。女性に対する褒め言葉ではないかもしれませんが、率直にそう感じたものですから。仕事への姿勢も、志も、見習わせていただきたいと思いましたので。随分お若く見えますが、その若さで船長を任されていることにも納得です」


「お若く!? え、わ、私、若く見えます!? 嘘、本当に!?」


「はい」


「嬉しいです! 十八歳のはずが、何故かいつも歳上に見られるので……」


 おそらくきつめの顔立のせいだろう。侮られないために強気な振る舞いをしていることも原因の一つかもしれない。せめてそうであってほしいとカルミアは常日頃から思っていた。


「十八……」


 ところがリシャールはその数字を繰り返したきり無言になってしまう。


「リシャールさん? あの、まさかとは思いますが……」


「なんでもありません」


「リシャールさん!? にこやかに返しても遅いですからね!?」


 リシャールの若いとはいったい何歳を推定していたのだろう。もしかしなくても十八よりも年上に見られていたのではないだろうか。カルミアは喜びの波が引いていくのを感じていた。


「ちなみに私は二十五ですよ」


 ものすごく不自然に会話を逸らされた気がする。いったいいくつだと思われていたのだろう。ダメージ軽減のためにも追求するべきではないとカルミアは判断する。

お気に入り、そして評価をいただき、ありがとうございました。

少しでもお楽しみいただけているといいのですが……

早く乙女ゲーム要素を生かせるよう、頑張りますね!

というわけでまだまだ続きます。続きもまた夜に!

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