49、レインの誤解
「リシャールはまるで別人。毎日学食に通うし、いつのまにかドローナまで学食で働いてた。リシャールは優しくて、ドローナは無邪気……何なの!? 三人で何を企んでいるの!?」
まるで抑え込んでいた不満が爆発したようだ。見てきたかのように語るレインは実際にどこかで見ていたのかもしれない。
しかしカルミアはきっぱりと否定する。
「違うわよ」
「とぼけないで! 攻略対象とも親しくしているところを何度も見ました。オズとオランヌとは人気のないところで密会してたじゃないですか。食べ物まで使って懐柔しようなんて最低です!」
(密会って……)
状況から察するに弁当を食べてもらった時のことだろう。オズが見かけたという人影はレインだったのかもしれない。
「みんなカルミアに騙されてる。学園だけじゃありません。王子であるオズが陥落すれば国さえカルミアのものになってしまう。だから私はみんながカルミアの毒牙に掛かる前に助けようとしたんです!」
「毒牙」
語彙の威力に思わず呟く。十七年生きて生きて初めて使われた言葉だ。
「残念でしたね、カルミア。私がいなければ貴女の企みは成功していたかもしれないのに」
「ちなみに私の企みって何?」
素っ頓狂な反応を目にしたレインはさらなる怒りを爆発させた。
「とぼけないで! 貴女、逆ハーレムを狙っているんでしょう!」
「は?」
「主人公が入学する前に登場人物たちを篭絡して学園を、いずれは国さえ乗っ取るつもりのくせに!」
「とんだ冤罪ね」
「嘘よ!」
(むしろ乗っ取りを阻止してほしいって頼まれた側!)
騙されたような形で学園にやって来たカルミアである。全く身に覚えのない罪状だ。
しかしレインは頑なに主張を曲げようとはしなかった。
「悪役令嬢の好きにさせるわけにはいかない。だから私はリシャールを使ってカルミアを追い出そうと思った。心を変える薬なら必要とされていたカルミアは不要に。悪役であるリシャールは薬の効果で善良に。そうすれば学園の危機は去るはずだったのに……こんなのまるで、あのリシャールは本気で学園を守ろうとしていたみたいじゃないですか!」
人を傷つけるようなこの行為が反対の行動であるのなら、リシャールは心から学園を守ろうとしていたことになる。
動揺から取り乱すレインを前に、カルミアは自分が酷く落ち着いていることを感じていた。
「どうして上手くいかないのか? それは貴女が間違えたからよ」
認めたくないと叫んではいるが、おそらくレインも自身のあやまちに気付いている。だからこそ正論を突きつけられたレインはきつくカルミアを睨むしかなかった。
「私が悪いと言うんですか? 悪役令嬢の癖に!」
「貴女だけを責めたりしないわ。思い当たる節がないとはいえ、貴女が私の行動に思い悩み今回の事件を起こしたというのなら、私にも責任はあるんでしょうね」
「カルミア?」
非を認めるとは思わなかったのだろう。レインはカルミアの名を呼んだきり唖然としている。
(そうでしょうね。私たちの知るカルミアなら罪を認めたりしない。あの人はいつだって横暴で、最後まで自分に非があるとは考えもしなかった)
けれど自分は違う。同じ名前を受け継いでいようと考え方は違うのだ。
(こうなる前にきちんと話せていたら、違う道もあったはずよね。きっと私たちは仲良くなれた。いいえ、今からだって遅くない)
同じ転生者であれば不安に苛まれるレインを励まし、友人としてそばにいることも出来ただろう。
しかしレインは一人で抱え込み事件を起こしてしまった。過ぎたことは変えられないが、これから関係を築けるかは彼女の行動次第だ。
「レインさん。貴女にこの事態を嘆き、アレクシーネの魔女としての誇りがあるのなら協力して」
「どうして私がカルミアに協力しないといけないんですか」
「私がこの事態を収束させるからよ」
「出来るわけありません。貴女は知らないかもしれませんけど、一度開いた扉は主人公にしか閉めることは出来ないんです。ここに主人公はいません!」
「それはどうかしら。案外私にも出来るかもしれないわよ?」
「ふざけないで下さい!」
「こんな時にふざけたりしないわ。いい? 私は扉を閉めに行くから、レインさんは校門に向かって」
「校門?」
「あれを外へ出してはだめ。学園で抑えるの。そのためにあれの苦手なものを用意させているわ。レインさんはあれが何か知っているんでしょう? 対処法もね。私の代わりにみんなに指示を出して。生徒たちの避難に迎撃、やることはたくさんあるわ」
「でも、私なんて……」
今にも消え入りそうな声で囁くレインにカルミアは言い放つ。
「貴女もアレクシーネの魔女でしょう!」
これが最後だ。これ以上、彼女に時間を割くわけにはいかない。ドローナたちは今もカルミアの戻りを待っている。この言葉を聞いて何も感じないようならレインと手を取り合える未来はないだろう。
レインが何故と繰り返すことはなくなった。自分の足で立ち上がり、カルミアと同じ目線で対峙する。彼女も覚悟を決めたようだった。
「お願い。手伝って」
再度の求めに頷いたレインは校門の方へと走っていく。それが逃げるためか、あるいは立ち向かうためなのか、今はまだカルミアにはわからない。
(逃げるのならあの子はそれまでね。でも逃げずに立ち向かうのなら……私たち、これから仲良くなれそうだと思わない?)
同じ故郷で育った者同士、弾む話もあるだろう。この事件が終わりを迎えたらゆっくり前世とゲームについて語り合いたいと思った。
続きは明日の更新となります。