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48、レインの正体

 カルミアの答えはドローナにとって満足するものだったらしい。嬉しそうに、しかしとんでもないことを彼女は言った。


「なら話は早いわ。行きなさい、カルミア」


「ドローナ!?」


「あれはアレクシーネに力を貸した私たちが憎いのよ。だから精霊の気配が濃い学食を目指したんでしょうね。意思もないくせに、身体が憶えているのかしら。だとしたら簡単な話よね。私たちがあれを引き付ける。そうすれば生徒たちのところには行かないでしょう?」


「危険よ!」


 精霊とはいえ傷を負わないわけじゃない。傷つき倒れるからこそ、彼らは痛みを抱えても立ち上がる人に寄り添うのだ。同じ痛みを知る者として。


「そうね。このまま数が増え続けたら、全てを引きつけてはおけないわ。だから急いで。大丈夫よ。ベルネもやる気みたいだから」


 竜はドローナの言うように学食を標的としているのか、次々に攻撃を仕掛けてくる。牙をむき、爪を振りかざし、踏み潰そうと躍起になっていた。

 そんな竜たちを森ごとなぎ倒す勢いで防ぐベルネには鬼気迫るものがある。彼らに恐怖という感情が備わっていたのなら怯えていたはずだ。


「あんたたち、よくもやってくれたね!」


 自身の領域を踏み荒らされたベルネは怒りに任せて力を振るう。それはもう、触れればこちらも巻き込まれて怪我をするほどだ。


「私たち、これでもアレクシーネと同じ時代を生きた聖霊なのよ」


 だから任せろと、ドローナは自分の手柄であるかのように得意気だ。それもすべてはカルミアを安心させるためだろう。

 確かにドローナの判断は正しい。竜は封印から離れるほど力が弱まるため、まだ学園内でしか活動は出来ないだろう。しかし力の供給源を断たなければいずれは街にも向かい出す。

 ここを任せろと言う二人のために、そして人々のためを思うのならカルミアが事態を解決することが最善だ。

 カルミアは躊躇いながらも決断を下した。


「ここはお願い。でも、気を付けてね。絶対に無理はしないで」


「任されたわ。大丈夫、いつもの料理と何も変わらないわよ。カルミアは私たちを信じて任せたらいいの」


 あまりにもいつもと変わらないドローナのせいで、本当にここが厨房のように思えてくる。


「新米の癖に偉そうに。あんたもさっさと手を貸しな!」


「はーい」


 ベルネの呼びかけに間延びした声で答えるドローナからは緊張感というものがまるでない。けどそれでいいとカルミアは思う。それが彼女らしいと、いつものように安心して任せることが出来た。


「早く行きな! たく、これだから小娘は!」


 もちろんベルネの激励も変わらない。こんな物騒なことは早く終えて、いつもの仕事に戻りたいとカルミアは思った。


 ドローナたちと別れたカルミアは礼拝堂を目指す。アレクシーネが封じる扉は礼拝堂の地下にあった。

 竜の正体は邪悪な力だが、形を得る前はただの黒い霧にすぎない。その霧が溢れ出す入口を閉ざすことがカルミアに託された任務だ。


(急がないと!)


 焦るカルミアの上空を竜が駆け抜ける。

 途中、学生に出くわせば建物の中に避難するよう指示しながら夢中で走り抜けた。

 礼拝堂への最短ルートである中庭を横断しようとすれば、地面に蹲る生徒の姿が目に入る。


「大丈夫!?」


 放ってはおけないとそばに寄れば、それはカルミアも知る生徒だった。


「レインさん?」


 肩を震わせ、自分を守るように両手で身体を抱きしめている。それでも止まない震えが彼女を支配していた。

 呼びかけに気付いたレインは涙にぬれた瞳でカルミアを見上げる。


「カルミア……?」


 竜に襲われた様子はないが、よほど怯えていたのだろう。大事に抱えてたはずの本は地面に散らばり、ノートやペンまで散乱している。


「立てる!?」


 立ち上がることさえ困難に見えるレインに手を差し出す。

 あれはアレクシーネに関わるすべてを憎んでいる。学園の生徒であるレインが標的にされる可能性もあるだろう。

 けれどレインは差し出された手を目にした瞬間、激しい拒絶を見せた。


「違う、違うの! 私、こんなつもりじゃ……」


「落ち着いて、大丈夫だから。まずは建物の中に避難して」


「だめ、逃げられない。逃げる場所なんてどこにもない。誰も、運命からは逃げられない!」


 必死の形相で訴えるレインは、カルミアへの言葉というより自分に言い聞かせているようだった。


 空を駆ける竜のせいか、学園には強い風が吹き荒れている。

 無機質にページを変えるノートに綴られた文字は丁寧なものだ。けれどそれは、どこかで見たことがあるような……。

 散らばる本やノートに紛れて白い封筒が目に入る。


(でも、レインさんが……?)


 まさかという可能性が浮かべば、心臓が嫌な音を立て始める。彼女がそんなことをする理由がわかない。けれどどうしても、異様なまでの怯えようが気になってしまう。加えて先ほどの自分を責めるような発言だ。

 信じられないと思いながらもカルミアは口を開く。


「あの手紙はレインさん?」


 心当たりがなければ伝わることもないだろう。違ったのなら追及する必要はない。

 しかしレインは肩を振るわせ残酷なまでに顔を歪める。心当たりがあると言うようなものだ。


「……そうよ。私、私が! でも、こんなことになるなんて、私が望んだのはカルミアを追い出すことだけ。リシャールだってこんなはずじゃ……」


「リシャールさんて、まさか私の名をかたったのも貴女!?」


 レインはまるで悪役が浮かべるような笑みで答える。しかしカルミアの目には泣いているように映っていた。


「反対の感情を増幅させる薬……」


「反対?」


「反対の言葉を吐き、反対の行動を取らせる。なのにどうしてこんなことになっているの? だってリシャールは悪役なのよ。だから飲ませても問題ないはずなのに、どうして!?」


 レインが空を仰ぐ。その先ではまた黒い竜が生まれていた。


「どうして邪悪が溢れ出すの!? どうしてカルミアが私を助けようとするの!? こんなのおかしい! まるでカルミアが正しいみたい……私はただ、カルミアを学園から追い出したかっただけなの!」


 レインは諦めたように項垂れた。それは彼女の計画の失敗を意味しているのだろう。


「前に言いましたよね。本当はこんなところ来たくなかったって」


 カルミアは頷く。レインと初めて出会った時、取り乱した彼女が話していたことを憶えていた。


「貴女には理解出来ないかもしれませんが、ここはゲームの、ある物語の舞台なんです。だから私はこれから先に起こる事を知っている」


 カルミアは驚きながらもレインの言葉を受け止める。自分という例があるのなら、他にも転生者がいておかしくはない。それがこんなにも身近にいたというだけだ。


「私は物語の登場人物ではありません。だから物語にも、登場人物にも関わりたくないと思いました。巻き込まれて大変な目に合うのは嫌だから……。でも心のどこかでは否定している自分もいました。もしかしたら似ているだけの世界かもしれない、考え過ぎだって。同じようでいて少しだけ違っているんです。リシャールは別人で、悪役令嬢カルミアがいなかった」


 静かに語り続けていたレインだが、ここで怒りに染まった瞳をカルミアに向ける。


「なのに貴女が現れた! あと一月だったのに、カルミアが現れて、私はやっぱりこの世界の運命から逃げられないと思った。逃げられないのなら立ち向かうしかないじゃない。カルミアが学園を支配する前に!」


(何かしら。今とんでもない発言が聞こえた気がするんだけど、私が学園を支配するって何!?)


 それまで黙ってレインの話を聞いていたカルミアは首を傾げる。しかしとても口を挟める雰囲気ではないとカルミアは空気を読んでいた。竜とは大違いではあるが、残念なことに褒めてくれるような人はいない。


「どうしてまだ学園にいるんですか? 出て行けと言われましたよね。それなのにどうして!」


(つまり、レインさんの目的は私を学園から追い出すことで、私を追い出すためにリシャールさんの心を変えようとした?)


 おそらくメニューに手を加えたのもレインの警告だろう。


「レインさん。貴女がそんなに思いつめていたなんて、気付いてあげられなくてごめんなさい。私、貴女に何かしてしまったんですか?」


「止めて! わかったようなことを言わないで。私の気持ちなんてカルミアにはわからない! そうやって私を憐れんで、何が狙いなの? だいたい学食で働くって何!? 貴女悪役令嬢でしょう!」


「あ、うん……」


 それは私も訊きたいと真剣に思うカルミアであった。

閲覧ありがとうございます。

こうして読んでいただけること、とても嬉しく思っています!

ようやくレインのことを書けました。

次回もお付き合いいただけましたら幸いです!

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