43、異変
翌朝カルミアはオランヌに言われた通り、リシャールのために早起きをして弁当を作る。オランヌに言われたからと逃げるような言い訳をしているが、リシャールのために作りたいというのは偽りのない気持ちだ。
ところが食堂の前までやって来たカルミアは不意に足を止める。
石段を登り扉の前まで慎重に進むと、そこには白い封筒が落ちていた。拾い上げると丁寧な文字で『カルミア・フェリーネ様』と書かれているが、差出人の名前はない。
「私宛て?」
封を開けると中には白い紙が一枚入れられている。
「この学園から出ていけ」
読み上げれば、実に簡潔な文面だ。
(ベルネさん?)
かつて同じことを言われた相手を思い浮かべるが、彼女であれば手紙などという回りくどい真似はせず直接言うだろう。
この人物は誰で、どういった目的があってカルミアを追い出したいのか。最初に思いついた可能性は、やはりリシャールの密偵というものだった。
(これはリシャールさんに相談した方がいいわね。リシャールさんを連れて来てくれるオランヌには感謝だわ)
しかし問題はこれだけでは終わらなかった。
厨房に向かえばベルネに出迎えられ、それに続いてドローナが出勤する。ところが最後にやってきたロシュは血相を変えて飛び込んだ。
「みなさん大変です! これ、見て下さい!」
ロシュが広げた学食のメニューには黒いインクで大きくバツが書かれている。まるで学食を否定するような行為だ。
「何よこれ! 酷いじゃない!」
憤るドローナを落ち着かせたカルミアは、ロシュに説明を求めた。戸惑っているのはカルミアも同じだが、まずは状況を確認しなければならない。
「掲示板の前を通った時に気付いたんです。誰がこんなことを……」
明るいロシュまでが落ち込むことで厨房には暗い空気が立ち込めていた。
(朝の手紙に、学食への攻撃的な態度。よほどこの人物は私を追い出したいのね。慎重に立ち回っていたつもりだけど、どこからか情報が漏れた?)
おそらくこの手紙の差出人はカルミアがいると困る人間で、そのため学食にも警告を示したのだろう。よほど探られて困る事があるとみえる。早くリシャールに相談したいと、カルミアは昼休みが終わるのを待ちわびていた。
学食の営業が始まるとカルミアは不安を隠していつも通りに振る舞う。ロシュやドローナには気にする必要はないと告げ、校長先生に相談してみると励ました。
手紙やメニューのこともあり、何らかの攻撃があるかもしれないと警戒していたが、無事に営業を終えることが出来たのは幸いだ。
やがて外に騒がしさを感じると、オズとオランヌに両脇を固められたリシャールが引きずられるようしてやってくる。
「どこへ連れて行くのかと思えば……。食事は不要と言ったはずですが」
「不要なわけないでしょう! まったく、最近はカルミアのおかげで安心してたのに目を放したらこれよ。ロシュ、席借りるわね」
「はーい!」
すでに事情は説明してあるのか、ロシュは何の疑問も抱かずに頷く。それどころかカルミアの側へとやってきては小さく囁いた。
「良かったですね、カルミアさん」
「ロシュ?」
「校長先生が来てくれて、カルミアさん嬉しそうです。きっと話したいこともあるんですよね。あとは僕らに任せて、今日はのんびりして下さい」
「え、ちょっと!?」
背中を押されたカルミアは、厨房の方からも戻ってくるなと追い出されてしまった。
ドローナとベルネからも送り出されたカルミアは覚悟を決めてリシャールの元へ向かう。
「はい。ここ座って」
オランヌによって強引に席に座らされたリシャールは不機嫌そうだ。
そんなオランヌたちは仕事は終えたとばかりに学食から出て行こうとする。
「オランヌたちは一緒に座らないの!?」
「悪いけどあたしたち、もう食べちゃったのよねー」
「いてくれるだけでいいから!」
逃がすまいとカルミアが叫べば、オズが難しい顔をして答えた。
「ごめん、カルミア。これから先生には授業の質問をさせてもらう約束なんだ。ですよね、先生」
「え? あ! ああ、あれね。いいわよ。そういうことにしておきましょう」
「そういうことって言った!?」
「邪魔者は退散するって言ったのよ!」
取って付けたようないいわけである。華麗なウインクを披露されたところでちっともときめはしなかった。
オランヌたちが去り、ロシュたちが厨房へと下がったフロアには、正真正銘リシャールと二人きりだ。秘密の話をするには都合が良いが、今日は少しばかり空気が重い気がする。リシャールは無言で席に着いたきり、カルミアと会話をするつもりはないようだ。
「今日は来て下さってありがとうございます」
「貴女に礼を言われることではないと思いますが」
意を決して話しかければ事務的に返される。つんと答えるリシャールには違和感が募った。
自分は機嫌を損ねてしまったのだろうか。それとも無理やり連行されたから機嫌が悪いのか。判断に困るカルミアは正直な気持ちを告げる。
「でも私はリシャールさんが来てくれて嬉しかったんです。話したいこともありましたから」
「話?」
「実は例の件でお話が。でもまずは、食事からですね」
カルミアは下げていたバスケットを持ち上げる。
「私が作ったお弁当なんですけど、一緒に食べませんか?」
カルミアがうがいを立てるとリシャールは盛大にため息を吐いた。
「成程。こちらを食べなければ話はしないと、そういうわけですか。ならば仕方がありませんね」
「いえ、そんなつもりじゃ!」
「いいから早くしてもらえませんか? オランヌにも食事をしろと付き纏われて迷惑していたところです。望み通り食べて差し上げますよ」
リシャールは苛立ちを隠そうともせずにカルミアを急かす。カルミアは様子の変わったリシャールに戸惑いながらも手早く弁当を広げていった。
「どうぞ……」
カルミアは不安を感じながらも弁当を勧める。
するとリシャールは無言で手を伸ばして食べ進め、沈黙に包まれたフロアには気まずい空気が漂っていた。しかしそれもカルミアが一方的に感じているだけで、リシャールは気にもとめていない。
「あの、卵焼きなんですけど。好みの味付けがわからなかったので、塩と砂糖の味付けなんです。どうでしたか?」
「どうと言われましても特に思うところはありませんが」
「え?」
「私にとって食事は栄養補給にすぎません。味など気にする必要はないでしょう」
なら、いつも美味しいと言ってくれたのはどうして?
溢れそうになる疑問はリシャールからの言葉で遮られていた。
「ああ、そうでした。一つ貴女に言わなければならないことがありました」
不意に手を止めたリシャールは改まってカルミアと向き合う。
緊張からカルミアの表情は強張るが、リシャールは何気ない口調のまま話を続けた。
「貴女はこの学園にいるべきではない。一刻も早く私の学園から出て行ってもらえますか」
一瞬、何を言われたのか理解が出来なかった。
閲覧ありがとうございます。
シリアスみが漂っておりますが、この物語はハッピーエンドです!
最後までお付き合いいただけましたら幸いです。