40、会議の後は飲み会です
会場は学園からほど近い街のレストランで、一度解散してから集合することとなった。
レストランに到着すると会場の準備は整っており、立食形式のパーティーという本格的なものだった。
再び教師たちが集まれば、リシャールの乾杯から懇親会は始まった。
「カルミア楽しんでる~?」
声を掛けてきたのはオランヌだ。彼の頬はほんのり赤く染まっている。
「はい。ご一緒出来て嬉しいです」
「硬い硬い。そういうんじゃなくて、もっと気楽にね」
「オランヌこそ楽しんでる……みたいね」
「そりゃあね。なんてったってリシャールがいるのよ。それだけで笑えてくるわ!」
「どういうこと?」
「あの人がこういう会に出席するの、あたしが知っている限りでは初めてなのよね。カルミア効果さまさまだわ」
「大袈裟だと思うけど」
おそらくリシャールはカルミアが参加しやすい空気を作ってくれたのだ。
「あ、リシャール! こっちこっち。楽しんでる?」
オランヌが手招きする先にはリシャールがグラスを手に佇んでいた。
赤い顔で手招きするオランヌを見るなり、呆れたように近づいてくる。
「はいはい、聞こえていますよ。そんなに飲んで大丈夫なんですか? 明日、二日酔いになっても知りませんよ」
「そしたらカルミアに胃に優しい食べ物でも差し入れてもらおうかしら」
「二日酔いになるのは勝手ですが、カルミアさんに迷惑をかけないで下さい」
リシャールはぴしゃりと言い放つが、カルミアは放っておけないと手を挙げる。
「あの、辛い時は言ってね。私でよければ何か作るから」
「やだもうこの子ってば天使!?」
大袈裟なまでの反応を返すオランヌは大分酔っているらしい。これは本心を引き出すまでもないだろう。となればカルミアはこの場に留まっているわけにもいかない。
「リシャールさん、オランヌをお願いできますか? 他の先生方ともお話したいのですが、一人にしておくのは心配で」
「カルミアさんの頼みであれば引き受けないわけにはいきませんね」
まだ突撃していない教師が残っていることを目で訴える。
それこそがここへきた本来の目的だ。リシャールは心得ましたと言って、しな垂れるオランヌを引き剥がしてくれた。
自由になったカルミアは何食わぬ顔で教師陣の輪に突入していく。学食勤務という立派な肩書はとても役に立つものだった。
せめて犯人候補くらいは目星をつけたい。そう意気込むカルミアだが、飲み会が終わる頃にはすっかり元気を失くしていた。
(そんな風に意気込んでいた私もいたわよね……)
カルミアは深く落ち込んでいた。
どうして怪しい人間の一人や二人も存在しない。
校長になることを夢見る野心家が一人くらいいてもいいだろう。
リシャールを快く思わない人間が一人くらいいてもいいだろう。本来であればいないほうが良いことではあるが。
(でも校長の後釜といえば……ゲームではリシャールさんが消えた後、校長に就任するのはオランヌなのよね)
オランヌルートのエンディングでは、混乱する学園をまとめ上げる彼の姿を見ることが出来る。
(てことは、あそこで無理やり肩を組まされている二人って……)
遠くから見てもわかるほど呆れるリシャールと、それに負けじと絡んで行くオランヌの図は、ある未来では地位を追う者、追われる者となるわけだ。
(とてもそうは見えないのに)
悪く言えば酔っ払いに絡まれて迷惑している人。良く言えば仲の良い飲み友達だろう。
(ゲームでのオランヌは校長になりたかったわけじゃない。仕方なく、それでも頑張るしかないといった風だったわ。だからオランヌがリシャールさんの地位を狙っているとは考えにくいのよね)
残されたオランヌは周囲の期待に応えるしかなくなった。それを支えるのが主人公というわけだ。
いよいよお開きになるが、ほとんどの者は二次会へと向かうらしい。
オランヌはとことん付き合うようだが、カルミアはここで遠慮させてもらうことにする。そう告げたところ、オランヌも今度はすんなりと見逃してくれた。
「あらそう? じゃあ、リシャール。もう夜も遅いし、お姫様のこと送ってあげてね」
「貴方に言われるまでもありません。連れて来たのは私です、最初からそのつもりでいましたよ。挨拶をしてきますので、少しだけ待っていてくれますか?」
断りを入れたリシャールが離れていく。するとその隙を狙ってオランヌが悪戯っぽく囁いた。
「リシャールの事、よろしくね」
そう告げたオランヌはにこやかに手を振っていた。
カルミアは二次会へ向かう教師たちをリシャールとともに見送る。ほとんどの教師が二次会へと繰り出すことから、仲の良い職場であることが感じられた。
「風が気持ちいいですね」
寮を目指しながらカルミアが呟けばリシャールも同意する。夜風が心地良いと感じるほど、会場の熱気に当てられていたらしい。
「すみません、飲み会にまで連れ出してしまって」
「いえ、仕事ですから。でも、すみませんでした。せっかくリシャールさんがチャンスを作ってくれたのに、手掛かりさえ見つけることが出来ないなんて」
「気を落とさないで下さい。カルミアさんは良く働いて下さっています」
学園の敷地に着くと、不意にリシャールが空を見上げた。カルミアもつられて足を止め、あの日とは立場が変わったことを思い出していた。
「今夜の月も綺麗ですね」
今夜もとリシャールは言った。彼も同じ日を思い浮かべていたのだろうか。
「カルミアさん。今日は楽しめましたか?」
リシャールが心配そうに尋ねてくる。それは楽しんでほしかったと望んでいるような口ぶりで、カルミアは仕事を抜きにして正直な気持ちを答えることにした。
「そうですね。楽しかったかと言われると、初めは緊張もしましたが、みなさん優しく迎えてくれて、とても楽しかったです」
「それは良かったです。ここに来た日はどことなく寂しそうにされていましたから」
「お、覚えてたんですか!?」
「私のせいで申し訳ないことをしたと感じていました」
つまり今日のことはすべてリシャールの優しさだった。カルミアが寂しさを忘れられるように、わざと賑やかな場所に連れ出してくれたのだ。
ほんの小さな出来事を見逃さず今日まで覚えていてくれた。そしてカルミアのためを思って飲み会に誘ってくれたのだ。
「ありがとうございます。でも、私はもう大丈夫ですよ。学食は賑やかで、オランヌは気さくで、こうしてリシャールさんが気に掛けて下さいます。密偵にはもったいないほどの待遇で、実はあの日以来、寂しがっている暇がないんです」
「そうでしたか。ですが、寂しい時はいつでも私を頼って下さって構いませんよ」
リシャールだけが本当の自分を知っている。
船を操り、船員たちの上に立ち、自由に海を飛び回る姿を。
身分を偽らず、この学園で本当の自分を見せられるのはリシャールの前だけだ。それはカルミアにとって安らげる場所なのかもしれない。
きっとリシャールにとっても、この学園で心から信じられるのはカルミアという存在だけなのだろう。
続きも明日には更新予定です。