4、魔法学園の校長
「リデロ!」
「お嬢!?」
頭上から振ってきた船長の声にぎょっとしてリデロは目を見開く。
飛び降りたカルミアは真っ逆さまに落下しているが、着地の寸前でふわりと身体を浮かせ、スカートの裾を整えながら華麗な着地を披露した。
「何があったの?」
そして何事もなかったかのように話を進めようとしたのだが、リデロは流されはしなかった。
「お嬢! そういうのはお客様の心臓に悪いんでやめて下さいって、何度も言ってるじゃないですか!」
「ちょっと! 人前では船長と呼ぶようにって、私こそ何度も言っているじゃない。ただでさえ性別と年齢のせいで侮られやすいのよ。最初が肝心なんだから!」
「あ、すいません。俺にとってカルミアお嬢様は永遠にお嬢なもんで……」
「その台詞は十年くらい後にまた聞かせてもらうわよ」
「はあ……って違う!」
リデロは自分が危うく言い含められそうなことに気付いた。
「あのですね、船長! 普通の人間は身体を浮かせられるほどの魔法は使えないんですよ。お嬢は自分の規格外な実力をいい加減自覚して下さい。俺らは慣れてるからいいですけど、一般人には刺激が強すぎるんです!」
船長と副船長、まるで兄妹のような戯れはこの船にとっては日常だ。船員たちはいつものことかと微笑ましく見守っているが、唯一異質な存在である彼は驚きを口にせずにはいられなかったらしい。
「貴女が、船長でいらっしゃいますか?」
「あ……」
カルミアとリデロはそろって振り返る。
二十代ほどと思われる銀髪の青年が唖然としていた。美しい瞳を見開いていることから、リデロの言うとおり刺激が強すぎたのかもしれない。あるいは魔法が希少な土地の出身だろうか。
ただし言い訳をさせてもらえるのなら、船長としていち早く問題に対処しようと至急駆けつけたのだ。
改めて顔を見ると、カルミアは既視感に襲われる。この人をどこかで見たことがあるような、知っている気がするのだ。
しかしまずは質問よりも仕切り直しが先決である。
「こほん。失礼しました」
カルミアは姿勢を正し仕事用の顔に切り替えた。
「いかにも私が船長のカルミア・ラクレットですわ」
「そして俺はカルミアお嬢様、じゃなかった。船長の頼れる右腕、副船長のリデロ・フェリーネだ!」
「どうしてリデロまで名乗るのよ」
しかもノリノリで。
「最初が肝心って言ったのはお嬢だろ。ばしっと決めとかないとな」
しかし最初のやり取りを見られている時点で手遅れなのではとカルミアは思う。
カルミアが呆れた眼差しを送るうちに、青年は自ら要件を口にする。
「お騒がせしてすみません。実はリデロさんに相談をさせてもらっていたところなのです」
青年がいきさつを語り始めると、そうそうとリデロが加わった。
「そうなんですよ。なんでもこいつ、ロクサーヌ行きのチケットを無くしたらしいんです。それでうちの船がロクサーヌ行きだって知って、乗せてほしいらしいんですよ」
リデロが簡単に事情を話し終えると、青年は間違いがないことを語った。
話の意図が読めたカルミアはなるほどと納得する。ところが青年の身分を聞くなり驚きを隠せなくなった。
「私はリシャール・ブラウリーと申します。ロクサーヌ王国にてアレクシーネ王立魔法学園の校長を勤めさせていただいております」
「アレクシーネってあのアレクシーネ!?」
カルミアは驚きに声を荒げるが、リシャールは変わらずおっとりとして答えた。
「我が校をご存じで?」
リシャールの態度に焦れたリデロが興奮気味に割り込んだ。
「ご存知に決まってるっての! 魔法教育の最高峰だろ!? 知らない方が珍しいって! しかも校長ってまじかよ!?」
驚きは全てリデロが代弁してくれた。
カルミアたちが驚愕している理由はなにもアレクシーネ関係者が珍しいという理由だけではない。青年と形容することから察するに、このリシャールという青年、随分と若いのだ。
無論、若くして校長の座に就いた者もいる。いずれにしろ、リシャールは相当の実力者ということだ。
そんな気配をおくびも見せず、リシャールは困り顔を浮かべている。
「私は出張のためこの国を訪れていたのですが、リデロさんにお話した通り、王国行きのチケットを紛失してしまいました。もう一度買い直そうとしたのですが、あいにく満席となっておりまして」
「この時期はどこも人の移動が盛んになりますから。ロクサーヌへ向かうのでしたら、なおさらでしょうね」
ロクサーヌは魔法大国の名も相まって、物や人が集まる大陸の中心部となっている。出航間際ではチケットの手配は間に合わないだろう。
「お恥ずかしい話ですが、今日中にこの国を発たねば仕事に間に合いそうもありません。どうにかロクサーヌへ戻る手段はないものかと困っていたところ、こちらの船がロクサーヌへ向かうと教えていただきました。もちろん代金はお支払いします。どうかロクサーヌまで同行させていただけないでしょうか」
カルミアはまず最低限の情報共有から始めた。
「リシャールさん。最初に断っておきますが、この船は商船です。旅客船ほどの快適な船旅は保障出来ません」
「かまいません。これでも体力には自信がありますし、荒事にもなれています。それなりに魔法も使えるので、到着までお手伝いもさせていただきますよ」
(アレクシーネの校長がそれなりなわけないでしょうが!)
魔法学園の校長になるためには多くの教養と実績、そして高い魔法の技術が要求される。何故なら、学園内で問題が起これば先陣を切るのが校長の役割だ。無論、学園外で問題が起きたとしても頼られる立場にある。
(以前お会いしたアレクシーネの校長は随分ご高齢だったわね。代替わりしたとは聞いていたけれど、これは……)
リシャールの話が嘘でないとするのなら、彼はこの若さでその偉業を達成したということになる。
カルミアは瞬時に頭の中で利益の計算をしていた。
(乗船代はきちんと回収出来る。仮にこの人の身分が嘘だったとしても、悪い詐欺師を一人捕まえられて国が平和になるだけよね)
導き出された結論を鑑みて、損を被る事はないだろうと判断を下した。
「いいでしょう。海の女神は寛容ですもの」
しかしカルミアの決定にリデロが異議を唱える。
「いいんですか、お嬢。こんな得体の知れない奴を乗せて」
それは真っ向からの反論ではなく、最終確認の意味も込められている。言動は軽くもあるが、船長が判断を誤まらないよう、立派に副船長の役割を果たしてくれ頼もしい人物だ。
「問題ないわ」
そう。問題はない。
「仮にこの方の身分が嘘だったとして。よからぬことを企んでいたとして、はたして成功するのかしら。ねえ、リデロ?」
含みを持って訊ねると、リデロは両手を挙げて降参のポーズを取る。
「お嬢の言う通りでーす。俺たちのお嬢、最強!」
「この通り副船長の了承も得たことですし、歓迎します。リシャールさん。私が引き受けた以上、荒っぽいことも多少はあるかもしれませんが、安全な船旅をお約束します」
カルミアは交渉の成立に握手を交わした。
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