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36、リンゴジャム

 部屋に戻ったカルミアは早速ジャム作りに取り掛かる。

 皮をむいたリンゴは薄く刻み、色が変わってしまわないよう塩水につけておく。

 リンゴの水を切り鍋へと移し、砂糖とレモン汁を加えて火にかける。


 ヘラで混ぜながら煮詰めている間、カルミアが考えていたのはこれまでのことだ。


(今のところ、これといった問題は見つかっていないのよね。確かに若くして校長を任されたという点でリシャールさんを不安がる声はあるけど、行動に起こすほど過激な状態でもないのよね)


 リデロたちには秘密裏に外から学園を探らせている。カルミアもこれまで培ってきた人脈を使って探りを入れてはいるが、これといった動きは見つかっていない。

 黒幕という点で怪しんでいたドローナも大人しく、リシャールとの繋がりも薄いときている。


(もしかしてこの状況、ゲームから結構逸れていってる? まあ、一番シナリオから逸脱しているのは私だと思うけど)


 普通、悪役令嬢は学食で働いたりはしないだろう。


(でも私はシナリオを壊すって決めたんだから、これでいいのよ。ラクレット家の没落なんて絶対に認めない。名家の出身だが実家は没落。プライド高く横暴な上級生なんて言わせないわよ!)


 次の入学式まではあと半月をきっている。ゲームの運命通りに進むのなら、もうすぐ主人公が入学してくるはずだ。

 来期が始まった時、自分はどうしているのだろう。ぼんやりと想像してみるが、おそらくこのままでは確実に仕事は延長コースである。


(誰が学園を乗っ取ろうとしているか、まだわからないものね。せめてリシャールさんこそが校長に相応しいって体制が出来上がれば安心なんだけど)


 けれど一つだけ確かなこともある。


(たとえどんな結末になったとしても、私はいずれこの学園からいなくなる)


 カルミアが主人公の『上級生』になることはあり得ない。それだけは確かなことであり、ゲームになんらかの影響は与えているはずだ。


(ドローナが一緒に働いてくれて助かったわ。さすがにロシュとベルネさん二人じゃ大変よね。ロシュだって来期は学園に入学するはずだから、これからは働ける時間も限られるし……これはリシャールさんに働き手の問題についての進言する必要があるわね)


 ドローナが働いてくれる分、カルミアの仕事には余裕が生まれた。その時間を使って調査と学食の未来のために自分が出来ることを進めておこう。放っておけばベルネやロシュが自力でなんとかしてくれる、などと期待をしてはいけない気がした。


「……さて。あれこれ考えているうちに出来上がったわ」


 室内には甘いリンゴの香りが漂っている。

 火を止めればとろりと色付くリンゴジャムの完成だ。


「喜んでくれるといいな」


 呟きながら、しっかりとリシャールが喜ぶ姿を想像していた。


(な、何を勝手に想像して! だってリシャールさんが、いつもあんなに喜んでくれるから……)


 誰に言い訳をしているのかもわからず、カルミアは手早くジャムを包み彼の部屋を訪ねた。


「リシャールさん?」


 しばらく待つが、返答はない。

 そういえばと、初日の夜に帰りが一緒になったことを思い出す。あれはとても遅い時間だった。


(まさか、まだ学校に?)


 気になったカルミアはその足で学園へと向かっていた。今日中に渡さなければいけないというルールはないのに、姿が見えないことで不安になっているのかもしれない。


(私が望んでも、望まなくても、いつだってリシャールさんが声をかけてくれたから)


 予想通り校長室にはまだ明かりがついていた。ノックをすると、こちらは中からすぐに返答がある。カルミアがドアから顔を見せれば驚きに手を止めるリシャールの姿があった。

 探し人を見つけられたことで安堵するが、ディスクの上には書類の山が積み上がっていた。


「仕事中にすみません」


「いえ、ちょうど休憩しようとしていたところですから」


「休憩って、まだ仕事があるんですか!?」


「これでも校長ですからね。カルミアさんこそどうされたのですか? まさか、例の件で何か急ぎの報告でも」


「すみません、その件はまだ……」


 到着早速、申し訳なさが募った。


「その件については引き続き調査を進めさせてもらいます。ドローナ先生が学食で働いて下さるおかげで私にも余裕が出来ましたから、これからは私も積極的に動けると思います」


「それは頼もしいですね。我が校のために、感謝します」


「仕事ですから。あの、それで……これは仕事とは関係ないんですけど。実はオランヌからリンゴをたくさんもらったんです。ジャムを作ってみたので、リシャールさんにも渡そうと思って」


「そのために校長室まで?」


 決して咎められているわけではないのだが、純粋に驚かれたことでカルミアは後ろめたいような衝動に駆られた。よく考えてみれば、明日渡せばいいだけのことである。それを自分はわざわざ学園まで戻って来たのだ。


「だけというわけじゃないんです! その、進展はありませんが、きちんと経過は報告しないといけませんし……あの、えっと、これどうぞ!」


 何を言っているのか混乱してきたため、カルミアは手早くジャムを差し出すことにした。

 リシャールはビンに詰められたジャムを興味深そうに眺めてから、改めてカルミアに言葉をかける。


「ありがとうございます。このジャムも、それに仕事も。カルミアさんは仕事熱心ですね」


「そんな、リシャールさんの方が!」


 進展さえしていないのに過程だけで褒められても複雑だ。


「ジャムまでいただけて嬉しい驚きでした。食事がまだなので、後ほどパンに塗って使わせていただきますね」


「食事もまだなんですか!?」


 信じられないとカルミアは声を張り上げていた。


「もう少し片付けてからにしようかと」


 リシャールはそうは言うが、一般的に夕食を取るとされる時間はとっくに過ぎている。食事がまだだと知った瞬間、笑っているはずのリシャールが急速に疲れて見えてきた。

 放っておけばいつまでも食事をしないというオランヌの言葉が脳裏を過る。


「リシャールさん! 私、これから夜食を食べようと思うんです。パンに塗って使うと言ってくれましたけど、私もそうしたいなって。なのでこれからジャムサンドを作るんですけど、良かったら一緒に食べてもらえませんか!?」


「え、ええ、それは願ってもないことですが……」


「わかりました。また来ます!」


「カルミアさん!?」


 あっけにとられたリシャールを残し、カルミアは大股で校長室を飛び出した。


(調理に時間はかけられないわね。一刻も早くリシャールさんに食事をしてもらわないと!)


 大慌てで自室に駆け込み素早くエプロンを装着したカルミアは迷わず食パンに手を伸ばす。

 毎朝の食事にと考えて購入したものだが、今はリシャールのために役立てたいと思う。ブロックのまま多めに購入したのは正解だった。

 食パンは薄くスライスし、リンゴジャムをぬっていく。


(でもやっぱり、甘いのだけっていうのもね)


 リシャールは食事がまだだと言っていた。つまりこれが夕食になるということだ。


(それなのに甘いものだけっていうのもね。しっかり栄養もとってもらわないと!)


 カルミアの配慮から、急遽具材が増えていく。

 保冷庫から取り出したのはベーコンに卵、クリームチーズだ。それらを具材にしてパンに載せ、もう一枚で蓋をする。

 出来上がったものをバスケットに詰め込むと、こちらも大慌てでリシャールの元へ戻った。

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