34、新たな仲間
翌日、ドローナは律儀に学食を訪ねてくれた。
しかし何を頼めばいいかわからないと言うドローナに、カルミアは本日の日替わりプレートを勧めた。
料理が出来上がるとドローナはまじまじと皿を眺めてから、静かに食べ始める。
そして特に顔色を変えることもなく食べ終わる頃、カルミアは再びドローナの元を訪れた。
「望み通り食べてあげたわ。これで満足?」
「もう少しだけ付き合ってもらえますか? 今日は特別にデザートも用意しているんです!」
「デザート?」
不思議そうにするドローナは、やはりデザートという文化を知らないようだ。
「食後に食べるお菓子や果物のことですよ。デザートの提供はまだ行ってはいないのですが、今日はなんと試作品があります!」
それもドローナのために特別なトッピングを施したものだ。
「なんだっていうのよ」
ドローナは疲れた調子ではあるが最後まで付き合ってくれるらしい。
けれどそれが目の前に置かれた瞬間、明らかに様子が変わる。
「綺麗……」
無意識のうちに零れていたのは感動の言葉だった。
ガラスの器にはカラメルソースと黄色の対比が美しいプリンが乗せられている。プリンの上には白いクリームを絞り、さくらんぼを飾った。その周りには色とりどりのフルーツを敷き詰め、華やかな一皿を演出している。
「なんなの、これ」
「中心にある黄色い食べ物はプリンといいます。今日は特別にフルーツをトッピングして、プリンアラモード風に仕上げてみました」
「きらきらして、まるで宝石みたい。私が知ってる食事と随分違うのね」
ここまで無反応だったドローナが興味を示したことでカルミアは手ごたえを感じていた。美しい物や宝石を好むドローナなら気に入ってくれると思ったのだ。
見ても楽しい。食べても美味しい。そんな食事があることをドローナは知らないだろう。
「食事なんて、ただの人間の栄養補給だと思っていたわ」
「もちろん栄養補給も大切ですよ。でも、こうして見て楽しむ料理もあるんです。もちろん美味しいんですよ。それにプリンだけじゃなくて、他にも綺麗で美味しいお菓子はたくさんあるんです」
「ふうん……」
そっけない呟きではあるが、視線はしっかりとプリンに固定されている。ドローナはカルミアが勧めるまでもなく、自らスプーンを手にしていた。
そしてプリンに触れその柔らかさに驚き、一口食べれば甘さに目を見開く。
「どうでしたか? プリン、美味しいですよね。私、大好きなんです」
「そうね。また食べたい、そう感じた気持ちがあることは否定出来ない」
ドローナからは信じられないという感情が伝わってくる。そして躊躇いながらもドローナは問いかけた。
「他にもこういう食べ物あるのね?」
「たくさんあります。ありすぎて、全て作れるようになるには長い時間が必要になるかもしれません。料理に終わりはありませんから、私たち人間では時間が足りないかもしれませんね。でもドローナ先生なら、多くの料理を学び知ることが可能なはずで」
「貴女……」
自分の正体を知っているのかと、ドローナはカルミアの反応を探ろうとしていた。
しかしカルミアは疑問に答えず、代わりに手を差し伸べる。そんなことは関係ないとでも言うようにドローナを勧誘するのだ。
「学食体験も終わったことですし、もう一度言わせて下さい。ここで一緒に働きませんか? 私で良ければ料理も教えますよ」
「一緒、に……?」
「はい、一緒に! ドローナ先生が手伝ってくれると、こういったデザートの提供も可能になると思うんですよね」
「ふうん。そうなの……」
いつかのベルネと同じようにドローナの天秤も揺れているようだ。
(ドローナもベルネさんと同じ。世界を知らないだけなのよ。この世界には興味のあることで溢れている。だからドローナにも広い世界を知ってほしい。一人じゃないと教えてあげる誰かが必要なんだわ)
精霊は食事を必要としない。けれど食べられないというわけではなく、好んで人の真似をしたがる精霊がいたり、人に寄り添おうとする精霊もいる。
同じ精霊であるベルネが料理に夢中であることから、そのきっかけとしてカルミアはドローナにも料理を勧めてみたのだ。
その結果――
「カルミア! 今日はなんの料理を作るの? 私、甘いものが食べたいわ。ねえ、早く教えなさい!」
学食には新たな従業員が増えた。
カルミアと同じ制服をまとい、誰よりも賑やかなドローナからは、かつての寂しげな面影は消えていた。
「たく、うるさい女が増えたねえ」
ベルネは頭を押さえているが、悪態をつくだけで行動を起こすようなことはなかった。
ちなみに二人とも、カルミアの紹介でお互いが精霊であることを知ったらしい。それまで互いに干渉することもなく、認知さえしていなかったそうだ。これからは同じアレクシーネ時代の精霊同士、仲良くしてもらいたいと思う。
「どうしたのカルミア? なんか嬉しそうだけど」
ドローナに指摘されたカルミアはいっそう笑顔を深くする。厨房が賑わう様子が嬉しくてたまらないのだ。
「ドローナが一緒に働いてくれて嬉しいんです。これから頑張りましょうね」
他の二人が名前で呼ばれているのに自分だけ先生というのは気に入らない。そんな理屈から、カルミアは名前で呼ぶことを強要されていた。きっとドローナもここでは教師ではなく仲間として接してほしいのだろう。その証拠に名前を呼ばれたドローナは子どものように喜んでみせた。
「ええ、カルミア! 世界にはまだまだ私が食べたことのないスイーツが待っているのよね。楽しみ、私頑張るわ! 人間の世界がこんなに楽しいものだなんて私、知らなかったのよ……」
「なんだい。今頃気づいたのかい」
ドローナの囁きを受けたベルネがにやりと笑う。
するとドローナは分かりやすくむっとした。
「少しくらい先輩だからって、偉そうにしないでくれる。お菓子作りなら私の方が先輩だってこと、忘れないでちょうだい!」
確かにプリンの作り方を教えたのはドローナが先だが……。
(初めてプリンを食べた日の夜、職員寮に押しかけて来たのは衝撃だったわね……)
プリンの作り方を教えるよう迫られたのである。
とはいえ料理に関してドローナは何もかもが初めてであり、いよいよ今日からはカレーの習得に向けて特訓が始まろうとしている。
そんなところをベルネはチクチクと攻撃していた。
「まだ習ってもいないくせに偉そうに。それに人間、菓子だけじゃあ、物足りないだろう。そういうことは上手く野菜を切れるようになってからいいな」
「私はどこかの置物ベルネと違って料理を運ぶのも手伝っているの。それに授業だってあるわ。忙しいのよ!」
「ふん! 生きてきた時間はあんたのほうがちいとばかり長いようだが、ここではあたしの方が先輩だってこと、忘れるんじゃないよ」
(ドローナの方が年上なんだ……)
ばちばちと火花が飛び散る横で、カルミアは見当違いのことを考えてしまった。