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32、大繁盛!

 大量のカレーと白米、そしてパスタが茹であがる。

 作り立ての料理が放つ熱、そして作り手たちが込める熱。厨房はこれまでにないほどの熱に溢れていた。


「カレー一皿、四十番で願いします。次、パスタ一皿、四十番で注文入ります」


 昼休みを過ぎてからというもの、注文は途絶えることなく押し寄せる。

 カルミアたちはひたすらに料理をよそった。米をよそい、カレーを流し込み、時には底をつきそうになっていたカレーを追加で作り上げた。カレーは噂が噂を呼び、興味を持った人たちや、早くもリピーターが続出しているらしい。パスタは馴染みのある食べ物なので安定の人気といった印象だ。


(売れ行きからして、この二つは常設メニューにしていいみたいね。パスタは日替わりで味付けにバリエーションを加えてもいいかしら)


「ベルネさん、私は出来あがったものを運んできます」


 ベルネとの連携もカルミアが想像した以上の効力を発揮し、一人で調理にあたるよりも早く完成させることが出来ている。


「あたしは人前に出るつもりはないからね。せいぜいあたしの分まで働きな、小娘」


 ベルネにとっては皮肉なのかもしれないが、カルミアとしては有り難いことだ。この短期間でベルネは率先して皿まで洗うほどの成長を見せ、カルミアも安心して料理を運ぶことが出来ている。

 そんなカルミアは初日の光景を知っているだけに、フロアに出るたび賑わいに圧倒されていた。学生と教師で埋め尽くされたフロアは何度見ても壮観だ。

 無駄に広いという印象を抱いた日が懐かしく、有効活用されている姿に涙さえ浮かぶ。

 ロシュは休みなく会計に立ち回り、利用法についても丁寧に説明していた。


(そうよね。そうよね。これが本来の学食というものよ!)


 自分は成すべきことをやり切った。

 すでにカルミアはやり遂げた心地でいたのである。

 しかし――


 ほどなくしてピークが過ぎると席にも空席が目立つ。そこで現れたのがリシャールとオランヌだった。


(この人の存在忘れてたー!)


 リシャールを前にすると、自分が何をするためにここにいるのか、否応なしにも思い出さされる。というより、思い出せと言わんばかりに姿を現したように見える。


(そうだった……私は密偵なんだから、学食が繁盛して喜んで終わりじゃないわ! なるほど、そういうこと……。私が本来の目的を忘れないように、わざわざ釘を刺しにきたのね)


 くるりと踵を返してロシュが伝えてくれた料理を取りに返る。

 そしてすぐさま舞い戻り、料理の元へ歩いて来た二人を笑顔で出迎えた。


「ご来店ありがとうございます」


「こんにちは、カルミアさん。あまりの美味しさに、また来てしまいました」


 リシャールがにこやかに話し始めると、連れ立っていたオランヌも口を開く。

 長い髪を緩やかに結ぶ姿はまるで女性のようで、唇にも鮮やかな色が乗せられている。その唇はゲームで見た通りの友好的な笑みを作り、同じ声のトーンでカルミアへと話しかけていた。


「こんにちは。貴女が噂のカルミアね? この人ってば、貴女の料理がすっかりお気に入りみたい。いくらあたしが誘っても一緒に食べてくれなかったくせに、学食なら誘うまでもなく向かうってどういうことよ!?」


「すみません。うるさくて」


 リシャールが謝れば、すかさずオランヌが酷いと呟いた。注文が途切れ、学生の数は少ないが、オランヌの存在によって賑やかさは増した気がする。


「改めまして。初めましてね、カルミア」


 オランヌから手を差し出されたのでカルミアは握手に応える。仕草や言葉使いは女性のようだが、手を握ればそれは大人の男性のものだった。


(きっとこういうところに乙女たちはときめくのね……)


 ゲームと状況はまるで違うが、今まさにオランヌとの出会いイベントが進んでいるカルミアは冷静に状況を分析していた。


「今日は噂のカレーと、貴女に会うのを楽しみにしてたのよ。てことで、あたしはこないだ食べ損ねたカレーにしたわ。もう学園はカレーの噂でもちきり。危うく流行りに乗り遅れる所よ!」


 まるで親しい友達のように話しかけられる。

 彼らのためにもと張り切っていたカルミアは、攻略対象であるオランヌにそう言って貰えたことで報われた気がした。

 

「私はパスタにしたんですよ。カルミアさんのパスタを食べるのは初めてなので気になったんです」


「この人ってば、本当にカルミアの料理がお気に入りなのね。カレーだってもう食べたんでしょう? あたしのことも誘いなさいよね!」


「貴方は実習中だったではありませんか。校長として無理な相談です」


「そっけないんだから……」


 呆れたようにオランヌが肩をすくめる。けれどなんだかんだと言い合いながらも二人は同じテーブルに収まるようだ。そんな様子を眺めながら、カルミアは不思議な気持ちでいた。


(あの二人って、仲が良いのかしら。ゲームではそんな描写はなかったけど)


 そもそもリシャールが絶対零度の空気を放ち、近づこうものなら攻撃しかねない雰囲気だった。


(それなのに今の二人は――)


 仕事が途切れたカルミアはフロアの陰から様子を眺めていた。こうして見るとオランヌが一方的に話しかけているようだが、本当に煩わしければリシャールも姿を消しているはずだ。


(仲は悪くない、のかしらね)


 そして二人が座る場所だけやけに華やかに見える。学園の食堂ではなく、高級レストランのようにも感じさせる迫力があった。


(攻略対象とラスボスのテーブルだもの、華やかなのも当然ね)


 リシャールの態度があまりにも違うせいで忘れそうになるが、彼はこのゲームのラスボスなのだ。

 リシャールはスプーンとフォークで器用にパスタを食べ進めている。オランヌも待ちきれないとばかりにカレーに手を伸ばしていた。


「美味しい!」


 そう呟くオランヌの姿を前にカルミアはほっと息をつく。攻略対象の食生活を守ることこそ、カルミアの悲願だ。


「あたし癖になりそうよ。もっと辛くてもいいくらいね!」


「はいはい」


 はしゃぐオランヌをリシャールは適当に受け流していた。

 やがて二人が食事を終えたところでカルミアは席の方へと向かう。


「お口にあいましたか?」


「トマトの味が優しく、大変素晴らしい良い味付けでした」


 リシャールはいつものようにカルミアのパスタを褒めてくれた。


「あたしもカレー、気に入ったわ!」


「ありがとうございます。実は相談があるんですが、二人とも時間はありますか?」


「今日の午後は授業はありませんから、私たちは大丈夫ですよ。どうかされましたか?」


「明日からも新メニューを始める予定なんですが、メニューを事前に知ることが出来たらと思ったんです。そうすれば食べたいメニューの日に学食に来られますよね。それで、メニューを校内に掲示させてほしいんです。ロシュに相談したら、校長先生か、オランヌ先生が頼りになると聞いたので」


「なるほど、日替わりというわけですね。私たちは飽きずにすみ、掲示を見れば生徒たちも食べたいものを選びやすくなる。それもあらかじめ知ることが出来れば、その日の昼食に迷うことはないと」


 リシャールはカルミアの意図を正確に汲み取り、オランヌは閃いたと手を打った。


「そういうことなら校門前の掲示板がいいんじゃない? あとは正面玄関と、ここにも必要よね。この三カ所でどうかしら」


 オランヌもカルミアの提案に賛成の意思を示してくれる。


「オランヌ先生、ありがとうございます! とても良い場所ですね。嬉しいです」


「それだけ生徒たちも、そしてあたしも学食には期待してるのよ。今日だって生徒あのこたちの学食に行くんだって気迫、凄かったんだから。授業が終わったとたん、みんなあたしを置き去りにして一目散に走り去ったのよ! いつもはのんびり教室を出るくせに!」


 オランヌが悔しさを滲ませ、カルミアは笑うべきなのか悩んでいた。


「ところでカルミア。あたしのことはオランヌでいいわよ。話し方も、もっと気軽に話してちょうだい」


「ですが、先生相手にそういうわけにも」


「あら、カルミアは生徒じゃないでしょ?」


(あ、そういえば……)


 ついプレイヤー気分が抜けていなかったようだ。


(ここでは同僚ってことよね? なら、もう少し気安く接してもいいのかしら)


「それじゃあ、オランヌ。今日はありがとう。またいつでも食べに来てね」


「もちろん! しっかり宣伝もしてあげるから任せなさい!」


 人を惹きつける華やかな容姿。明るく頼もしい人柄。そして授業の分かりやすさから生徒たちに絶大な人気を誇るオランヌの宣伝とは有り難い。カルミアにとっても話しやすいオランヌとは学食以外でも交流を深めることになるだろう。


 そしてあれから数日が過ぎた。

 学食は賑わい続け、カルミアは罪悪感を感じることなく食事の対価を受け取れるようになった。

 メニューにも種類が増え、栄養面も考慮した食事を提供するようにしている。これで攻略対象の食生活も守られたと言えるだろう。

 学食は大繁盛。大忙しである。

 そう、忙しいのだ。

 忙し、すぎる……。


(このままじゃ密偵どころじゃない!)


 学食が賑わうのは素晴らしいことではあるが、密偵の仕事がおろそかになっていることは否めない。

 これは早急に打開策を講じる必要があるだろう。

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