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30、リシャールと過ごす時間

 レストランで食事を終えたカルミアたちは街を見て歩くことにする。リシャールは次の店にもついてきてくれるようで、食後の運動も兼ねて街を案内してもらうことになった。

 リシャールも王都には詳しく、ガイド役をかってくれる。カルミアを気遣って歩幅まで合わせてくれる、有能すぎるガイドだ。


(リデロたちとは大違いね。リデロなら私が遅れていても気付かずに行ってしまうわ。昔はそれでよく私が迷子になって喧嘩をしたのよね)


 好奇心旺盛なカルミアは行く先々で珍しいものに目を奪われる。手を繋いでいなければ直ぐにはぐれてしまうような、お転婆な子どもだった。


(あ――)


 もう幼い子どもではないのに、目にした光景がカルミアの意識を奪い足を止めさせる。

 けれどリシャールはカルミアの隣にいてくれた。


「カルミアさん?」


 そうしてカルミアの名前を呼び案じてくれる。置き去りにされてばかりのカルミアにとって、同じ目線で同じものを見つめてくれる人の姿は衝撃的だった。


(この人は待っていてくれた……)


 ただの偶然かもしれない。けれどカルミアにとってはお礼を言いたくなるほど嬉しいことだった。


「あれは、英雄譚の人形劇でしょうか」


 リシャールもカルミアが見つめている物の正体に気付いたらしい。

 小さな広場では子ども相手に人形劇が披露されようとしている。


「よければ見ていきませんか?」


 当たり前のように誘われたカルミアは、気を遣わせてしまったことに焦りを覚えた。そんなつもりではなかったのだ。


「すみません、気を遣わせてしまって!」


「いえ、私が見てみたいのです。実はきちんと話を聞いたことがないもので」


「そうなんですか?」


「この国の人々は幼い頃から寝物語として聞かされて育つそうですが、私には縁がありませんでした。ですから一度きちんと聞いてみたかったのです。どうかしばし私にお付き合いいただけませんか? いつまでも校長が英雄譚に疎いというのも恥ずかしい話ですからね」


 船でのリシャールは知識がなくても気にしていない様子に見えた。だからリシャールはカルミアのために、あくまで自分が見たいと言ってくれたのだ。


(優しい人だ。それに、自分には縁がないって……)


 リシャールの過去はゲームでも断片的にしか語られていない。そしてわずかな情報から伝わるのは孤独だった。


 生きるためにはなんでもしたと、冷めた眼差しで語る姿を思い出す。

 リシャールにとっての魔法は生きるための手段でしかない。希望の象徴である魔法も、彼にとっては酷く現実的なものとして映っていたという。

 しかし才能に恵まれていたリシャールはアレクシーネに入学する道を選ぶ。学園の卒業資格があれば将来は約束されているからだ。ところがリシャールの才能は本人の想像すら超えるものだった。

 卒業したリシャールは誘われるがまま、王宮仕えの資格を得る。これは魔法使いにとっての出世コースだ。

 そしてわずか数年で実力を認められ、後継者を募っていた魔法学園の校長におさまった。


 ……というのはあくまでゲームでの話。

 この場にいるリシャールは明らかにゲームとは性格が違っていることから、すべてがゲーム通りとは言えないのかもしれない。けれど口ぶりから察するに、生まれ育った環境は似ているのではないかと思う。


(リシャールさんはなんでもないという顔をしているけど、寂しくないはずがない。ご先祖様の話でも何でもいいから、少しでもリシャールさんの寂しさが紛れますように!)


 深く考え込んでいたカルミアの手がくいと引かれる。

 意識を引き戻されると、リシャールに手を握られていた。


「行きましょう。始まってしまいますよ」


 通常仕様のカルミアであれば羞恥から踏み止まっていた。しかし今はこの手だけが、リシャールとの繋がりのように思えてしまう。


(この人の過去は変えられない。でも、今は一人じゃないと伝えてあげられたら……!)


 カルミアは願うように手を握り返していた。

 それは恋人のような繋がりではなく家族的なものだ。観客は小さな子どもたちばかり、自分たちもそのうちの一人だと思えば恥ずかしくはないだろう。


 やがて喝采の拍手が鳴り響き、再び広場に静寂が戻る頃。

 劇が終わると、珍しくカルミアの方からリシャールに訊ねていた。


「どうでしたか?」


「とても興味深い物語でした」


 先祖が登場する物語だ。褒められたのならやはり嬉しいものである。


「ですが付き合わせてしまってすみません。カルミアさんは見飽きた演目でしたよね」


「確かに馴染みの物語ではありますが、斬新な演出で楽しかったですよ。優れた魔法使いを雇っているみたいですね。嵐の海の再現度が高くて、子どもたちに混ざって私も感動してしまいました」


 この世界の演目は、いかに優れた魔法使いを雇うかにかかっている。嵐の海に轟く雷鳴。降り積もる雪に満開の花。本物を用意することが出来るほど、観客は舞台に魅了されるのだ。


「それに最初に興味を惹かれて足を止めたのは私です。あの物語は私の教訓なので」


「教訓?」


「ご先祖様の名前を聞く度、私は燃えるんです。今は、ラクレットの名を出せば英雄の子孫といわれますよね。大変名誉なことではありますが、私は英雄の子孫としてではなく、カルミアとして名をあげたい。そのためにも、私の代でもっともっとラクレットの名を大きくしなければなりません。先祖の名に恥じないように、そして先祖の名に負けないように」


「素晴らしい夢ですね」


 カルミアでさえ不安になるほどの夢をリシャールは容易く受け入れてしまう。かといって適当な返事をしている様子はなく、心からの言葉を贈られているように思う。


「笑わないんですか?」


「何故? 笑いませんよ」


「リデロは大笑いでしたよ。英雄を越えるのかって」


「だとしてもカルミアさんなら叶うでしょうね」


(さすが校長先生というべきかしら。なんというか、やる気を出させるのが上手い人よね。私が知っているのは冷たいラスボスとしてのリシャールだけど、このリシャールさんはちゃんと先生をしているのね。そんな風に言われたら、頑張らないわけにはいかない。良い教育者ね)


 初めはリシャールが校長であることに不安もあった。けれど今は、この人が校長であるべきだと心からそう思う。そのためにも邪魔者を排除するのがカルミアの役目であり、密偵としての心構えも諭されたような心地だ。


 そうして二件目のレストランで軽く食事を済ませると、再度今度の予定が話し合われた。


「私はこれから買い物をして帰ろうと思います。学食も明日から本格始動なので、身体を慣らしておかないと。腕が鈍ってはいけませんから」


「では私は荷物持ちですね」


「い、いえ、さすがにそこまで付き合わせるわけには!」


「我が校の生徒のために尽力して下さると聞いて放ってはおけません。先日のかごも随分と重いようでしたから、お一人では大変でしょう」


「あれはっ! 船のみんなに差し入れを用意していたので、あそこまでの重さは買いませんよ!? というか、あれは私一人で食べる量じゃないですから! 誤解しないで下さいね!」


「そうだったんですか……」


 含みのある言い回しは誤解されていたに違いない。

 結局リシャールは宣言通り荷物持ちとして最後まで同行してくれた。

 そして別れが迫った時、カルミアは自然とその言葉を口にしていたのだ。


「今日はありがとうございました。リシャールさんもせっかくのお休みだったのにすみません。でも、おかげで楽しい一日でした」


(そういえばリシャールさん、ちっとも仕事の話を持ち出さなかった。むしろ私の話を聞いてくれて、一緒にご飯を食べてくれて、買い物を手伝ってくれて……普通に楽しかったわ)


 学園で顔を合わせた瞬間には気まずさを感じていたはずが、楽しい一日で終わったことに驚かされている。また次があれば嬉しいとさえ感じていた。


「また食事の予定があれば付き合いますよ」


 それはカルミアも望んでいたことだ。あまりにも都合が良すぎて心を読まれたのかと本気で思ってしまった。

 ただし今日からは実践あるのみ。毎食試作に費やすため外食の頻度は減るだろう。けれどリシャールの笑顔を前に告げるのは忍びなく、カルミアは別の提案をすることにした。


「お誘いありがとうございます。あの、もし良ければ今度は私の料理も食べてもらえませんか?」


「もちろんです。私はカルミアさんの料理のファンですからね。喜んで」


 こうしてカルミアの休日は無事に幕を下ろした。蓋を開けてみれば拍子抜けするほど呆気なく、楽しい気持ちを胸に終えていたのだ。

閲覧ありがとうございました!

数ある作品の中から呼んで下さいましたこと、心より感謝いたします。

今年も書き続けてまいりますので、お付き合いいただけましたら幸いです。


それでは次回より、カルミアプロデュースの学食が開店!

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