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3、カルミア・ラクレットの生い立ち

ここからが物語の始まりになります。

 カルミア・ラクレットは魔法大国の名家に生まれた。

 王家からの信頼も厚く、国内においては多数の事業を展開する一族であり、さらに国外では貿易会社として知れ渡っている。


 幼い頃から両親に連れられ仕事の世界に触れていたカルミアは、若くして才能を認められていた。カルミアの商才を見抜いた両親は娘に自由に動ける権限を与えることを躊躇わず、その結果十七歳となった現在では商船を任され、時には国を飛び出し各地を巡っている。


 商談の帰路、補給のために立ち寄った港町。

 カルミアは見張り台から景色を眺めていた。甲板から見上げるよりも空に近づける気がする。そんな理由から好んで居座ってしまうのだ。

 ただし風が強いことが難点で、潮風に煽られた髪をやり過ごすのに苦労する。絶えずスカートの裾にも気を配らなければならないだろう。

 落ち着いた色合いのワンピースを上品に着こなすカルミアは、船は船でもリゾート観光に向かいそうな出で立ちだ。そうでなくとも船の見張り台に令嬢という組み合わせは珍しい。

 乱れる髪を整えながら、カルミアは水平線を見据える。その先にある光景を思い浮かべると、抑えきれない笑みが零れた。少し前までは大人たちと渡り合うために強気な姿を演じていたが、それは年相応の無邪気なものだ。

 手元の時計を確認すれば出航の時刻が迫っている。

 澄んだ空の青。空よりも濃い海の青。二つが入り交じる水平線の彼方にはカルミアの故郷、魔法大国ロクサーヌが待ち受ける。


「いい風ね」


 この風ならば航路も順調だろう。嬉しさから呟きが零れた。


「これならロクサーヌまで二日とかからないでしょうね」


 独り言のはずが、見張り台にいた船員は律儀に答えてくれた。彼とはカルミアがまだ父に連れられ、ラクレット家のお嬢様として乗船していた頃からの付き合いだ。彼の出身もロクサーヌなので、故郷を懐かしく思う気持ちは同じなのかもしれない。

 しかし彼は景色を楽しみに来たカルミアと違って点検の最中だ。邪魔にならないよう心がけていたのだが、つい嬉しさに声が出てしまったらしい。


「お嬢様はこの場所がお気に入りですね」


「もちろんよ。自慢の船と、自慢の家族を一望出来る場所ですもの」


 カルミアは両手を広げて宣言する。カルミアにとって同じ船で働く船員たちは部下であり、家族のような存在だった。


「これはこれは。お嬢様は嬉しいことを言ってくれますね」


 実際、家族よりも共に過ごした時間は長いかもしれない。

 ラクレット家の人間はみな、なんらかの仕事に興味を持ち、仕事に生きることが宿命のように子へと受け継がれているのだ。

 しかし両親がカルミアに家名を押しつけたことは一度もなかった。幼い頃から仕事に触れさせていたのは選択肢を与えるためで、最後はカルミアが好きな生き方を選べばいいと、口癖のように言ってくれた。

 そんな両親をカルミアは尊敬している。だからこそ同じ道を歩みたいと望むようになったのかもしれない。

 けれど年頃になれば想像をすることもある。


 もし、同い年の子たちのように学校に通えていたら?


 それはカルミアが捨てた選択肢の一つだ。

 たとえばこれから向かうロクサーヌには全魔法使いたちの憧れ、魔法教育の最高峰、アレクシーネ王立魔法学園が建っている。王都は学生の街としても有名なのだ。


 今日も大人たちに囲まれ、難しい商談を進めた。

 いくら名家の娘とはいえ、年齢のせいで舐められることも多い。

 今日のように上手くいかないこともあるだろう。

 そんな時、ふと考えてしまう。


 もし、年相応の人生を歩んでいたら?


 同い年の子たちと恋の話題に花を咲かせていたかもしれない。

 同じ制服を着て、放課後には街で買い物をする。

 休みの日には友達と遊んで、美味しい物を食べに行く。


 そんな生活に憧れがないと言えば嘘になる。けれどいくら仮定の話をしたところで現実は変わらないだろう。この生き方を悲観したことは一度もないのだから。


(生まれ持ったチャンスに、自分で選んだ生き方。私はこの人生を気に入っているわ。ここがカルミア・ラクレットの生きる場所よ)


 けれど納得すればするほど、不思議なことに自分には別の生き方があったように思えてくるのだ。


(まるで必死にその別の生き方とやらを否定しているみたいね)


「おや?」


「どうしたの?」


 カルミアの疑問は声につられて消えていた。

 続いて甲板を見下ろすと、ざわざわと動揺しているような気配が広がっている。

 見下ろした限りでは銀髪の青年と、金髪の青年が中心となって会話をしているようだ。


「あれはリデロと……銀髪の方は見かけない顔ですね」


 金髪の青年は船の副船長をつとめるリデロ。日に焼けた髪と日に焼けた肌に、シャツを羽織るだけの身軽な服装は見張り台の上からでも容易に判別がつく。

 対して相手の青年はスーツを着こんでいる。見知らぬ人間であること、そしてこの船には似合わない服装から、事件かもしれないとカルミアは身を乗り出す。


「様子を見てくるわ」


「お気をつけて」


 了承の合図に手を振ると、カルミアは見張り台から飛び降りた。

続きは7時に予約投稿いたします。

さっそくお気に入りして下さいました皆様、ありがとうございました!

励みになりました。

続きもお楽しみいただけましたら幸いです。


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