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29、休日はラスボスと一緒に!?

 料理対決を終え、ベルネとも和解したカルミアは自室に着くなりベッドに倒れ込む。徹夜明けからの料理勝負、ベルネの問題、その全てから解放されたことで深い眠りへと落ちてく。

 そして次に目が覚めたのは翌朝、昼前のことだった。


「完全に寝過ごした……」


 朝には起きるつもりでいたカルミアは額に手を当て項垂れる。眩し過ぎる日差しは早く起きろと言うようで居心地が悪かった。

 しかし言い訳が許されるなら疲れていたのだ。それもとてつもなく。


「けど、いつまでもベッドの住人になってはいられないわね。今日は貴重な休日、やることはたくさんあるわ」


 学園が休みであれば学食も休みという、わかりやすい休暇の仕組みとなっている。身だしなみを整えたカルミアは昼食と買い物のためにも街へ行くことにした。

 先日の買い物で入手した材料はリデロたちへの差し入れで使い切ってしまい、新たな食材を手に入れる必要がある。だから決して両手いっぱいの食材を一人で食べきったわけではないと言わせてほしい。


(今日中に学食のメニューも考えておかないと。リシャールさんは予算内であればメニューは任せると言ってくれたし、ベルネさんも私が考えることで了承してくれたのよね)


 どんどん密偵の仕事範囲から逸れていく気がするが、これもカルミアに与えられた立派な仕事であり、疎かにすることは出来ないだろう。


(それにしてもロクサーヌは久しぶりね。メニューの参考にもしたいし、どの店に行こうかしら……)


 軽い足取りで職員寮を出発したカルミアだが、すぐに足を止めることになった。


「カルミアさん?」


(なんでさっそく会っちゃうのー!?)


 確かに同じ屋根の下に住んではいるが、学園の敷地から一歩も出ることなくリシャールに見つかってしまった。

 決してリシャールのことが嫌いなわけではないが、しかし気まずいのだ。


「外出されるのですか?」


「はい。食事と買い物に」


「食事ですか? てっきりカルミアさんはご自分で作られていると思っていたのですが」


「もちろん作りますよ。でも今日は懐かしいロクサーヌの味を堪能したい気分なんです。学食の参考にもなりますしね」


「なるほど、新しいメニューを始めるのですか?」


「さすがに毎日カレーだと飽きられてしまいますから。健康面にも配慮して、バランスの良い食事も考えたいんです。そうだリシャールさん、どこかお勧めの店はありますか?」


「私でよければ案内しますよ。私も食事はまだですから」


「え?」


(こ、この流れは、まさか……!?)


「ご一緒してもよろしいですか?」


 純粋に、食事の誘いに驚かされる。彼と食事をしたいと言い続けて何度も断られている人がいると、ロシュから耳にしたばかりだ。それなのに、こんなにも簡単に自分が誘われていいのだろうか。


「あの、オランヌ先生も誘いますか?」


「オランヌ? オランヌと知り合いなのですか?」


「そういうわけでは……ただ、ロシュがオランヌ先生もリシャールさんと食事がしたいと言っていたので、私ばかりが申し訳ないと……」


「あれはいいんですよ。彼と一緒では落ち着いて食事もできません。ですから二人きりで、このことは内密にお願いします」


 オランヌに押し付けて逃げ出す作戦は失敗した。しかも既に決定事項のよう雰囲気となっている。


(完全に逃げ遅れた!)


 逃げ出すタイミングを逸したカルミアは心の内で泣いていた。

 ぎこちなくもカルミアが頷くと、リシャールは嬉しそうな笑みを返してくれる。そうしてまた一つ、リシャールとの秘密が増えてしまった。ここからラスボスと過ごす休日の始まりである。

 しかし何度も言うが、決してリシャールのことが嫌いなわけではない。ただ……


「ところで学園生活はどうですか?」


(ほらね!?)


 並んで歩き出せばさっそくこれである。しかもここは学外で、職員や学生たちの目もない。となれば必然的にするべき会話は決まっている。きっとリシャールもそのために自分を呼び止めたのだ。


「問題なく職場には溶け込めていると、思います」


「では何か別の問題でも?」


 僅かに言いよどむカルミアの態度にリシャールは気付いていた。


「いつのまにか、戦場帰りのカルミアという呼び名が広まっているようで……私そんな風に見えます!?」


「そのようなことはないと思いますが、随分と勇ましい呼び名ですね」


 カルミアから顔を背けたリシャールの肩は揺れていた。


「リシャールさん!? 笑い事じゃないですよ! 目立って仕事に支障がでたら困ります。リシャールさんもどこかで耳にしたら訂正しておいてくださいね」


 とはいえカルミアの存在はすでに学園中に広まっている。自らの行動の結果であり、仕方がなかったとはいえ、噂が耳に入る度いたたまれない気持ちになっていた。


「私なりに調査は進めていますが、噂の中心といえば戦場帰りのカルミアに、校長先生が食事をしているところを見かけた、カレーが美味しい……平和なものばかりですね。手掛かりを掴むにも苦労しているところです」


「ありがとうございます。カルミアさん」


「どうしてお礼を?」


「貴女が真摯に仕事と向き合って下さっているので、改めて貴女を選んで良かったと感じていました」


 リシャールは褒めたつもりかもしれないが、なんの成果も残せていないカルミアにっとっては肩身が狭いだけだ。なんとか仕事向きの笑顔を貼り付けてレストランへ向かうが、これからリシャールと食事をすると思うと気が重くなる。


 リシャールが案内してくれたのは王都でも人気のレストランで、これは彼が学生たちの噂から得た情報らしい。リシャールも手掛かりを探して情報を集めているのだと知り、カルミアは気を引き締めた。

 窓際の席に通されると、ガラス越しに街ゆく人々の姿が映る。メニューを手にしたカルミアは、そこに広がる光景に目を奪われていた。


「どうかなさいましたか?」


「この席からだと角にあるカフェがよく見えるんです。賑わっているようなので、少し気になっていました」


 カルミアの視線を追ってリシャールが振り返る。テラス席を併設しているカフェからは列が店の外にまで伸びていた。


「ああ、オレンジの看板の。確か、あちらも生徒たちの間で有名だったと記憶しています。王都に来たら一度は行ってみたい店だとか」


「そうなんですか!?」


「毎年新入生たちがその話題を口にするものですから、私もすっかり覚えてしまいました。なんでも他店では類を見ない菓子を扱っているようで、確かに凄い人気ですね。我が校の生徒も並んでいるようですし、気になるようでしたらカルミアさんこの後いいかがです?」


「いえ、私は!」


「遠慮なさらないで下さい。気になっていたのでしょう?」


 どうやらこのままではリシャールに連れて行かれてしまう流れのようだ。それは避けたいと、カルミアは真相を打ち明けることにした。

 出来るだけ小さく、二人にしか聞こえないように声を潜める。


「実はあの店、私がオーナーなんです」


「は?」


 真相を告白するとリシャールは純粋に驚いている。彼の驚き顔はなかなか見ることが出来ないものだ。


「うちが経営しているんです。それで、繁盛しているなと。賑わう様子を見ていたら嬉しくて、つい見入ってしまいました」


「それは、驚きました」


「私たちが出会った時の買い付けも、あの店で提供する予定のフルーツを探していたんです。題してトロピカルフルーツフェア! 実現するどうかは私の交渉次第ですけどね。交渉の糸口をくれたリシャールさんには感謝しています」


「お役に立てて光栄です。ですがそういった出会いの件もありましたから、てっきり貿易を専門に活動されているとばかり思っていました」


「あの農園のフルーツは企画の目玉ですから、私自ら交渉に向かわせていただきました」


「なるほど。特別顧問という役職は想像以上に大変なものなのですね」


「そうなんです! 大層なのは名前だけで、いつまでもたっても現場を駆け回る仕事みたいです。だいたい父は私使いが荒いと思うんですよ!」


「というと?」


「あのカフェも、他の店もですが、輸入したものを販売出来る場所があればいいと話したら、それなら自分で出店しろと言われました。いきなり店を開けと言われた時にはどうなることかと思いましたよ」


 成功したからこそ笑い話に出来るが、当時は一族中が父の提案に卒倒したものだ。


「ということは、他にも手掛けていらっしゃる事業があるのですか?」


「我が家の手掛けている事業にはだいたい何らかの形で参加していると思います。昔からあれこれ提案してはいましたが、まさか片っ端から実現されていくなんて……」


 あまり知られていない話だが、現在のラクレット家の事業が多岐に渡る理由はカルミアにある。娘が目新しい提案をするたびに父親は面白そうだと、実現しうるだけの資金と人材を与えてみせたのだ。

閲覧ありがとうございます!

年末年始も出来る限りは一日一更新を進めていきたいと思いますので、またお時間ありましたら読んでやってくださいませ。

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