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23、対決は料理で

 厨房に乗り込んだカルミアはベルネを呼び出そうと声を張り上げた。


「ベルネさん! 聞こえていますよね。出てきてください話があります」


 学食中に意識を傾け、常に会話を聞いているベルネは話の通じない相手ではないと思う。だからこそカルミアはまず話し合いの場を設けようとした。

 しかし返答はない。確かに届いてはいるが、カルミアのことなど相手にするつもりはないという意思の表れだ。


「わかりました。なら聞いていてください。私、やっぱりベルネさんのやり方には納得出来そうにありません。あの料理でお金を取ろうなんて学生が可哀想です。何故なら、貴女の料理は美味しくありません!」


 その言葉を発した瞬間、やはり空気ががらりと変わる。あの時フロアで感じた、肌を刺すような怒りだ。


「小娘……」


 声とともにベルネの姿が浮かび上がる。その表情は怒りを通り越して呆れていた。


「あんたはあいつの血縁だ。あたしだってね、知り合いの子に怪我させたくはないんだよ。今ならまだ聞かなかったことにしてやる。このあたしに、喧嘩売ろうってのかい? 誰を敵に回しているのかよく考えな」


「ベルネさんこそ、私が誰かよく知っているはずです。私は勇敢なる英雄の子孫、カルミア・ラクレットです」


「はっ、何を言い出すかと思えば。あんあたはあいつとは違う。いいかい、あいつに免じて許してやれるのは一度。わかったらさっさと荷物をまとめて学園を去りな!」


「そうはいきません。ベルネさん、私と勝負して下さい」


「勝負だって?」


 ベルネはいかにも興味がなさそうに呟いた。


(ダメね。ベルネさんにはやる気が感じられない。このままだと断られてしまうわ……)


 しかしカルミアにはこんな時のための秘策があった。


 束ねていた髪を解き、優雅に背中へと払う。

 手の甲を口元に近づけ、見せつけるように口角を上げる。

 そして視線は相手を見下すように。


(力を貸して。悪役令嬢カルミアの顔!)


 今こそこの顔を利用する時である。


「あら、私に負けるのが怖いのかしら」


「なんだって?」


 カルミア渾身の挑発は見事にベルネを釣り上げた。

 プライドが高いとは思っていたが、予想通りの反応をもらえたことでほっとする。


(私が喧嘩を売る相手は校門前の主人公だったはずなのに、どうして私は学食でおばあさん相手に喧嘩を売っているのかしら……)


 だが後には引けない。ここから煽りまくって勝負の約束を取り付ける!


「聞えませんでした? 貴女には負けないと言っているのですわ。オーッホッホッホッ!」


(高笑いって、こんな感じでいいの……?)


 なにしろ人生初の高笑いである。こんなことなら練習しておけばよかったと思うが、日常生活でまさか使うことになるとは想定していなかった。

 ここで主人公は落ち込んだり、己の未熟さを自覚するのだが。相手はベルネ、太古の精霊はしっかり喧嘩越しで応えてくれた。


「小娘……あいつの子孫だから調子に乗るのはよしな。あいつは確かに国を救った英雄だ。けどあんたは、ただの無謀な小娘にすぎない」


(そうね。偉大なご先祖様に比べたら私はただの人間。でもここで引き下がるような、やわな子孫じゃないわ!)


「お言葉ですが、人は結果を残したからこそ英雄と呼ばれるのです。私がこの戦いでそれを証明してみせますわ」


(私は精霊に屈したりしない。対価をいただいている以上、敬意を払うべきはお客様。私はここで働くように命じられたんだから、たとえ密偵だろうと働く以上は最善を尽くす。精霊に怯えている場合じゃないのよ!)


「……いいだろう。その勝負乗ってやる」


 挑発に乗ったベルネは精霊の力を行使しようと、厨房には今にも暴発しそうな力が集う。しかしここはベルネにとっての楽園だ。無暗に力を放ち破壊するつもりはないらしく、律儀にも「表へ出な!」と場所を移すようだ。

 ベルネとて自らの魔法を片手で弾いたカルミアの力が厄介であることは察しているのだろう。いきなり攻撃を仕掛けるような真似はしなかった。


「待ってください。私は腕力で解決するつもりはありません。ここはどこです?」


「どこってアレクシーネだろ」


「アレクシーネ王立魔法学園、その学食です。私たちは学食で働いているんですから、勝負は料理でつけるべきかと思います」


「どうしてあたしがそんなことに付き合わないといけないのさ」


(いいわ、もう一押しね。出番よ悪役令嬢カルミア!)


「力では勝つことが出来ても、料理では勝てないということでよろしくて?」


「ああんっ!?」


「たかが小娘相手に全力の魔法で屈服させようというのも、大人げないを通り越して恥ずかしいものですわ。ねえ、心優しい精霊様? もっとも料理での敗北を認めるのが怖いと言うのなら仕方ありません。今すぐ魔法で決着をつけるのもいいでしょう。ですがその際には貴女の料理より私の料理の方が優れていたと学園中にふれまわらせて頂きますわ。オーッホッホッホッ!」


 止めにカルミアは意地の悪い笑みを浮かべる。


(多分こんな感じだったわよね? カルミアの表情)


 記憶を頼りに悪役に徹するカルミアであった。


「随分と好き勝手言うじゃないか、小娘」


 ベルネが低く唸る。今にも飛びかかりそうな目をしていたが、カルミアは怯まない。気圧されては戦う前から負けているようなものだ。


「ではそちらも言い返してみてはいかがです?」


 カルミアは優雅な微笑みで応戦した。

 ベルネは本気で自分の料理が美味しいと信じている。でもそれは何百年も昔の価値観で、時代は変わるのだ。それを誰かが現実として示さなければならない。


「いいだろう。小娘にどれほどのものが作れるのか見せてもらうのも一興、その料理勝負とやらに乗ろうじゃないか。ただし、負けたらこの学園を出て行ってもらうよ」


「わかりました。勝負の方法は私から提案しても?」


「言ってみな」


「互いに料理を一品作り、より多くの人に美味しいと言わせた方が勝ちとします。校長先生と、先ほど居合わせた一般生徒のオズ、それにロシュに食べてもらうのはどうでしょう?」


「誰だろうと構いやしないよ」


「オズは学生ですから、勝負の時間は昼休みとします」


「いいだろう」


「それではまた明日」


 カルミアは優雅にお辞儀をして厨房を出る。振り返ったところでベルネはとっくに姿を消しているだろう。次に顔を合わせるのは明日、決戦の時だ。

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