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22、ホワイトシチューのパングラタン

「私は玉ねぎを切るから、ロシュはパンを一口サイズに切ってもらえる?」


「わかりました!」


「切ったパンはグラタン皿に並べておいてね」


 ロシュは元気な返事の通り、頼もしい手つきを披露してくれた。

 玉ねぎを切り終えたカルミアはフライパンにバターをしき、熱するためにコンロへと手を伸ばす。


「あ、カルミアさん。ここのコンロちょっと古くて」


 初期に発明されたコンロは機器の接触が悪く、火がつきにくいことがある。おそらくこのコンロもそうなのだろう。しかしカルミアはロシュが言いかけたていた時点で自らの火を起こしていた。


「カルミアさん凄い……。今までここに来た人たちはみんな、古くて困ってたんですよ」


「これくらい平気よ」


 カルミアは玉ねぎを炒めながら平然と答えた。


「でもここ、古い設備ばかりですし、使いにくくないですか?」


「そんなことないわ。確かに旧式の設計が多いけど、必要な物は揃っているし、調理台も清潔に保たれている。広さも十分だし、船上よりはずっと使い勝手がいいわよ。揺れもしないし、落ち着いて調理が出来るもの」


「センジョウ?」


「ええ」


(玉ねぎはしっかり炒めてっと!)


 カルミアは軽快にフライパンを振り炒めていく。


「センジョウって、カルミアさん戦場にいたんですか!?」


「え?」


 どうやら生返事をしていたのがいけなかった。


(しまった! その話題はまずい!)


 深く聞かれては正体が露見してしまう。カルミアは慌てて誤魔化すことにした。


「ま、まあ、その……色々あってね。けど、たとえ過去に何があったとしても、今の私はここで働いているわ。だからそう、過去のことはあくまで過ぎ去った過去として私は接しようと決めているの。だから勝手なお願いで申し訳ないんだけど、過去のことはあまり聞かないでくれると助かります!」


「カルミアさん……苦労されたんですね。すみません、思い出させてしまって」


 はたしてロシュが正しくカルミアの伝えたかったことを理解してくれたのかはわからない。だが納得してくれたというのなら追及しないほうが自分のためである。


「い、いいのよ、気にしないで。私こそ変な空気にしてごめんなさいね。ええと、塩と胡椒はどこだったかしらー……味付け味付け!」


 塩も胡椒も手元にあるが、ロシュの眼差しから逃れるため、調味料を探すふりをする。


 それきり追及することはなくカルミアは安堵するが、とてつもない誤解が生まれていたことをこの時のカルミアはまだ知らない……。


(なんとか誤魔化せたわね。次は小麦粉を加えて玉ねぎと混ぜる。牛乳を少しずつ加えて、丁寧に混ぜていけばホワイトソースの完成よ)


「カルミアさん、パンの準備も出来てますよ!」


「ありがとう。これだけだとさみしいから、保冷庫にあったベーコンとブロッコリーも入れるわね」


「わ! 急に華やかになりました。これだけでも美味しそうですね」


「ここにホワイトソースを流し込んでチーズをかけるの。焼いたらもっと美味しくなるわよ」


 焦げ目がつくまでしっかり焼き上げれば完成だ。


「焼いている間にスープの味も調えておくわ」


 幸いにして放り込まれていた野菜にはしっかりと火が通っていた。味付けが皆無なだけで、茹でた野菜を食べているという感覚になっているだけだ。

 ここにグラタンでも活躍したベーコンを投入し、厨房で見つけた調味料で味を整えていく。

 ロシュにも味を見てもらい、及第点をもらうことが出来た。


「カルミアさんの料理、凄いです! それにとっても美味しくて! 僕、感動しました!」


 一口食べただけでロシュは大喜びしてくれる。その笑顔はカルミアに勇気を与えてくれた。


「僕、食事はいつもここで食べるんですけど、どうしても栄養が偏りがちなんですよね。でもこれ、まるで別の料理みたいに生まれ変わっていて凄いですよ!」


(ロシュもベルネさんの被害者……)


 まずい。美味しくない。その言葉を使わなければセーフらしく、ロシュは禁止ワードのギリギリを攻めているようだった。


(そうよね。誰かに美味しいと言ってもらえるのは嬉しいことだわ。でもそれは強制するものじゃない。やっぱりベルネさんの考え方は間違っていると私は思う)


 料理は食べくれる人のために。それも感想を押し付けるなんて横暴だ。


「あ、グラタンの方も出来たみたいですね! 早く校長先生にも食べさせてあげないとですね!」


 悩むかカルミアを急かし、ロシュが料理を運んで行く。


「お待たせしました。本日のメニューはカルミアさん特製ホワイトシチューのグラタンと、野菜たっぷりのスープだそうです!」


 グラタンからはほくほくと湯気が立ち上り、とろけるようなチーズの香りがフロアに漂う。


「冷めないうちに召し上がって下さい」


 カルミアが勧めると、リシャールは待ちかねたとばかりに手を伸ばした。その動きに迷いはなく、自分の料理が信頼されているのだと思うと嬉しかった。

 リシャールがフォークを差し入れると、グラタンの中からパンが顔を出す。


「これは、中にパンが入っているのですね」


 グラタンはこの世界でも一般的な料理ではあるが、パンを入れるという手法は珍しい。初めて目にしたであろうリシャールは興味深そうに食べていた。


「こうすると、硬いパンでも美味しく食べられるんですよ」


 しっとりと柔らかく、まるで別の物であるかのように食べやすくなっているはずだ。


「さすがカルミアさんですね。とても美味しいです」


 リシャールは本当に美味しそうに食べてくれる。その姿があまりにも上品で見惚れていたカルミアだが、はっとして我に返った。


(……て、何を現状に流されているの! それよりも何よりもまずは聞くべきことがあるじゃない!)


「リシャールさん。お食事中失礼します。実は一つ訊ねたいことがありまして。私は本当に、本当の本当に、こちらで働かせてもらってよろしいのでしょうか。そして今後もここで働いていくのでしょうか!?」


 潜入先が学食で本当にいいのか。

 潜入先がなくなりそうだが、今後もここで働くことに間違いはないのか。


 ロシュがいるのですべて語る事は出来ないが、おそらくリシャールには伝わっているはずだ。現にリシャールは困惑せずに答えをくれる。


「はい、間違いはありません。カルミアさんをここに推薦したのは私なのですから」


(やっぱり……)


「カルミアさんならきっと、私の期待に応えてくれると信じていますよ」


 いよいよ逃げられないばかりか、とんでもないプレッシャーを与えられてしまった。


(つまり学食ここで働きながら密偵の仕事をこなせっていうのね。わかったわよ。やってやるわよ!)


 そうと決まればカルミアが取るべき行動は決まっている。ちょうど校長の許可も得たところだ。


「ロシュ、お客様は頼んだわ。私は少し席を外させてもらいます」


 ここを訪れてからというもの、迷いばかりで身動きが取れなかった。しかし方針さえ決まればカルミアの行動力は誰よりも飛び抜けている。今日までラクレット家の事業を手伝ってきた特別顧問は強かった。

 あくまで優雅に、食事中のお客様の前では走らずに。しかし確固たる意志を持って突き進むカルミアの目的地は決まっていた。


(ここで働きながら密偵もこなせというのなら、まずは学食を立て直す。潜入先が潰れるというのなら、潰させなければいいじゃない!)

決意を新たにしたカルミア。そんなカルミアが取った行動は……

また次のお話にもお付き合いいただけましたら幸いです。

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