21、学食での初仕事
もはや手遅れ……
オズはなんともいえない表情でパンをちぎり、スープに浸して食べている。
何故そのような食べ方をしているのか。同じ境遇を経てきたカルミアには彼の気持ちが手に取るようにわかってしまう。少しでも柔らかくしようと足掻き、無心に呑みこもうとしている様子は見ていて辛い光景である。
(オズってば、残さず完食してる!)
その姿は堂々たるものだった。通い慣れた態度といい、初めて体験したカルミアよりも耐性があるのだろう。
加えてスープはカルミアが食べた時でさえ若干冷めていた。冷たくなってしまった今、さらに完食することは困難だったはず。オズの努力に涙が出そうだ。
しかも彼は王子。望めば最高級の料理が手に入る地位にある。それなのに文句の一つも言わずに完食する姿は、未来の王として頼もしいものだった。彼が王位につけばロクサーヌはさらに素晴らしい国になるだろう。
食事を終えたオズは性急に校舎へと戻って行く。
彼にとって学食は憩いの場ではなく、背中から感じるのは哀愁だった。
(本当にこれでいいの? 学食って、もっと楽しそうに食事をする場所じゃないの? そんな風に義務みたいに食べないで!)
カルミアがやるせなさを抱えていると、続いてやってきたのはリシャールだった。
「リシャールさん!?」
(でた、諸悪の根源!)
「校長先生!?」
カルミアとロシュの声が重なる。ただし二人が驚く理由はそれぞれ別にあった。
二人の動揺に気付いていないリシャールは相変わらず穏やかな挨拶を交わそうとしている。
「こんにちは。ああ、カルミアさん。その制服、よく似合っていますね」
(さっそく嫌味!?)
これが船の上だったのなら、まだリシャールの言葉を素直に受け取れていただろう。すべての状況がカルミアの心を荒ませ、リシャールの言葉を湾曲させている。
「身体の方も回復されたようで何よりです」
(これはきっと初日から倒れるとか信じられないと思われているんだわ!)
「その節は大変お世話になりました……」
ロシュがいる前で密偵の話を切り出すわけにもいかず、カルミアは口ごもる。
躊躇うカルミアに変わってロシュが訪ねた。
「校長先生、今日はどうしたんですか?」
「昼休みに学食を訪ねる理由は決まっていますよ」
(お昼を食べにってこと?)
リシャールは当然だと言わんばかりの口調だが、ロシュは尚更信じられないという顔をしている。カルミアにとってもあれを率先して食べに来たのかという気持ちが大きい。
「校長先生って、食事するんですね」
何を当たり前のことを言っているのだろう。
「ロシュ?」
「だって、誰も校長先生が食事をしているところを見たことがないんですよ! 仲の良いオランヌ先生だって、何度呑みに誘っても一度も頷いてもらったことがないって、こないだも愚痴を零してたんですから!」
(やっぱりオランヌもいるのね……)
オランヌは教師として登場する攻略対象の一人である。
唖然とするカルミアたちを取り残し、リシャールはメニューを訊ねた。やはり食事をしに来たというのは嘘ではないらしい。
「本日のメニューをお聞きしてもよろしいですか?」
「いつも通り、らしいのです」
言い難いことではあるが、カルミアは正直に答えた。学食で働く身としては答えるしかないだろう。
「そうですか。ではカルミアさん、私は貴女の料理を注文させていただきたいのですが」
カルミアは一瞬何を言われたのかわからなかった。
(気のせい? 私の料理が食べたいと言われたような……)
戸惑うカルミアは用意されている答えを述べた。
「本日のメニューは、すでにベルネさんが用意されているらしいのですが」
「私はカルミアさんが作ったものが食べたいのです。お願い出来ませんか?」
そう言われてもだ。ここは学園の学食で、船で気軽に料理を披露するのとはわけが違う。自分は料理を専門に学んだ人間ではないのだから。
そもそも勝手に調理場を使っても許されるのだろうか。判断に困ったカルミアは先輩であるロシュに訊ねた。
「ロシュ、どうすればいいと思う?」
「校長先生からのお願いですし、問題ないんじゃないですか? ベルネさんの作ったものしか出すなというルールはありませんし」
「ロシュもこう言っていることですし、お願い出来ませんか?」
小首を傾げながら、「ね?」と訊ねてくるのは狡い。顔が良い人がそういうことをするのは本当に狡い。
そこでカルミアはいっそ開き直ることにする。あの料理を出して悩むくらいなら自分で作った方がいいだろう。
現場のトップである校長が望むのなら、彼に雇われた身としては断るわけににもいかない。
「確かに、リシャールさんは校長先生でしたね。それはリクエストに答えないわけにいきません。何を召し上がりますか?」
保冷庫の中身は掃除の段階で確認済みだ。あとはリシャールからの要望を取り入れてメニューを組み立てる。
「そうですね……お恥ずかしい話ですが、私はあまり料理には明るくありませんので、カルミアさんのお勧めにお任せしたいのですが」
「かしこまりました。少々お待ちいただけますか?」
「はい。喜んで」
リシャールはとても嬉しそうに席につく。上機嫌に窓辺の席を選び料理が出来あがるのを待つようだ。
慌ただしく厨房に向かえば、ベルネが仕込んでいったスープとパンだけが取り残されている。なんとも寂しい状況だった。
「ベルネさん、やっぱりもう帰っちゃったんですね」
続いてやってきたロシュが厨房を眺めて呟く。
「やっぱりって、ここではこれが普通なの?」
「そうですね。ベルネさんて、誰よりも早く厨房にいたかと思えば、誰よりも早く帰ってるんですよね。厨房の妖精って呼ばれてるくらい不思議な人で、誰も素性を知らないんです。アレクシーネの七不思議かも!」
(あながち間違っていないから凄いわ)
「それでカルミアさん。何を作るんですか?」
「そうね……」
カルミアの視界には悲し気に取り残されたスープとパンが映った。切ない。
「あのパンとスープはこのままにしておけないわ」
(スパイスがあればカレーに作り替えることも出来るけど、あいにくこの厨房にはないみたいだし……)
スープをリメイクできて、固いパンも美味しく食べられる方法。そして短時間で完成することが望ましい。
リシャールも待ちわびているため、カルミアはさっそく調理にとりかかる。有り難いことにロシュが助手を務めてくれることになった。
(そういえば今まで私が作ってきた料理って、ただの異世界の料理だったわけよね……)
料理の天才だと豪語していた過去の自分が恥ずかしい。前世の自分は料理人でもなければ、特別な才能があったわけでもないのに。
(ちょっといろんなところに行ったことがあって、いろんなものを食べる機会があって、自炊してたってだけの、平凡な会社員だったものね。でも、料理をするのは好きだったな)
前世の記憶のせいか、物心ついた頃から包丁を求めていた気がする。そのせいで周囲からは危ないと何度も止められたが、幼いカルミアはしきりに料理をしたがっていた。
(みんなの目を盗んでは調理場に立っていたのよね。あの頃はまだこの世界の調理器具になれていなくて、随分と悲惨な物ばかり生み出していたけど……)
けれどもう、あの頃の自分とは違う。成長したことをこれから料理で示そう。
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