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20、悲しき学食の定め

12/26 キャラクターのセリフを訂正しています。

(う、嘘、本物!? どうして攻略対象がここに!?)


 入店してきたのはゲームではメインヒーローとして活躍することになるオズという生徒だ。

 明るく爽やかな笑顔に定評のある彼は、ゲーム開始時点で入学三年目だったことを思い出す。つまり一月前の時間軸であれば現在も学園に通っているは当然だ。

 出迎えたロシュに答えると、オズはカルミアの存在に目を止める。


「君は朝の……」


 今のカルミアにとって朝という単語から導き出される答えは一つだった。


「朝ってまさか……助けてくれた人って……」


「俺だよ!」


 手をあげてまで主張されては聞き違いと逃げることは出来ないだろう。カルミアはさっと青ざめた。


「朝はすみませんでした! おかげで助かりましたが、多大なるご迷惑を!」


「どういたしまして。校長先生からここで働く予定の人だって聞いたからさ。食事も兼ねて会いに来たんだ。突然倒れて心配だったからね。俺はオズ。よろしくな!」


「よ、よろしくどうぞ。カルミア・フェリーネです」


 精一杯の笑顔を添えて答えたが、口元は引きつっていた。

 しかしカルミアのぎこちない対応が指摘されることはない。それというのも別の場所で騒ぎが起こったからだ。


「ひいっ!」


 絞り出すような悲鳴に注目が集まる。

 どうやら読書をしていた女生徒が叫んだようで、カルミア以上の青ざめた表情を浮かべている。両手で口を覆い、震えているようだった。

 立ち上がった拍子に倒れたのか、テーブルの上では倒れたグラスから水が零れている。酷く動揺しているのか、読んでいた本も投げ出されていた。


「大丈夫!?」


 このままでは本に水がかかってしまう。カルミアは布巾を手に駆け寄った。


「あ……わ、私……」


 注目が集まるほど、彼女は焦りを募らせていった。


「いやっ!」


「え、ちょっと!」


 耐えきれなくなったのか、ついには学食を飛び出して走り去る。

 追いかけたいが、それよりもまずカルミアは濡れないように本を回収した。


「なんだったのかしら――っと、本は濡れていないみたいね。よかった。忘れて行っちゃったけど」


「どうも彼女は内気な性格らしいんだ。俺が話しかけてもいつもあんな調子だから、気にすることはないと思うよ」


 カルミアの疑問にはオズが答えてくれた。


「知り合い?」


「同じ時期に入学したからね。名前はレイン、とても勉強熱心で優秀な生徒だよ。なんの本を読んでいるのか聞いたことがあるんだけど、真っ青になって逃げられちゃってさ。いやあ、悪いことをしたよね」


「男性が苦手なのかしら? なら、本は私から返した方がよさそうね」


「助かるよ。また逃げられたら本が可愛そうだ。彼女は図書室か中庭か、とにかく人が少ない場所にいることが多いよ」


 まるで攻略対象を探すためのアドバイスのようだなと思う。攻略対象が教えてくれたのなら間違いはないだろう。


「ありがとう。仕事が終わったら探してみるわ」


「動き回って平気? それに仕事も」


「この通りね。元気いっぱいよ!」


「それは良かった。改めて、俺のことは気軽にオズと呼んでくれ」


 カルミアはオズから差し出された手を握るが、内心ではとても緊張していた。さらにここでカルミアに追い打ちをかける発言が飛び出す。


「けどさすがの俺も、女の子に頭突きをされるとは思わなかったよ。いやあ、かなり衝撃的な出会いだったよね」


「頭突き!?」


 意図的か偶然か。オズが髪をかき上げるとカルミアと同じようにこぶが出来ていた。


(頭をぶつけたって、まさかの頭突き!?)


 このままではメインヒーローに頭突きをかました女として後世に語り継がれてしまう。

 よってカルミアは決意した。ここが乙女ゲームの世界であることは秘密にしておくと。

 頭突きだけならまだしも、相手が悪かったのだ。


(何が気軽にオズと呼んでくれよ! 私知ってるのよ。貴方が本当は王族で、将来はこの国を背負う人で、本名オズワルド・ロクサーヌだってことをね!)


 身分を隠しているが、オズはれっきとした王子である。


(攻略対象、しかも王子相手に頭突きをお見舞いするなんて、何してるのよ私は!)


 つまりカルミアがラクレット家の令嬢であることがばれたなら。


(ラクレット家の娘が王子に頭突きをかましたとして社交界で笑いものにされるわ! そんな不名誉な称号いらない!)


 パーティーで見かけたことはあるが、これまで個人的な交流がなかったことは幸いだ。なんとしても素性は隠し通さなければ。


「ははっ、君って結構な石頭なんだね」


 朗らかに笑うオズに悪意がないことはわかっている。だがしかし怖い。怖いものは怖い。


「お礼、お礼をさせてください!」


 お礼というよりカルミア的には罪滅ぼしである。しかしオズは持ち前の人の良さで断ろうとしていた。


「いいよそんなの。俺は当然のことをしただけで」


「私の気が収まらないんです。お願いします。どうかお礼をさせて下さい!」


 カルミアは早口で言い募る。賄賂とはいわないが、せめてこれで不問にしてもらいたい。何かしなければ気が済まないのだ。


「食事をしに来たと言ったわね? なら、今日は私にご馳走させて。ロシュ、この方のお代は私に請求するように」


「わ、わかりました。では本日のメニューを用意しますね」


 カルミアの気迫に押されたロシュが頷く。そして注文も聞かずに厨房の方へ向かおうとしていた。


「ちょっと待って! もしかして、本日のメニューってあれ? あれを提供するの?」


「はい。あれです」


 ロシュの返答からはやるせなさが滲み出ていた。


「えっと、今日のメニューはもしかしてパンとスープかな?」


 オズは的確に言い当てる。この口ぶりからしてメニューにはバリエーションはないことが判明した。それと同時にオズもあまり快く感じていないことが伝わってくる。


「あれでお金を取ろうなんて……。ねえ、それなのにどうして? どうしてオズは学食に来たの!?」


 来ればあの料理が待っていることをオズは知っていた。学食で働き、まかないから逃れられないロシュとは違う。それなのに自ら足を運ぶオズの気持ちが理解出来なかった。

 するとオズは悲しそうに答え始める。


「どうしてだろう。俺にもよくわからないんだ」


「わからない?」


「こんなことを言っても信じてもらえないかもしれないが……。ここの料理を食べなければいけない。そんな気持ちが強く胸にあって、どうしても逆らえないんだ」


「その気持ち、僕にもわかりますよ。オズさん!」


 オズの悲壮な発言にロシュが同意する。

 互いにこれまで誰にも理解されず、孤独な日々を過ごしていたのだろう。身近に同士がいたことを初めて知った二人は堅く手を取り合っていた。


「同士だったかロシュ! 君とは良い友好関係が築けそうだ」


「はい。僕が入学したらよろしくお願いします」


(確かにオズとロシュの仲は良好だったわね。そもそもオズは誰とでも親し気に話していて……ってそうじゃない! ベルネさんの仕業? いいえ。精霊にそこまでの力はないはずよ。だとしたら何か、別の強制的な力が働いている?)


 言いたいことはたくさんあるが、カルミアが悩むうちにロシュが食事を運んできてしまう。こんなところでロシュの有能さが発揮されてしまった。

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