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2、プロローグ~ラスボス様のご来店

 学生たちの昼休みが終わるまであと十分。

 フロアに戻ると賑わいを見せていたテーブルにも空席が目立ち始める。学生たちは次の授業に備えて移動しなければならない時間だ。


 ゆったりとした空気を好むのか、その人は決まって昼のピークを過ぎてから訪れる。日当たりの良い席を好んで座り、差し込む明かりで本を読みながら料理の完成を待っていることが多い。

 おそらく今日も推測通りの場所にいるだろう。そう思って姿を探せば、すぐに見つけることが出来た。


 まるでそこだけが別世界のように穏やかな空気を放っている。

 長く伸ばした髪は銀色で、光の加減もありキラキラと輝いて見えた。

 知的な眼差しは熱心に本へと注がれ、緩やかに耳に掛ける仕草すら絵になる。それは声を掛けることさえ躊躇うほど神秘的な光景だった。ここが学食でなければ。

 するとカルミアの視線に気付いたのか、顔を上げるとにっこり微笑まれてしまった。それは穏やかな気性の人物が浮かべる優しそうなものだ。

 しかしカルミアは後悔していた。


(うっ、見つかった!)


 すぐに厨房に戻っていれば見つからずに済んだのに。さらに言えば微笑み返してなどほしくはなかった。


(皿だけ置いて逃げたいわね。けど思いっきり微笑まれているし、見るからにお昼のピークも過ぎてる。ここで挨拶もなしに立ち去ったら印象が悪いか……)


 仮にもここでは雇い主と働き手という立場。自分は雇われた人間だ。

 本来、料理は提供口まで各自取りに来てもらうことになっているのだが、カルミアは席まで届ける覚悟を決めた。


「お待たせしました。ご注文の日替わりプレートです」


「すみません、わざわざ席の方まで。ありがとうございます」


 本を置いて立とうとするのを制したのはカルミアだった。


「いえ。私が勝手にしたことですから」


 手元に見えた本は古代の文字で記されていた。カルミアとて教育は受けているが、これを読める者は国内でもほんの一握りの人間だ。それも相当の教育を受けていなければ習得することは難しい。これを辞書もなしに読めてしまうのだから感心する他ないだろう。


(さすがは魔法教育の最高峰、アレクシーネ王立魔法学園の校長リシャールね)


 国内、そして国外において、魔法に携わる人間であれば学園の名を知らぬ者はいない。

 その校長ともなれば生徒だけでなく教職員からも尊敬を集める存在だ。知識、魔法の実力ともに、王国に仕える魔法使いを除けばトップクラスの実力者となる。しかもリシャールはその偉業を二十五歳という若さで成し遂げたのだから凄まじい。

 そんな偉大なる人物が、目の前でカルミアの作った料理を食べようとしていた。


「確か今日の日替わりはハンバーグでしたね。メニューを見て以来、楽しみにしていたんですよ」


 そして昼食について和やかに語っている。


(どう見ても優しいお兄さんよね。こんな人がラスボスだなんて、私だってゲームの知識がなければ信じられなかったわ。そして出来れば知らないままでいたかった!)


「ありがとうございます。期待に沿えるといいのですが……」


「期待以上でしたよ。このソースの香りだけで食欲がわいてきます。それに目玉焼きを添えるというアイディアや、盛り付けも華やかで素晴らしい」


「ありがとうございます。では冷めないうちに召し上がって下さい」


 ここでカルミアは一礼して厨房へ戻るはずだった。しかし呼び止められたことで機会を逸してしまう。


「カルミアさん。こちらでの仕事にはもう慣れましたか?」


 びくりとカルミアの肩が震えあがる。


(ほら来たー!)


 カルミアが働き始めてからというもの、リシャールは毎日のように学食を訪れている。いつも決まってピークが過ぎてから、同じ時間に表れては似たような質問を投げかけ去っていくのだ。


(これ絶対私の様子を探りにきているのよね!?)


 動揺を見破られまいとカルミアは笑顔で答えた。取り乱しては負けているようなものだ。


「はい。頼もしい同僚たちのおかげで」


「そうですか。カルミアさんが働き始めて一週間、職場の環境にも慣れたようで安心しました」


 何も知らない人間が聞いたのなら、新人の部下を気遣う優しい校長だろう。

 しかしカルミアにとっては別の意味に聞こえていた。


「不慣れなもので……仕事が遅く、申し訳ありませんでした」


「まさか! カルミアさんは存分に働いて下さっていることは存じていますよ。貴女がここで働くようになってからというもの、生徒たちは楽しみが増えたと喜んでいました。私たち教師も同じ思いです」


「名高いアレクシーネで、学食とはいえ働けることは名誉なことですから」


「そのようにおっしゃっていただけると校長として誇らしいですね。今後とも働きに期待していますよ。カルミアさん」


「ご期待に添えるよう、頑張りますわ」


「何か困ったことがあればいつでも頼って下さいね」


「はい――っ」


 笑顔。


 笑顔。


 笑顔――!!


「ありがとうございます」


 微笑ましいやり取りも、悲しいことにカルミアにとってはすべて皮肉に聞こえていた。


(どうせ本音はこうでしょう! 一週間も働いておきながら成果がないようですね。嘆かわしい。私は貴女の働きに期待しているのですよ。とか思っているんでしょう!?)


 あくまで穏やかな表情を作り、カルミアは真っ向から微笑み返す。するとリシャールからも同等のものを返されてしまった。


(これがラスボスの威圧感!?)


 カルミアにとってリシャールの笑顔は嘘か本当かわからない。仮面の下で何を考えているのか、わからないからこそ怖ろしい。周囲と同じように憧れだけで向き合えたなら、どれほど心安らかでいられただろう。


「引き続き、誠心誠意務めさせていただきます」


 結局、カルミアは今日も厨房に逃げ帰る事しか出来なかった。これがカルミアに出来た唯一の返答だ。


(悔しい! この私が! カルミア・ラクレットが! 仕事が遅いと催促されているなんて!)


 確かに学食は繁盛している。これは学食に派遣された人間にとっては喜ぶべき成果だろう。しかしカルミアが雇われた本当の目的は別にある。そちらは未だ解決の糸口さえ見いだせていなかった。


「あ! カルミアさん、お帰りなさーい」


 厨房に逃げ帰ったカルミアを温かく迎えてくれたのはロシュだった。座ったままではあるが、ひらひらと笑顔を添えて手を振ってくれる。それだけで荒んだカルミアの心は癒されたようだ。

 感動に浸っていると、ベルネから水の入ったコップを差し出される。


「たく、人の世話ばかりやいてないで自分も少しは休憩したらどうなんだい。ずっと働きっぱなしじゃないか」


 喧嘩越しのような物言いに、そっけない差し出し方ではあるが、カルミアにとってはこの上なく優しい仕草に映っていた。


(ここに潜入させられた時はどうなるかと思ったけど、ロシュは心の癒しだし、ベルネさんも根は良い人だし、なんとかやっていけそうね。頼もしい二人だわ。でも……)


 心のどこかでは、そこにいるのが長年連れ添った家族とも呼べる『彼ら』ではないことに寂しさを感じていた。


 目が眩むような太陽の光。

 澄み渡る空に吹き抜ける潮風。

 海の青さに心地の良い波音。


 そのどれもが、ここには存在しない。


(何を弱気になっているのかしら。ちょっとリシャールさんに嫌味を言われたくらいでホームシックなんてね)


 引き受けた以上は立派な仕事。育った環境のせいもあり、契約破棄はカルミアが最も嫌うところだ。


(しっかりしなさいカルミア! 私はカルミア。カルミア・ラクレット。船の上で生まれ、船の上で育ったラクレット家の女。一日も早く元の姿に戻るのよ!)


 そのためにはリシャールから任された仕事を完遂させなければ。

 カルミアは意気込むが、まずは目先の仕事が最優先だろう。視線の先では使用済みの食器が山となっていた。明日の営業のためにも速やかに片付けなければならない。


(場所は変わっても大量の洗い物が出るのはどこも同じよねえ)


 賑わいの絶えない船での生活を思い出す。

 ほんの一週間ほど前まで、カルミアにとっては船の上で過ごすことが日常だった。

お楽しみいただけましたら幸いです。

ありがとうございました!

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