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18、心優しい精霊?

 オープンから一時間が経過。

 未だ客は一人として訪れていない。

 その間、カルミアは何度時計を確認しただろう。カルミアの焦りを感じ取ったのか、ロシュが励ましてくれる。


「えっと、今日は……ちょーっと暇な日、みたいですね」


 健気なフォローが逆に心に刺さる。

 このままじっとしていては余計なことばかり考えてしまうと、カルミアは身体を動かすことにした。


「ねえ、ロシュ。臨機応変にと言われたし、ここは任せてもいい?」


「いいですけど、どうするんですか?」


「私、厨房の方を手伝ってくるわ」


 仕事がないのなら探せばいい。

 カルミアが厨房に顔を出すと、ベルネは露骨に嫌な顔をした。


「何しに来たんだい小娘」


「じっとしているのは落ち着かないので、掃除でもしようかと」


 カルミアは作業台に残された鍋を磨き始めた。


「勝手におし」


 カルミアは言葉通り勝手にさせてもらうことにする。じっとしているのは性に合わないのだ。

 カルミアが洗い物を終えると今度はロシュが顔を出す。フロアの方でも何か動きがあったようだ。


「お一人様ご来店なので水を頂きますね。あ、でも、いつもドリンク注文だけの方なんで、お二人はそのままで大丈夫ですよ!」


「そうなの……」


 浮上しかけた気持ちが再び沈む。

 ロシュが慣れた手つきで水を運んで行くと、カルミアもフロアの隅から顔を覗かせた。

 ロシュの言う通り、女生徒が一人すみの席に座って本を読んでいる。いらっしゃいませと感謝を告げたいが、熱心に読書をする姿はとても声をかけられるものではなかった。人を寄せ付けない空気を放っているので、そっと身を引く。

 すると物陰にやって来たロシュは小声で話しかけてくる。


「カルミアさん、カルミアさん! ベルネさんのこと、怖くないんですか?」


「怖い? 特にそう感じたことはないけれど」


 カルミアは時に自分に反発する人間を力で認めさせてきた。船での生活はカルミアを逞しい女性へと育て上げている。今更一人の女性に怯えてはいられない。


「カルミアさん凄い……」


「凄くないわよ。そうだ! 聞きそびれてたんだけど、私たちの食事はどうしているの?」


「ベルネさんがまかないを作ってくれますよ。あ、良かったら今のうちに食べちゃってください。これも経験という事で、せっかくなので席に座って待ってて下さいね。僕が運びますから!」


 カルミアは女生徒の邪魔にならないよう、気配を消して反対側のはじに座る。

 ところがしばらくしてロシュが運んできたのは信じられないメニューだった。

 スープとパン一個である。


「はい?」


 見るからに固そうなパンと、野菜が浮いた限りなく透明な液体だ。


(嫌がらせ?)


 確かにベルネには嫌われていると思う。だからといって仕事で露骨な嫌がらせしてくるだろうか。それに素直なロシュがそのような悪行の片棒を担ぐとは考えにくいだろう。


(もしかしてこれが普通ってこと?)


 カルミアは必死に自問する。そして自答する。


(仕事で訪れた奥地の村で振る舞われた料理の方が手が込んでいたわよ!?)


 そしてここは魔法によって発展し、豊かな生活を送るロクサーヌである。


(で、でも、食べるととても美味しいのかもしれないわ! そうよね。見た目で判断しちゃだめだよね!)


 まずは一口。スープを飲ませてもらった。


(ほとんどただの水!)


 想像通りである。

 続いてパンをちぎろうとして驚いたのはそのかたさだ。


(かたい!?)


 指先がマヒしそうだ。


(それにぱさぱさ……)


 食感も予想通りである。

 しかたなく、カルミアはスープという名の水にパンを浸して食べることにした。


「これはちょっと……」


 そこでカルミアはロシュの助言を思い出す。けれどどうしても言いたくてたまらない。ロシュもおそらくそれを見越して助言してくれたのだろう。


「これは、あまり美味しいとは言い難いような……」


「カルミアさん!?」


 ロシュの動揺と同時に肌がざわりと波打つ。それまで感じていた清涼な空気が塗り替えられ、肌を刺すような刺激を感じた。まるで誰かの怒りに触れたような。

 けれどそのことをロシュが不審がる様子はない。それよりもカルミアの発言の方に動揺している。


(何!? 急にフロアが魔力で満ちた……)


 目には見えない何かがカルミアに向けて牙を剥いている。警戒を強め、様子を窺っているとその何かが襲い掛かろうとしていた。


(そう簡単にやられるものですか!)


 カルミアは虫を払うように片手で差し向けられた力を払い飛ばした。


「どうしたんですか?」


「蚊がいたみたい」


 確かな手応えがあった。収束していた力の束はほどけ、霧散していく。

 カルミアは勢いよく立ち上がり魔法の痕跡を辿る。

 ロシュには涼しい顔でなんでもないと答えながら意識を集中させ、力が集まる場所を特定した。


(厨房!?)


 カルミアは厨房へと駆け込むが、そこにいるのはもちろんベルネ一人だ。彼女は変わらずお茶を啜っている。相変わらずカルミアのことなど視界には入っていないようだ。

 しかしカルミアは確信していた。


「ベルネさん。何をしたんですか?」


 するとベルネは無言で立ち上がり、顎でついてこいと示す。

 厨房からは外に出られるようで、学食裏でカルミアはベルネと対峙することになった。


「どういうつもりですか?」


 わざわざ呼び出すとなれば、自分が関係していると認めたようなものだ。いつでも対抗出来るよう、カルミアは警戒態勢を取っている。


「小娘、ここにはあたししかいない。今度こそ正直に答えるんだね。あんた、あいつの血を引いてるね」


 カルミアも二度は嘘をつかなかった。


「カルミア・ラクレットです。これで満足ですか? 事情があったとはいえ嘘を吐いたことは謝りますが、先ほどの攻撃はどういった理由があってのことでしょう」


 その名を聞いたベルネはやはりと納得する。これがベルネの聞きたかった、正しい答えなのだろう。


「どうりで、懐かしいはずだ」


「私に魔法を行使しようとしましたね」


 ベルネは悪びれることなく罪を認めた。


「ああそうさ。あんたのそばまで手を伸ばした。背でも押して驚かせてやろうと思ってね。そうしたら懐かしい気配がしたもんでね。あんた反撃しようとしただろう」


「危険が迫れば身を守るのは当然です」


「さすがはあいつの血筋か……」


(この人、いったい何者?)


 カルミアの心を読んだかのように、ベルネは不敵に笑った。


「あたしは英雄に力を貸した精霊の一人さ」


「はあ、精霊で……精霊!?」


 カルミアは英雄譚の一説を思い出す。



 やがて懸命な人の姿に胸を打たれた精霊たちは彼に手を差し伸べる。

 心優しい精霊の力を借りた青年は苦難の末、救国の魔女アレクシーネを祖国へ連れ帰った英雄だ。



 そう、心優しい精霊の力を借りて。


(この人が!?)


「なんだい」


 まるでカルミアの心の声を読んだようにベルネが問いかける。


「いえその……想像していた人物像と違ったものですから」


 カルミアは精霊相手ということもあり、きわめて控えめに言った。

 子どもの頃から読み聞かされていた絵本では若い女性の姿で描かれていたのだ。性格もだいぶベルネとかけ離れている。なにしろ心優しい精霊だ。


「ふん、この姿は仮初めさ。本来の姿だと、美し過ぎて目立つからね。人前に出るにはこの方が都合が良いんだよ」


(姿形っていうか一番の問題は中身!)


 しかし悲しいことにカルミアの心の声は届かない。

賑やかなメンバーが増えてきましたね。

続きも更新頑張ります!

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