16、潜入先は学食でした
どうやら自分がいたのはアパートのような建物の一室らしい。それもどうやら学園の敷地内に建つようで、見慣れた校舎が近くに見え隠れしている。
外に出たカルミアは周囲を確認しながら蝶の後について歩いた。
(……あら?)
歩き始めてしばらく経つと、カルミアは蝶の向かう先に疑問を抱くようになっていた。
ゲームでたびたび登場していた校内マップを思い浮かべるが、教室とは別の方角へ向かっている気がする。ぐるりと校舎の外周に沿って歩き、まるで学園の奥にある森の方へ向かっているようだ。
(この先に何かあった? ゲームでは何も、特に進めなかったはずだけど)
学園の敷地は広大で、ちょっとした散歩のようなっている。
すると森の手前に何か建物が見えて来た。
(見た目は礼拝堂みたいだけど、ちょっと、いえかなり不気味な雰囲気ね)
晴れているはずが、その周辺にだけ薄暗いオーラが漂っている。外壁にはしる亀裂も怖さを感じさせる。加えて背後には薄暗い森が広がり、より不気味さを演出していた。
(魔女の住み家……ってここにいる人はだいたい魔女よね)
やがて蝶は目的地に辿り着いたのか、扉の前で消えてしまった。たった今、カルミアが魔女の住み家と不気味さを感じた建物の前で。
「まさか、まさかよね。……目的地ってここなの?」
間違いであれという願いを込めながら、カルミアは扉に手を伸ばす。扉は重く、何が飛び出すのかわからない。隙間から中を覗くと、外観の不気味さに反して清浄な空気が漂った。
天井は高く、造りは礼拝堂に似ている。広いフロアには木製のテーブルが並び、入口から奥の方まで伸びている。同じようにイスも用意され、多くの人が集まることを想像させる場所だった。
どうやら先客がいたらしく、フロアにいた少年が振り返る。そこでカルミアは無邪気な笑顔と出会った。
(攻略対象の、ロシュ!?)
「あ! 貴女が今日からこの学食で働く人ですね!」
ロシュによると、どうやらここは学食――学生食堂らしい。
しかしまずは別の点について触れさせてもらおう。
「私が、ここで……働く!?」
数分前の浮かれきっていた自分が恥ずかしい。そんなカルミアをあざ笑うかのように遠くでは始業の鐘が鳴り響く。
ここからカルミアの長い一日が始まろうとしていた。
(私は何か、重大な間違いを……?)
確かにリシャールは一度も『生徒として』とは言っていない。けれど、だからといって、どうして学食を選んだ?
(なんで!? こういうのって普通生徒じゃないの!? 『十七歳』『密偵』『学園』とくれば普通生徒でしょう!?)
カルミアは参考までに前世で嗜んだあらゆるマンガ、アニメ、小説知識をひっくり返していた。
確かにこの制服らしきものも着心地は良く、見た目も気に入っている。
アレクシーネ王立魔法学園の制服を称えるのなら、それは高貴な美しさ。そしてカルミアの来ている服について感想を答えるのなら、純粋な可愛らしさだろう。
(けれどいくら頑張っても米がパスタになれないように、メイド服は制服にはなれないわ!)
どうでもいいことを考えてしまうのは現実から逃げたいからだ。
けれど動揺するカルミアを放って、ロシュは自己紹介を始めた。
「こんにちは! 僕はロシュって言います。わからないことがあったら何でも聞いて下さいね」
(すでに聞きたいことがいっぱいよ……)
どうして私は学食にいるの?
ここで働くって何?
どうして攻略対象の一人である貴方が学食で働いているの?
「あの、どうして貴方がここに?」
「どうしてって、ここで働いてるから? 僕、学園のいろんなところで働かせてもらっているんです。お昼の時間は学食担当なんですよ。たくさんお金を稼いで来年こそはこの学校に入ることが夢なんです! 将来は立派な魔法使いを目指してるんで」
(そ、そうだった………不意打ちで登場されたから失念していたけど、ロシュはそういう設定だったわね)
アレクシーネの学費は決して高くはないのだが、ロシュは両親に迷惑をかけまいと自ら学費を稼いでいる。そうゲームで語られていた。
(確かロシュが話していたわ。昨年までは学園で働いて、学費を稼いでたって。来期が始まるまではあと一月だから、つまりここはゲーム開始の一月前の世界ね!)
ロシュのおかげで謎が一つ解けた。まだまだ謎は多いけれど。
「ところで貴女は? 校長先生からは新しく学食で働く人を雇ったとしか聞かされていないので、名前を教えてもらえると嬉しいです」
「やっぱりここで働くのね、私……」
(学食に密偵を派遣するってどういうことよー!)
「その、校長先生は確かにそう言っていたのかしら?」
まだカルミアは諦めていなかった。一縷の希望をロシュに託す。
「はい! さすがにそんな大事なことを聞き間違えたりしませんよ」
しかし残酷なまでの無邪気さがカルミアの心を抉った。
「それにその格好、学食の制服じゃないですか」
「これがそうなの?」
学食についてはゲームで触れられていなかったため知識がない。
そう言われると、ロシュもカルミアと似たデザインの服を着ている。
「あの~……」
とにかく今はこの目の前でしっぽを振っている少年の期待に応えなければならないだろう。
「失礼しました。私はカルミアです。カルミア……」
(ちょっと待ってラクレットはまずいわ!)
英雄の子孫として、ロクサーヌに名を連ねる家として、あまりにも有名になりすぎた。名乗れば即、素性がばれてしまう。
(何よりラクレット家の娘が何をしているのかと思われるわ。この私が契約の確認を怠ったことが知られたら……リデロに笑われる。お父様に呆れられる。お母様に怒られるー!)
カルミアは秒で偽名を考え出した。
「カルミア・フェリーネです!」
(リデロ! 貴方の名前、借りるわよ!)
ゲームキャラとも無関係。なおかつとっさに思いついたのは副船長の名前である。カルミアは何事もなかったかのように偽名を答え、優雅に自己紹介を終えた。
「よろしくお願いします。カルミアさん!」
「え、ええ……よろしく、お願いします……ロシュさん」
「やだなあ、ロシュでいいですよ。みなさんそう呼びますし、さんなんてくすぐったくて。もっと気軽に話しかけて下さいね」
「あ、ありがとう……」
カルミアはロシュと握手を交わした。
「あ、もう一人の方を紹介しますね。奥が厨房になってるんですけど、こっちですよ」
カルミアは言われるがまま、ふらふらとついて行く。
ここまでありがとうございます。
ついにタイトル要素が全て出そろいました。ここからカルミアの奮闘が始まります。
続きは本日11時に更新予定。よろしくお願い致します。