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15、ラスボスの密偵でした

 記憶を取り戻したショックか、じんじんと頭が痛む。しかしカルミアはおそるべき現実を前に、急いでゲームの知識を整理する必要があった。


(そう確か、リシャールが校長になったのは優秀な魔女を探すという依頼を受けてのことだった)


 そのためだけにアレクシーネの校長になれというのは無理があるが、幸いにしてリシャールには依頼をこなすだけの力があった。

 そしてリシャールは主人公の才能が開花するよう、学園さえ巻き込む危険な試練を与えてくる。最後には自分という存在を試練に据え、主人公を追い詰めた。

 主人公と攻略対象は力を合わせてリシャールを破り、その結果リシャールはどのルートでも学園を追われ姿を消してしまう。


(そのラスボスが学園を救えってどういうこと!?)


 未来を知っているはずなのに、結局はわからないことだらけだ。

 そして現実のリシャールは先ほどから変わらずカルミアの身を案じてくれる。


「カルミアさん? 頭、痛みますか?」


「……えっと?」


「随分と派手にぶつけていたようですから。ほら、ここ……」


 リシャールの手を見守っていたカルミアだが、生え際のあたりをなぞられると身体は痛みに震えた。


「ああ、腫れていますね」


(もしかしてさっきから止まない頭の痛みってたんこぶ!?)


 前世を思い出したあれこれではなく純粋な打撲。まさかの物理とは驚きだ。それはじんじんと痛むだろう。


「もしかしなくても私、リシャールさんにとんでもなくご迷惑をかけしましたよね….」


「安心して下さい。迷惑などと思ってはおりません。それに、カルミアさんを部屋に運んだのは私ですが、最初に貴女を助けようと駆け寄ったのは別の生徒なのです。ここまで貴女の荷物を運んでくれたのも彼ですよ」


「申し訳ありません……」


 どうやらカルミアが被害を及ぼした人物は二人もいるらしい。

 しかもそのうちの一人はラスボスだ。正体が冷酷なラスボスであると認識したとたん、人の良い笑みも柔らかな返答にも裏があるのではと思えてくる。


「本当に私は迷惑などとは感じていません。おそらく彼も同じでしょうね。貴女のことが心配だと言っていましたから、後ほど顔を出すそうですよ。お礼はその時にでも伝えておくといいでしょう」


「はい……」


 カルミアは消え入りそうな声で頷いた。いっそこのままベッドにめり込みたいが、これから仕事が待っている。


「健康な方だと思っていましたが、すみません。勝手に誤解をしていたようです。どこか調子が悪かったのですか? もし辛いようでしたらしばらく休まれても」


「大丈夫です! これは陸の感覚が久しぶりで、少し酔ってしまっただけだと思います。陸酔いです」


「陸酔い?」


「もう治りましたので、勤務に支障はありません」


「ですが何かあっては……」


 リシャールは渋るが、カルミアには引き下がれない理由が出来てしまった。


(どうすれば未来が回避出来るかわからない。そもそも今はいつなの?)


 おそらくすべての答えはここにある。


(こっちはロクサーヌの未来に、家族と従業員の生活がかってるんだから! 没落なんて阻止よ阻止! ここで逃げ出すなんてカルミア・ラクレットの名が許さないわ!)


 未来を知った以上、あとには引けない。

 目の前に迫った学園生活からも逃れるわけにはいかない。


(そうよ、これは立派な仕事。学園の危機も、ラクレット家の危機も、しっかり解決してみせる。調査の過程でちょっと制服に袖を通して、ちょっと学園生活も送らせてもらうけど!)


「リシャールさん。契約した以上、これは私の仕事なのです。今日からきちんと働かせて下さい」


 そう告げれば、カルミアの熱意に根負けしたのはリシャールだった。


「では何かあれば遠慮無く言ってくださいね。私はそろそろ戻らなくてはいけないのですが、一人で大丈夫ですか?」


「はい。お忙しいところすみません。ありがとうございました。あの、もしかしてずっと付いていてくれたんですか?」


「本日は救護室が閉鎖しておりまして。勝手ながら部屋まで運ばせていただいたのですが、病状もわかりませんでしたから。何かあればすぐに医者を手配しなければと思っていたところです」


(おかしい。おかしいわ! どうしてこんなに優しいの!? 怖い!!)


 ゲームでは主人公を虐める悪役令嬢と、主人公に試練を与えるラスボス。似ているようで接点のない二人である。

 しかしここでのカルミアとリシャールは雇い主と密偵。ただの密偵相手にもリシャールが優しさをみせるのは、初日から密偵を失うのが損失だから、だろうか。


「とにかく無事で何よりです。制服はそちらのクローゼットに用意させていただきましたので。食堂は一階の奥なのでわかりやすいとは思いますが、案内役に蝶を残しておきますね。大事がなかったことを向こうにも伝えておきましょう」


 リシャールが広げた手のひらから、二羽の黒い蝶が飛び立つ。一羽は窓をすり抜け外へ、もう一羽はカルミアの元へと残った。

 ロクサーヌでは自分の魔力に何らかの形を与え、案内役とする手法が用いられている。実際の生き物のように動きながら、目的を果たせば消えるという便利な魔法だ。

 中でも蝶の形は簡単な形状、移動手段、消費魔力の少なさから一般的となっている。ロクサーヌでは魔法の蝶が飛び回るという幻想的な光景が見られるだろう。


「何から何まで、本当にありがとうございます」


「巻き込んだのは私ですから、これくらいのことは当然ですよ。ですが、私たちの関係は二人だけの秘密ということでお願い出来ますか?」


「もちろんです」


 学園に危機が迫っているため密偵として派遣されました。改めて現状をまとめてみると、とても人に話せる内容ではない。


 なんとか初登校の約束を取り付けたカルミアは、リシャールを見送り改めて室内を見渡す。

 ワンルームの室内には簡易キッチンに勉強机、ベッドに本棚と、生活に必要なものが一通り揃っている。クローゼットもついているのか収納も充実していた。


(ここが私の部屋か……良い部屋ね。でも寮なんて設定ゲームにあったかしら?)


 生徒たちは実家から通うか、近くに部屋を借りているかの二通りだ。そのため王都は学生の街としても栄えている。


(もしかして私が密偵だから特別に用意してくれた? なら、それだけしっかり仕事に励めってことよね。こちらも住みこみで調査出来るなんて願ってもないチャンス。ここから失態分も含めて取り返すわ!)


 さあ、制服とご対面!


 カルミアは意気込んで備え付けのクローゼットを開く。

 そこには焦がれて止まない深紅の制服が吊るされている――はずだった。

 しかしカルミアは時が止まったように固まっている。そしてまじまじと中をのぞき込んだ。


「んんっ?」


 まず目に飛び込んできたのは赤ではなく青。空のように澄んだ水色の、制服というよりはメイド服が吊るされていた。


「えっと……これ、何?」


 悩んだ末、ひとまずカルミアは着てみることにする。

 半袖のワンピースに、用意されていた白いエプロンも付けてみた。


「これはこれで可愛いと思うけど、なんの服?」


 見れば見るほど学生姿とはかけ離れている。しかしどれほどクローゼットを探しても、予備と思われるもう一着しか見つからない。


(仕方ないわね。もうこれで行くしかないわ)


 初日から遅刻するわけにもいかないだろう。とにかくリシャールが残してくれた案内役の蝶について行くことにした。

蝶が導く先でカルミアを待つものは……

頑張れカルミア!

などと声をかけてあげたくなるような、何やら大変そうな予感を残して終わる15話。

読んで下さってありがとうございました!

そしてお気に入りありがとうございます!

とても嬉しかったです!!

続きも張り切って更新してまいります。


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