13、乙女ゲームの舞台でした
乙女ゲーム要素本格始動――
ロクサーヌの王都は港町として栄え、常に賑わいで彩られている。
大きな道路を馬車が行き交い、到着したばかりの人や物を運んでいく様子が印象的だ。船が到着すれば港はたちまち人で溢れかえり、流行のドレスに身を包んだ人々は華のように映る。その中にはもちろん、アレクシーネ王立魔法学園の象徴、深紅の制服に身を包んだ学生も多い。
リシャールと別れた翌日、カルミアは必要最低限の荷物をトランクに詰めて学園へと向かった。
時刻は七時を過ぎたところで、今頃リシャールは制服を用意してくれているはずだ。念願の学園生活を目前に控えたカルミアの足取りは軽い。
そう、カルミアは浮かれていた。
自分が今、まさにあの制服の元へ、学園生活へ向けて一歩、また一歩踏み出しているのだと思うと夢を見ているような心地だった。
女生徒の制服は深紅のジャケットに同じ色のスカートで構成され、胸元に赤いリボンをするのが正式な着こなしだ。しかしジャケットとスカート以外は各自の趣味に任せて着こなすことが認められ、わりと自由な校風となっている。
(学園はアレクシーネ様への敬意を表すためにつくられた。深紅はアレクシーネ様を象徴する色。だから学園の生徒は深紅を身に纏う。尊敬の意味も込めてね。深紅の制服は王国中の女子たちの憧れ。なんて素敵なの!)
学園生活が夢でしたとは恥ずかしくて言えないが、リシャールには改めて感謝を伝えるべきかもしれない。
(それにしても学校生活なんて久しぶりね。上手くやっていけるかしら)
不安もあるが、リシャールが見込んでくれた自分を信じようと思う。
ところが順調だったカルミアの足取りは学園を目前にしてぴたりと止まる。
(あれ? 私、今……)
まるで学校に通うことが初めてではないと言うようだった。
(私はずっと、生まれてから一度も学校に通ったことはない。それなのにどうして、初めてじゃないと思ったの?)
疑問はそれだけでは終わらない。学園に近づけば近づくほど、奇妙な感覚に襲われていく。
お願い。この世界を、救って――
(誰?)
突然聞こえた声に顔を上げる。ついには空耳まで聞こえる始末だ。
顔を上げるとやけに見覚えのある校舎が広がっていた。まるで貴族のお屋敷のように立派な造りだ。
門を潜り、敷地に足を踏み入れたカルミアは既視感に襲われる。
(どうして私はこの場所を知ってるの……?)
もちろんアレクシーネを訪れるのは初めてだ。それなのにこの景色を知っていると記憶は語る。
始業の時間にはまだ早く、だというのに先ほどから頭の中で鐘が鳴り響いている。
何度も何度も繰り返されてはうるさいと叫んでしまいそうだ。
(そう、繰り返して……)
耳を塞いでも音は止まない。
それは記憶を探るカルミアを急かすように駆り立てる。
これは何度も繰り返した始まりの合図だ。
(何度も見たわね。だってここはゲームでオープニングイベントが起こる場所だから)
何を言っているのだろう。次第に景色がぼやけていく。
現実なのか夢なのか、立っていることさえも困難になっていた。
ぐらりと頭が傾き、手からトランクが滑り落ちる。
「君、大丈夫!?」
異変を察した誰かが助けに入ってくれる。けれどもう返事を返す余裕がない。
脳内で感じた激しい揺れと、鈍い痛みを最後にカルミアの意識は途切れていた。
『かつてこの国は一人の魔女によって滅ぼされ、一人の魔女によって救われた』
ある一説が唐突に浮かび上がり、途切れたはずの意識が戻る。
これはゲーム画面で最初に表示される文面だ。
すらすらと知らないはずの単語が頭をよぎり、今はっきりとカルミアは違和感の正体に気が付いた。
(この世界、乙女ゲームの世界よね!?)
人生十七年目にしてカルミアは世界の真実に気づいたのである。
生まれてから十七年、これまで何度も疑問に感じることがあった。知らないはずのことを知っていたり、食べたことのない料理を作れたり。まるで自分がもう一人いたような気がしていたが、まさに自分には前世というものが存在したらしい。
カルミアとして生まれる前、自分は別の世界に生きていた。
その世界には魔法が存在しなかった。けれど魔法のように文明が発達していた。
離れていても距離など気にせず会話をすることが出来た。空を飛ぶことも、海に潜り海底まで行くことが叶った。
その発達した文明の一端に、乙女ゲームというものがある。主人公となった自分が魅力的な男性たちと恋をするという恋愛シミュレーションゲームで、カルミアも前世では乙女ゲームに日々を費やした身であった。
(これが乙女ゲーム転生……)
とはいえ魔法が当たり前に存在する世界で十七年生きてきたカルミアは、そういうこともあるかもしれないと比較的すんなり受け入れていた。魔法があるなら生まれ変わりくらいあるよね~という感覚だ。
(カルミアには流行りを見極める力があると期待されたけど、それって前世の知識があったからよね……)
世界が変わろうと、人々の感性は同じらしい。こことは違う文化、それも文明の発達した世界を知るカルミアにとって流行を生み出すことは難しくないだろう。
そもそもカルミアは前世でも似たような仕事に就いていた。各地を回り、時には国外に出て輸入品の買い付け担当する。とにかく出張の多い仕事だったと記憶していた。
(前世でも出張先で良いスパイスを見つけたからって、自作でカレーのルーを作ったりしたわね)
おかげで乙女ゲームは旅のともに最適だった。無論このゲームもクリア済みであり、詳細なネタバレまで思い出すことが可能だ。
乙女ゲーム要素が動き出しました今回。
前世を思い出したカルミア。しかし問題は尽きず……
そんな展開が続きます。
続きも早く更新出来るように頑張ってまいります!