12、カルミアの旅立ち
早速カルミアは船員たちに事情を説明することにした。もちろん学園の危機については伏せ、後学のためリシャールの仕事の手伝いをするという名目で、しばらく船を降りると告げた。
「そ、そんな! 船長がこの船からいなくなるなんて……」
船員たちにとってもまた、カルミアは家族も同然の存在だ。カルミアが幼い頃から同じ景色を見て、同じ物を食べて育った。ある者にとっては妹、ある者にとっては娘。そしてある者にとっては孫のような存在だ。
そんなカルミアが長期間不在になるのは初めてのことで、船員たちの嘆きようは凄まじいものだった。
「っく……! お嬢が、お嬢がいなくなったら俺たちは!」
リデロも俯き肩を震わせている。
「リデロ、それにみんなも……」
カルミアの瞳がじんわりと潤む。
(まさかみんながそこまで別れを惜しんでくれるなんて……)
船長冥利に尽きるだろう。なんて船長想いの仲間たちだ。正直、ここまで惜しんでくれるとは思っていなかったので胸が熱くなる。
しかし引き受けてしまった仕事を放棄することは出来ないと、涙を呑んで顔を上げた。
「みんな、ありがとう。別れを惜しんでくれるのは嬉しいわ。でも私」
「これから俺らの食事はどうなるんだよ!?」
「別れを惜しめ!」
感動の場面から一転。カルミアは別の意味で泣きそうになった。
「お嬢がいなくなったら誰が俺らの飯を作るっていうんですか!」
「自分で作りなさいよ」
感動を返してほしい。カルミアの顔からはすっかり表情が抜け落ちていた。
しかしリデロに便乗するように、見守っていた船員たちも次々と同じような主張をしていく。
ある者は悔しそうに甲板に拳を叩きつけた。
「俺は、どんなに長い航海も船長の料理だけが楽しみだった!」
「ああ、その通りだ」
「陸に恋人のいない俺たちにとって、海の上で料理を振る舞ってくれる船長こそが癒しだってのに、ちくしょう!」
波打つように賛同が広がり、カルミアは悔しがる船員たちの顔を一人一人しっかりと確認していく。あとで個人的に話し合う必要があるだろう。
そしてとどめの一言を告げたのがリデロだ。
「なあ兄弟。それでも俺たちからお嬢を奪うってのか!?」
「貴方達、格好いいことを言っているようだけど、食事の心配しかしていないわよね」
「何言ってんすか、どう聞いたってお嬢の身を案じてるってのに!」
「誰がどう聞いたって食を案じているわよ! だいたいリデロだって料理出来るじゃない。私に頼る必要はないんだから」
「野郎の作る飯とお嬢様が手ずから調理して下さったものが同じだとお考えで!? 作る前から天と地ほどの差があるでしょうが!」
「知らないわよそんなの!」
カルミアは一刀両断するが、彼らがここまで言うのだ。後学のためにも頼りになる人に聞いてみることにする。
「あまり私には理解出来ない感覚なんですけど、そういうものなんですか? リシャールさん」
するとリシャールは考えるまでもなく答えた。
「同じ男ですからね。私も彼らの言い分は理解出来ますよ」
この発言をきっかけに、お嬢様を奪う男と船員たちとの一色即発な関係が緩和した。するとリデロは出会った時と同じようにきやすくリシャールの肩を抱く。
「なんだよ~、色男。さてはお前も恋人いないだろ~」
「ご想像にお任せします」
「そうかそうか俺らのお仲間だったか~」
悲壮を浮かべていたリデロは見るからに上機嫌になっていた。
「しょーがねーな。ちょっとの間だけお嬢を貸してやるよ」
「なんでリデロが上から目線なのよ」
このようにカルミアが船を降りるには船員たちとの涙無くしては語れない、別れの物語が隠されていた。
しかし泣きたいのはわりと本気でカルミアの方だったりもする。正直、夕食には腹いせに激辛調味料でも混ぜてやろうかと考えた。
そんな一悶着を経て船はロクサーヌに到着する。
港に船をつけるとリシャールは早急に学園へと戻って行った。性急な別れは明日からカルミアが潜入出来るよう手筈を整えるためだ。
カルミアは明日、生活に必要な荷物を持って学園を訪ねるようにと言われている。
それがまさか、あんなことになるなんて……
この時のカルミアは想像もしていなかった。
読んで下さってありがとうございます!
いつもより少し短めなのですが、一区切りなのでここまで。
次回より、いよいよ乙女ゲーム要素が本格始動!
ここまで読んで下さってありがとうございました。
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