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11、密偵になりました

「ラクレット家にはおよばずながら、私も国内外に多少は交流があります。カルミアさんは先ほど取引相手と会うことさえ難しいと話していましたが、私でよければ仲介いたしましょうか?」


 この申し出にはカルミアの目の色が変わった。


「リシャールさん、あの農園主とお知り合いなんですか!?」


「教え子の実家です」


「リデロ、すぐに確認を!」


 飛び出していったリデロは戻るなり、彼の話が本当であることを告げる。


「いかがでしょう。今後のためにも魔法学園の校長に最大級の恩を売っておくことは悪い話ではないと思いますよ。なにしろアレクシーネは魔法教育の最高峰。卒業生は世界各地で幅広い活躍を見せています」


(確かにアレクシーネの校長と縁を持つのは悪くない。国内の重要な役職はほとんどアレクシーネの卒業生が抑えているもの)


 アレクシーネを卒業すれば、それだけで将来は約束されている。どんな職業にも魔法の力は必要とされ、最高峰のアレクシーネの名があれば引く手あまただ。その校長に恩を売れる機会は滅多にないことである。


(もしかして、この国に立ち寄っていたのは協力者を集めるため?)


 そして帰りの船で期待以上の存在であるカルミアに出会ったというわけか。

 どうやらリシャールは交渉上手らしい。すでにカルミアの天秤は完全に傾いていた。

 ならばあとはこちらの条件を飲んでもらえるかだ。


「こちらからいくつか条件を出すことは可能ですか?」


「伺わせてください」


「一つ、副業を認めていただきます。力は尽くしますが、私がいなければ回らない仕事もありますから」


「構いません。もとより無理なお願いをしているのはこちらです」


「一つ、私にも生活があります。密偵生活がどれほどかかるかわかりませんし、その間、無収入というわけにもいきません」


「当然です。働きに見合う給金は最初からお支払いするつもりでいました。他と変わらぬ金額を用意させていただきます」


「わかりました。ならばカルミア・ラクレットがその依頼、お引き受けします!」


「お嬢!?」


 交渉の行方を見守っていたリデロは椅子を蹴散らす勢いで立ち上がる。船長が船を降りるとあっては一大事だ。


「いいんですか!? いくらお嬢でもアレクシーネに潜入ってのは、特別顧問の仕事の範囲を超えてるんじゃ」


「リデロ。そもそも私は特別顧問に仕事の範囲があったのか疑問よ」


「確かに……」


 その一言でリデロは納得した様子だった。


「いい? これはロクサーヌの民としてもラクレットの人間としても放っておくことの出来ない事態。それにリシャールさんはとびきりの対価を用意してくれた。これは我が家に利益の有る正当な取引。そこにラクレットの利益が転がっているのなら、私は家のために動くわよ。私にはそれが許されてるってこと、忘れてないわよね?」


「お嬢のおっしゃる通りでーす」


 副船長との話がまとまったところで口をはさんだのはリシャールだ。


「あの、私がいうのもはばかられますが、仕事の方はよろしいのですか?」


「現状最優先すべき案件はリシャールさんのおかげで希望が持てました。今後の仕事も、私はラクレット家の特別顧問の席をいただいているので、自由に動けるんですよ」


「特別顧問?」


 リシャールが首を傾げると、リデロが得意げに語り始める。


「いいか、兄弟。お嬢はな、それはもう凄いんだ」


「リデロ、そう持ち上げないで。ただの相談役ってだけなんだから」


「簡単にいいますけど、特別顧問て当主の次に権限がある人なんですけどね。知ってました!?」


「知ってるわよ」


「それからご自分の年齢を考えてから言ってくださいね。お嬢の年で抜擢されるってのはな、すげーことなんだぜ兄弟!」


「まあその、カルミアは己の感覚を信じ見聞を広めよという父からのお墨付きもありますから。学園に潜入するくらい問題ないと思います。もちろん父に正直に連絡は入れさせていただきますが」


 断りを入れてから、カルミアは執務机の上に置かれていた水晶を引き寄せる。カルミアの顔を綺麗に映し出す透明度と大きさは立派なものだ。


「先ほどから気になっていましたが、随分と大きなものを使用されるのですね」


 魔法大国ロクサーヌでは遠く離れていても連絡を取り合う手段がいくつか発明されている。その中でもこれは、同じ石が共鳴するという手法を用いたものだ。

 カルミアの水晶は人の顔程もあり、ここに魔力を注げば遠く離れた地にある片割れに声が届き、会話が出来るという仕組みになっている。

 しかしカルミアは浮かない表情で答えた。


「海にいるとこれでも足りないくらいですよ。ロクサーヌに戻ってようやく圏内といった感じです。便利なんだか不便なんだか」


 声が届く範囲には制限があり、離れれば離れるほど大きな力が必要となる。

 家の敷地内程度であればアクセサリー程の大きさに少量の魔力でカバー出来るが、遠く離れた屋敷まで届かせるとなれば純度が高く大な質量が求められる。船で陸から離れれば離れるほど、会話は困難になってしまうのだ。


 やがて父との会話を終えたカルミアは満足そうに微笑む。


「父から許可が下りました。アレクシーネの危機となれば、ラクレット家の人間としても、ロクサーヌの民としても放っておくことは出来ないと、父も同じ意見のようです。私でよければ協力させて下さい」


 それにしても運命とは不思議なものだとカルミアは思う。


(ここが私の生きる場所。この暮らしが終わる時、それはカルミア・ラクレットの人生が終わる時だと思っていたわ)


 けれど転機というものは信じられないほどあっさり訪れるらしい。


「心配はありませんよ、リシャールさん。私一人が抜けたところで揺らぐものではありません。この船も、信頼出来る部下たちが守ってくれますから」


 カルミアは改めて腹心の部下に頭を下げる。


「リデロ。私が留守の間、船をお願いね」


 真実を知る人間はこちら側にも必要だ。それは最も信頼出来る相手である事が望ましい。ならばカルミアにとってそれは副船長のリデロだ。

 リデロはカルミアが安心して旅立てるよう、任せてほしいと力強く頷いた。

 頼もしい態度のおかげでカルミアは安心して旅立つことが出来る。


 だからこそ、カルミアは安心して浮かれていた。それはもう、難攻不落の交渉相手を頷かせた時よりも浮かれていた。


(信じられない! 私がアレクシーネの生徒に。ロクサーヌ中の女子の憧れ、私もあの可愛い制服を着ることが出来るなんて!)


 すべてがカルミアから判断能力を奪い、ここからがすでに間違いの始まりだった。

祝!

やっとカルミアが密偵になりましたー!

続きも今日の夜に更新致します。


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