10、魔法学園の危機!?
「いやどう考えても告白シーンじゃないですか! そんなの気になるに決まって――じゃなかった。俺たちのお嬢に何かあったら旦那様に顔向け出来ませんので、勝手ながら見守らせていただきました! まあ結果として別のとんでもない告白現場だったわけですけど!」
リデロは力強く答えるが、つまり覗きである。しかしカルミアは自分も同じような勘違いをしていただけに強く出られなかった。
(私もリデロと同じ勘違いをなんて、リシャールさんに申し訳ない!)
しかしカルミアが反省している横では賑やかなやりとりが続いている。
「リデロさん。いえ、副船長! どうか船長を私に下さい!」
「え、俺!? いや俺、そんな……急に娘さんを下さい的なこと言われてもどうしていいかわかんないんだけど! 旦那様に聞かないと!?」
「二人とも、いいから場所を移しましょう」
ぎゃあぎゃあと主にリデロが騒いでいるため、船員たちの何事かという視線が痛い。自分もうっかり告白かと身構えてしまっただけに、好奇の視線にさらされると尚更気まずい思いが膨らんでいく。
海賊を捕らえたことで海は平和になったはずだった。しかし何か別のとんでもないことが始まろうとしている。そんな予感がしていた。
「それで先ほどのあれは、その……どういうことですか!?」
とてもイエスかノーだけでは答えられない問題だ。
「もちろん順を追って説明させていただきます。ですが、不用意に混乱を招いてはいけません。これからする話はどうか私たちだけの秘密にしていただけないでしょうか?」
リシャールの願いは尤もだと思う。すでに混乱しているカルミアが言うのだから間違いないだろう。
「わかりました。カルミア・ラクレットの名に誓って」
こういう時、英雄の名には絶大な効力がある。リシャールは安心して事情を語り始めた。
「実は、我がアレクシーネに危機が迫っているようなのです」
ここでのアレクシーネとは王立学園のことだろう。しかし危機とは一体……。
「何者かが学園の乗っ取りを計画しているようなのです」
「なんですって!?」
とんでもない事態にリデロと声を揃えて顔を見合わせる。
「証拠はありません。ですが、不穏な気配を感じていることも事実。どうやらその者は私を校長の座から引きずり落とし、学園を我が物にすることを目論んでいるようなのです」
「そんなことが許されるんですか!? リシャールさんは国王陛下から正式に辞令を受けているんですよね?」
「もちろんです」
アレクシーネ王立魔法学園の校長を命名する権利は国王陛下にある。その決定を覆すことは容易ではない。
「ですが、いかに国王陛下の決定とはいえ、私を認めようとはしない派閥は存在します。私のように経験が浅く未熟な人間が校長を勤めることを認めたくないのでしょう。お恥ずかしい話ですが、私は校長に就任したとはいえ信頼や実績というものがありません。校長が代わったことで学園内の体制も盤石ではなくなっています。おそらくこの機に乗じて、ということでしょうね」
(まさか私の知らないところで故郷の学園が危機にさらされていたなんて!)
カルミアは愕然としていた。アレクシーネに通ったことはなくても、ロクサーヌに生きる人々にとってその名は希望の象徴なのだ。
「ですが私も陛下から学園を任された身です。陛下の信頼に応えるためにも、そのような輩に屈するわけにはいきません。そこでカルミアさん! どうか密偵としてアレクシーネに潜入していただけないでしょうか!? 私にはもう貴女しか考えられないのです!」
前述の台詞がなければ情熱的な告白だと思う。しかし続くのは色気の欠片もない話だ。
「校長である私が動けば警戒されてしまう。そこで私は密かに協力者を探していました。そして貴女という素晴らしい魔女と出会った」
「私?」
「カルミアさんが大変優れた魔女でいらっしゃることは短い航海の間にも痛感させられました。加えてその身分に度胸。勝手ながらこれ以上とない協力者だと判断させていただきました。どうかアレクシーネに潜入し、内情を探っていただけませんか!?」
リシャールの話から推測すると、学園関係者は信用ならないらしい。そこで偶然出会った学園とは無関係なカルミアに目を付けたと。
(なるほど、つまり生徒としてアレクシーネに潜入しろというのね。令嬢として培った教養。船長、そして商人として生きてきた度胸。敵船すらも圧倒する魔法の力。加えて私はラクレット家の娘。まず国の信頼を裏切るような真似はしないという判断かしら。確かに私でもこれ以上ない協力者だと判断するわ)
カルミアは謙遜しているが、教育ならばアレクシーネと同等のものを受けて育った。生徒として潜入しても怪しまれることはないだろう。令嬢として培ってきたコミュニケーション能力も円滑に学園生活を送らせるはずだ。
もちろん仲間に出来ればの話ではあるが、断られたところでラクレット家の人間が国の不利益になる行動をとるとは考えにくい。リシャールはそこまで計算してカルミアを密偵候補に選んだ。彼の仲間を選ぶ目は確かなようだ。
「そ、そうねえ……」
一方カルミアにとってもリシャールからの申し出は願ってもないことだった。何を隠そうアレクシーネ王立魔法学園は制服が可愛いことでも有名なのである。
余談ではあるが、カルミアは苛烈な見た目、振る舞いに反して可愛いものが大好きだった。
たとえば部屋には大量のぬいぐるみを置き、ああ可愛いと眺めては撫でまわすような。
もっとも船長室ではそのような素振りを欠片も見せはしない。あくまで本邸の私室に限った話である。
(もし潜入なんてことになったら当然制服を着ることになるのよね? 潜入なんだから、仕方のない事よね。別に私がどうしても着たいと主張したわけじゃないのよ。でも潜入捜査なんだから、生徒たちの中に混ざるためには着るしかないわよね!?)
仕事一筋十八年。潜入捜査とはいえ、憧れの学園生活が目の前にちらついている。
リシャールからの誘いにカルミアの心は早くも揺れていた。それはもうぐらぐらと。
(ち、違うわよ!? リシャールさんの話が本当だとしたら、私だってロクサーヌの民として放っては置けないんだから。学園は国の要、適当な人間が校長を務めていい場所じゃないわ!)
しかしカルミアは悩んでいた。なぜならここがカルミアの生きる場所だ。
だからあと一押し。決定的なものが欠けている。
「リシャールさん。私の力を買って下さることは素直に嬉しく感じています。王国に生きる民として、ランダリエの子孫としても、放っておくことの出来ない事態が迫っていることも理解しました。けれど私は密偵ではありません」
「わかりました。では交渉を」
リシャールは引き下がらないどころか、カルミアが望んでいた答えを容易く引き当てる。そして口ぶりからはカルミアを頷かせるための武器があることを感じさせた。
いよいよ物語が動きだす!
そんな続きもまた本日中に!