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1、プロローグ~学食のカルミア

 空色のワンピースに袖を通し、雲のように真っ白なエプロンを身に着ける。よく晴れた空の色彩はカルミアが大好きなものの一つだ。

 昼休みを目前に控えた学食の厨房は戦場のようだとカルミアは思う。つまり、どこからみても可愛らしいこの衣装はカルミアの戦闘服ということになる。

 長く伸ばした髪は邪魔にならないよう一つに結ぶ。そうして出来上がるのは名家の令嬢ではなく、学食のお姉さんといったところか。


 学生たちがやってくるまであと少し。


 まずは本日のメニューについて確認しておこう。


 一品目はカレーライス。

 この国では馴染みのない料理でありながら、鮮烈なデビューを果たしてからというもの、瞬く間に人気メニューへと登りつめた品である。そのため毎日提供することを決めた固定メニューだ。

 鍋には作りたてのカレーをたっぷりと用意した。これを白米と一緒に提供する。


「カレーライス完成!」


 二品目はカルボナーラ。

 パスタも固定メニューとして提供を開始。ただし毎日同じ味付けでは飽きてしまうので、日替わりで味付けを工夫することにしている。今日はチーズが香るカルボナーラだ。


「カルボナーラ完成!」


 三品目は日替わりプレート。

 白米、サラダ、スープと、メインの一品がセットになったお得なランチプレートだ。メインの品とスープが日替わりとなっていて、本日のメインには目玉焼きを添えたハンバーグを用意している。


「日替わりプレート完成!」


 もちろんご飯の準備も出来ている。カレーと日替わりプレートの二品で提供するため、たっぷりと炊きあげたところだ。


「カルミアさん、注文入りました。カレー一皿お願いします」


 さっそく耳飾りから声が聞こえる。

 注文はフロアで会計を担当するロシュが通信用の魔法具を通して知らせてくれる。働き手は三人しかいないため、フロアとの連携は必須だ。


 最初の注文を切っ掛けに、そこから先は休む間もなく注文が入る。

 カルミアは作った料理をひたすら盛り付けフロアへ運ぶ。その繰り返しだ。


「今日はいつもより日替わりプレートの注文が多いわね。ハンバーグとスープは問題ないけれど、サラダが足りなくなりそう」


 料理の残り具合と来店状況から今後の方針を割り出すのもカルミアの仕事だ。

 サラダの準備に取り掛かろうとすれば、隣の調理台から頼もしい声がかけられた。


「小娘、サラダの用意ならあたしにも出来る。あんたはこの出来立てハンバーグを乗せた日替わりプレートでも運んでな。せいぜいあたしの分まで働くんだね」


 盛り付けをしていたベルネが自ら名乗りを出てくれる。しかしカルミアを睨み付ける眼差しは鋭いものだった。刻まれた皺と白髪が年齢を感じさせる見た目でありながら、老いよりも貫録を感じさせるのはこの態度が原因だろう。

 カルミアを小娘と罵り、自らに主導権があるかのように命じる姿は傲慢にも感じられる。しかし命じられた本人は気にせず感謝を告げた。


「ありがとうございます。ベルネさん」


 小娘呼びにも慣れたところだ。棘を含んだ言葉だろうと、そこにベルネという人物の気遣いや優しさが窺えることをカルミアは知っている。

 つまりベルネが言いたいのはこういう事だ。

 サラダの準備は自分に任せて、カルミアは料理を運ぶことに専念するべきと、そう伝えたいらしい。

 実際ベルネからすれば、カルミアなど取るに足らない小娘に見えるのだろう。いずれにしろカルミアは出来あがった料理を届けなければならないため、有り難い申し出だった。


「ふん、冷めないうちにさっさと行きな」


 ベルネはそっけなく受け流して会話を終える。それきりカルミアには見向きもせずにサラダの準備を始めていた。

 それをベルネらしいと思えるほどには仲良く働けているのだろう。一方的かもしれないが、カルミアはそう思っている。

 そっけない会話はお互いを信頼しているからこそ。カルミアは期待に応えるべく完成した皿を運ぶことにした。


 フロアに出ると、たちまち生徒たちの楽し気な姿が目に入る。声は厨房にも届いていたが、こうしてフロアに出てくるたび、学生たちの笑顔が眩しいと感じさせられていた。

 それも何度目のことだろう。フロアと厨房を何度往復したか、考える事を放棄するくらいには繁盛している。忙しさに目が回りそうだ。

 けれど商売に携わる身としては、暇を持て余すより多忙な方が望ましいと考えるものだ。そしてまさに数日前まで、この学食はそのような状況下にあった。


(美味しくないのに無理して食べたり、呪われた学食なんて言われるより忙しい方がいいわよ!)


 昼時だというのに客が訪れず、切ないばかりだった。しかし閑散としていた学食はカルミアの活躍によって生まれ変わった。その結果、現在は厨房にまで学生たちの食事を楽しむ空気が伝わってくる。


(きっと授業の話とか、休日には遊ぶ約束をしているのね。楽しそう。楽しそうだわ。いいなあ……)


 昼休み、生徒たちは空腹を満たすために学食を訪れる。そしてわいわいと他愛もない話に花を咲かせる。

 本来ならカルミアも向こう側にいてもおかしくない年頃だ。そんな光景を羨ましいと感じてしまうのはいつものことだった。


(まさか生徒でもなく学食で働くことになるなんてね)


 何をしているのだろう。

 思い返すたびに落胆していた。


(まあ、想像したことはなかったわね)


 苦い笑いが零れた。

 これでもカルミアは名家の令嬢である。普通は想像することもないだろう。


(はあっ……あの時ちゃんと確認していれば! 契約内容はよくよくよーく確認すること!)


 浮かれていたせいで単純なミスをしでかしたなど言えるわけがない。この失態は墓まで持っていかなければ。そう決意して料理を運ぶことに集中した。


 昼休みも後半に差しかかると、忙しさのピークは越えたと言えるだろう。これからやってくるのは午後一番の授業がない生徒か、担当する授業のない教師たちだ。

 注文されていたすべての料理の提供を終えたカルミアは壁の時計を一瞥する。


(学生たちのピークも過ぎたわね。ということは、そろそろあの人が来る時間かしら)


 するとタイミングよくロシュが顔を出す。


「カルミアさーん、注文入りましたよ! 列が途切れたので、直接伝えに来ちゃいました。はぁ~今日も疲れた~」


 ロシュは大きな瞳が特徴的な少年だ。そんな少年が厨房の入口からひょっこりと覗けば、まるで小動物が顔を出したかのような可愛さである。

 愛嬌のある顔立ちと無邪気な笑顔は、悔やみきれない過去を持つカルミアにとって癒しとなって映った。十六歳にして誠実に仕事をこなすロシュの姿を見ていると、どんな経緯があろうと自分も頑張らなければいけないと奮い立たされている。


「ありがとう、ロシュ。お疲れ様」


 カルミアは注文とロシュの笑顔に、二重の意味を込めて感謝を伝えた。


「この時間ということは、もしかしてあの人?」


「正解です。でもカルミアさん、よくわかりましたね」


 そういうロシュの声も弾んでいた。この学園で最も有名な魔法使いであり、多くの魔法使いたちから尊敬される地位を鑑みれば来店だけではしゃぐのも無理はない。

 けれどカルミアはみんなと同じように尊敬してばかりもいられない。少しばかり特殊な関係性が緊張を促す相手だ。


「まあその、こうして毎日通ってくれるとね……」


「今日は日替わりプレートだそうですよ」


 カルミアが働き始めてから、毎日同じ時間に訪れては違うものを注文していく。これはもう立派な常連といえるだろう。彼のためにもメニューにアレンジを加えなければとカルミアが奮闘する理由の一端でもある。


「落ち着いたならロシュは休憩をとって。疲れているでしょう? 会計も私に任せていいわよ」


「やった! 僕、優しいカルミアさん大好きです!」


 満面の笑みで答えるロシュはベルネとの対比がすさまじい。まるで動物に懐かれているような気分になるが、カルミアは冷静に答えた。


「そういうことはこれから出会う予定の可愛い女の子に伝えてあげなさい」


「これから出会う人?」


 心当たりも、その予定もないロシュは不思議そうな顔をする。けれどカルミアは知っていた。


(あと一月、いいえ。あと数日もしたら会えるわよ)

 

 呟きは胸の内にだけ秘めておく。カルミアは振り返らずに料理を運んだ。

読んで下さってありがとうございました!

カルミアの抱えた事情、恋愛模様などにも興味をもっていただけましたら、また見てやって下さると嬉しいです!

続きも今日中に更新いたします。

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