第79話 ターナの町
街道の両側には、濃い緑の森が続き、透き通るような青空には、点在する綿のような雲がゆっくりと穏やかに流れている。
闇と光の加護を授かった事もあり、一段と地面を強く蹴って加速する。
やはり心のどこかで嬉しさもあるのか、顔に当たる風圧がいつもより心地よく感じた。
軽快に豪快に走り、夕方にはターナの町の外周壁が見えて来た。
一度止まり、ファイガたちを影に入れたら、ターナの町に向かって走り出す。
検問所まで来たら、小さくなった可愛いファイガたちを影から出して一緒に歩く。
ファイガ、ユキナも大人しく足元に座り、入口で順番を待って門番に証明書を見せ、何ら変わりも無く通される。
町の中に入ると、まずする事と言えば、俺たちはガイルの宿に行って宿を確保する。
夕方だけど、比較的宿を探す人も少なく、ファイガ、ユキナも楽しそうに走り回りながら、ゆったりとガイルの宿に着いた。
「ケフィルさん、また宿泊をお願いします。とりあえず一泊で」
「あら、いらっしゃいませ、ミツヒさん。空いていますよ」
屈託のない笑顔で、耳をピコピコさせているケフィルさんに、金貨一枚を支払い部屋に行く。
まずはユキナとファイガ、そして部屋全体に、クリーンを掛けてもらい皿を出し、ブラックグリズリーのステーキを取り出す。
今日はシンプルな塩コショウだけのステーキを三〇枚盛って、どうぞと言う間もなく食べ始める。
静かに食べているけれど、その分大きな尻尾を、ブンブンッ、と振っている。
やはり部屋を綺麗にして正解だった。
あれだけ尻尾を振られたら、埃が立つこと間違いなしだ。
普段の君たちは、気にしないのかもしれないけどさ。
次はレッドバードとブラウンベアーの厚切り肉炒めを皿一杯に盛ると、バクバク食べて満足げだ。
腹が満たされれば小さくなり、さっさとベッドに寝転がって寛ぐので、置いたまま俺は風呂に行く。
風呂に入り日も沈んだ紫色の空を眺めながら、ダークエルフの里のことなど思い振り返り、ゆったりと癒されて温まった。
食堂に行けば、まだ少し早いのだろう、誰もいない。
カウンター越しでケフィルさんに声を掛けたら、夕食は出来ているらしくテーブル席に座るとすぐに料理を運んでくる。
料理をテーブルに置きながらケフィルさんが、苦笑いする。
「実はね、ミツヒさんの食べ方があまりにも好評でね。とうとう今日は食材が無くなって臨時休業にしたの。でも、宿泊客の分は残してあるので大丈夫よ。でね、今日はこの料理を作ってみたんだけど、どうかな」
どうかなって、また俺に何か期待しているのかな。
出て来たのは、底の浅い鍋にロックバードの一口肉がゴロゴロ入っている煮込み料理だ。
ネギや葉物野菜も入っていて出汁の効いた薄口の味で美味い。
このままでも十分いいと思うのだが、テーブルの向こうで可愛い狸耳をピコピコさせ、食べる俺を凝視して、期待を膨らませているような、何かを待っているような、指摘して欲しいようなケフィルさんがいる。
「美味しいですよ、ケフィルさん。このままで十分じゃないですか」
急に落胆した表情で、テーブルに前のめりになる。
「えぇぇー? 何かないですかぁ、何か。お願いしますよぉ、ミツヒさぁーん」
「え? そ、それじゃ、今回だけですよ。んー、まず、生卵を別皿で二個かき混ぜて、火をかけたこの鍋の料理の上に、静かに乗せるように敷いてください。火を止めすぐに蓋をして少し待てば、固まる前の半熟玉子で出来上がりです」
ケフィルさんは何度も頷いて、さっそくその鍋を持っていき、言われた通りに作ってきた。
鳥鍋の卵とじの出来上がりだ。
予想通り食べると出汁のしみた鶏肉とプルプルの卵が絡まって美味い。
野菜も卵に絡まってやっぱり美味い。
絡めて食べることを教えたケフィルさんは眼を輝かせ、狸耳をピコピコさせて、嬉しそうに、納得したように食べている俺を見て頷いていたよ。
美味しくいただいて部屋に戻り、しばらくユキナたちとじゃれ合ってから就寝。
密着してすぐに、スウスウ、と可愛い寝息を立てるファイガ、ユキナ。
小さいと寝付くのも早いのかな。
【おやすみ、ハネカ】
【ウフフ、ごゆっくりお休みください、ミツヒ様】
翌日朝
朝食はブラックバードの串焼きを食べてガイルの店を出る。
今日の行先は、俺の武器を作ってもらっているガンドさんの店だ。
ファイガたちと仲良く街中を散策するように一緒に歩く。
店に着いたらファイガたちは言わずとも入口の横で伏せて待つ。
そして扉を開けて中に入ると、ガンドさんがいた。
「おはようございます、ガンドさん」
「ん、おはよう、ミツヒ。出来上がっているよ」
差し出されたのは、黒紫色で仕上がった艶のあるガントレットだった。
拳の部分には、各指に合わせた頑丈な作りで、砕いて磨き上げた小さな魔石が散りばめられている。
威圧もかかるようなガントレットで、実際に制作を依頼したら一体いくらかかるのか怖くなったほどの出来栄えだった。
「き、綺麗なガントレットですね、ガンドさん」
「ミツヒに合わせた一品物のつもりだけど、ダメだったら調節するよ」
装着すると、指先から肘までが魔法なのか魔石の効果なのか、吸い付くように密着して、剣を握っても違和感が無く、使いやすそうな軽量のガントレットだった。
「ミツヒ、これは強い魔石の力で出来ている。まず敵に意識して正拳を入れると魔法で言う、豪爆撃炎が発生するが、その大きさは魔力ではなく魔石の効力で、ミツヒの体力の大きさに比例する。そして相手の攻撃を、ガントレットの手首から肘にかけての甲部分で受けると、受けた攻撃力がそのまま相手に跳ね返り、弾き飛ばすことが出来るガントレットに仕上げてある」
両手を開閉したり、手首を回したり、細かい動作確認をしたけど、何ら支障も無く改めて素晴らしい出来栄えだと感心してしまった。
「凄いですね、嬉しいです、ありがとうございます、ガンドさん」
「別にミツヒの魔石で作った武器だし、俺も手に入らない貴重な魔石で武器が作れてうれしいんだ、一石二鳥だよ」
「ガンドさん、期会があれば、これからもお願いしてもいいですか?」
「おおっ。それこそ俺からもお願いしたいくらいだ、ミツヒ」
「ではまた来ます。ありがとうございました」
「ちょ、ちょっと待て、ミツヒ。実は別の話があるのだが、今後の予定が無いなら魔物退治してみないか?」
「魔物退治……ですか。俺は冒険者ではなく村人なので依頼は受けられませんよ」
「これは依頼ではないよ。詳しい話はターナのギルドマスターに会って、俺の名前を出せばいい。公に公表はしていないが、ミツヒなら出来るかもしれないからな。ただ、無理強いはしない。無理だったら止めればいいことだ」
「なる程。では一応聞くだけ、行ってみます」
ガンドさんの店を出て、ガントレットを魔法収納に入れ、途中の商店や露店で肉料理を買い込みながら ファイガたちと仲良く歩いてギルドに向かう。
ガンドさんの店には長居したけど、まだ日も高く街道には住民である獣人の往来も多く、活気に満ち溢れている。
住み心地の良さそうな町だな、と感じていた。
ギルドに出向けば、ユキナたちはギルドに入らず入口の横で伏せて待つ。
俺一人ギルドに入ると、奥の受付で獣人のシアナさんが、暇そうに両手を上に伸ばし欠伸をしている。
あ、眼が合ってちょっと固まっているし。
更に眼をそらして素知らぬ顔で口笛を吹く素振りをしているよ。
うん、俺も見なかったことにしよう。
受付に行き、シアナさんはバツが悪そうに毛並みのいい尻尾を大きく膨らませている。
「おはようございます、シアナさん」
「お、おはようございます、えっと、ミツヒさん。ご用件は何でしょう」
「実はギルドマスターにお会いしたいのですが」
「お約束はありますか? ミツヒさん」
「いえ、ありませんが、ガンドの店のガンドさんに、名前を出せばいいと言われたので来たのですが」
「では、少しお待ちください」
シアナさんが尻尾をユラユラさせて奥の部屋に入って行く。
その尻尾を見ながら、何かの期会でもあったら、あの大きくなった尻尾を、モフモフ、したいなと思ってしまった。
もし眼の前に不意に現れたら、無条件反射で飛びついてしまうかもしれないほどだった。
それほどいい毛並みの大きな尻尾だとは、もちろん誰にも言うはずも無い。




