第49話 エントアの町 ギルド
ギルドマスターの部屋に行けば、待ち構えていたように、奥の豪華な机の向こう側ある椅子に座って待っていた。
三つ編みにしている綺麗な緑髪を前に垂らし、凛々しいドミニクさんがそこにいた。
あー、何だか怖いな。取って食べられそうな雰囲気でもあるけれど……。
隣のリーザさんから手前にあるソファに座れ、と指示されて素直に座れば、リーザさんは何かをやり遂げたような表情で、足早に受付に戻って行く。
あれ? 一緒じゃないの? エリセがいた時はいたよね。えー? 俺一人かよ。
扉に振りかえている俺は、後ろから来る視線で、元に戻すことが出来ないでいる。
ドミニクさんは立ち上がってソファに来るようなので、合わせるようにゆっくり前を向く。
堂々とするドミニクさんは、俺と対峙した。
「帰って来たな、ミツヒ。一人で、ということは」
「はい、エルフの里に行って彼女を送り届けて来ました。知られると大事になると思いギルドには来ませんでした、すみません、ドミニクさん」
「いや、気にしないでいいさ、内密な話にしておく。で、ノエルの森でどうやって里を見つけた、ミツヒ」
興味津々、とばかりに、前のめりになって食いついて来たよ。
ウワッ、谷間が圧倒してくる……いや、何でもない。
ハァァ。やっぱりそれか。興味ありそうだったからなぁ。
――さて、どうしたものか。
「はい、森に入ると言われた通り霧が立ち込め、視界が無くなり周囲が分からなくなってきました。進む先にも来た道にも戻れない状況になった時、連れて帰ったエルフが霧の中で、何が切っ掛けかは不明ですが、帰る方法を思い出したようで、そのままエルフに手を引かれて、何処を歩いたかも理解できませんでしたが、入口を見つけました。その時、偶然なのか俺とエルフを察知した、里から来たのであろう警戒したエルフが出てきましたが経緯を話して、そのエルフの父親にも会えて無事引き渡しました。何かお礼を、と言われましたが警戒されているので何も貰わずに、霧の無い所まで帰り道を教えてもらって帰ってきました」
「そうか、もう一度行ったら入口は分かるか、ミツヒ」
「無理でしょう、手を引かれている時点で方向も何もわかりません。帰りも同じで何処をどう歩いたのか全く感覚がありませんでした。おそらく、いえ、二度と行けませんね」
ドミニクさんは、背もたれに寄り掛かり、両腕を組んだ。
「やはり、無理か。了解した、この話はこれまでにしておくよ」
「なぜドミニクさんが里の入口にこだわるのでしょうか」
「折角入口に行けるのであれば、エルフの里とギルド、いや、この町と友好関係が築ければ、と思ったのだよ」
「多分無理でしょう。エルフたちは、やはり人を嫌っていました。初めは俺も警戒されましたし、一苦労しましたから」
「例の奴隷狩りだろうな。エルフにとっても相当敵対心が強いのだろう。仕方がないか」
フゥ。何とか切り抜けたかな。
でも安心している表情なんて少しでも見せたらドミニクさんの事だ。隠し事をしている、と見抜きそうだし……。
顔には出さないように注意しておこう。
話は終わったかに思えたが、まだ続きがあるようだ。
「もう一つ、ミツヒに聞きたいことがある。ダンジョンの事だが、最近、魔石が拾えるらしいが、ミツヒは知っているか?」
ゲッ、その話か参ったな。どうするかな。でもまさか俺が原因、なんて思われないだろうし。
【踏破したときに魔石は拾わなかった。と正直に】
【それはダメだよ、ハネカ。如何にも俺ですって言っているようなものだ】
事が大きくなってさらに注目されるのも嫌だし。さて……。
「はい、それは知っていますよ。現に俺も一度拾った魔石の買取りをリーザさんにお願いしましたから」
「そうか、ミツヒはその事に何か関わっていないか?」
正面を向いて片手で小さく横に振って否定する。
「え? 飛んでも無いですよ、ドミニクさん。村人風情の俺なんかが関係するような話じゃないですよ」
あ、また前のめりになって来るし。また、浅黒くて綺麗な肌をした谷間が迫って来るし……。
「しかしな、ミツヒ。君がダンジョンに入り始めた頃と魔石が拾えるようになったのと同じ時期なのだかね、どう思う? それに、ミツヒのダンジョン入りの登録をしたその日と帰って来た日に限って多く落ちているのだよ、それも毎回毎回だ。どういしてもおかしいと思うのだが……ミツヒ」
疑いの眼差しで、強く凝視して見つめるドミニクさん。
まだばれた訳じゃないから白を切り通そう。
それに確定的な証拠も無いのだからさ。
「お、俺にも分かりませんよ、冒険者でもないし……」
「よし、ちょっと付き合ってもらえるか、ミツヒ。付いて来てもらおう」
立ち上がったドミニクさんは、部屋を出る。
あー、また変な事になりそうな雰囲気が漂ってきたよ。
力なく立ち上がってドミニクさんに付いて行けば、階段を下り地下に案内された。
通路の先にあったのは、地下とも思えない広間だった。
天井も高く、練習用の闘技場と言ったところか。
「ここは冒険者の階級試験で使用する部屋だ。ミツヒ、この木剣で私と稽古をしようじゃないか」
「え? なんで俺とドミニクさんが試合をするんですか?」
「別になんでもない。それに試合では無い、稽古だ。ミツヒに一寸興味があるだけだ。何があっても悪いようにはしないと誓おう」
「そうですか、わかりました。俺は魔法が使えないので剣だけになりますがいいですか」
「よし、結構だ、それでやろう」
やはりこうなるのか。
【捻り潰してやりましょう】
【いや、ダメだってば】
【こう、プチッと捻って】
【ハ、ハネカさん?】
【……ご武運を】
わからないハネカは置いておこう。
装備している剣を外して、手ごろな木剣を握る。
ドミニクさんも木剣で構える。
対峙して構えているドミニクさんから、闘気なのか覇気を感じる。
それに構えにも威圧が掛かっているのだろう、隙が無い。
結構やり込んでいるのだろうね。
勝てると言えば、勝てそうだけれど、ハネカじゃないけど、圧勝しても余計にドミニクさんの思うつぼにはまりそうだから、上手く立ち振る舞って見るかな。
構えたままで動かなかったので、相対するドミニクさんから声が掛かった。
「どうした、ミツヒ。いつでもいいぞ」
「はい。では行きます」
俺は腰を低く落とし、剣を後ろに向けて居合切りように構える。
対してドミニクさんは、俺の出方を待って一向に動かないでいる。
足に力を入れた俺は、人蹴りで残像を残しドミニクさんとの間合いに詰め寄り、剣で横、一刀両断する。
ドミニクさんは、冷静で瞬時に大きく一歩下がり、俺の剣を下向きにした剣で受け流した。
その流れでドミニクさんは、上段まで持って行った剣を一気に振り降ろしてくる。
軌道を見ていた俺は、数歩分飛んで後退し、振り切ったところに間髪入れず踏み込んで、左右上段からの連撃を放つ。
そこはさすがにギルドマスターたるドミニクさんだ。
慣性を、重力を無視した動きで剣を持ち上げ構え、真面に俺の連撃を受けた。
いかに木剣と言えど、鈍く硬い連続音をたてて広間に響き渡る。
「クッ!」
ドミニクさんは剣圧に負け始め押される。
――あ、不味い。
楽しくなっていたので調子に乗っていたよ。
すぐに俺は疲れた表情を見せながら、一度後退して飛べば、見逃さないドミニクさんは迷わず追うように上段から飛びかかって来た。
「ヅァーッ!」
今度はドミニクさんからの怒涛の連撃が繰り出された。
この攻撃も初めて受けるほど強く、速く、正確な剣さばきだった。
俺は軌道を見て受け続け、ジリ貧で押されるように後退する。
このまま受け続けて、何処かで転んだりすれば決着となるかな。と思っていたら意外な形で幕が下りた。
途中まで強い連撃を繰り出していたドミニクさんが、剣を止めて力なく下に下ろした。
ドミニクさんは両手を膝に付き、中腰になって、肩で息をしていた。
綺麗な緑髪の三つ編みも、力なく垂れ下がっているようにも見えた。
「ハァハァ、なるほど、わかった、フゥフゥ、ミツヒは強いな。それも相当な強さだ」
「いえ、まだまだですよ、ドミニクさん。俺はまだ鍛錬不足です」
「フゥ。おいおい、私にここまで息を切らせておいて、ミツヒは息一つ乱れていないのによく言うよ」
あ、閉まった。そうだよな、あれだけ撃ち込んだり撃ちこまれたら、普通呼吸が乱れるよな。
今回は仕方がないから、今後の課題としよう。
息も整ったドミニクさんは立ち上がり俺を見る。
「でもこの魔石の件は理解した。この事は私の胸に仕舞っておいた方がよさそうだ」
「俺も、ドミニクさんと、話と試合が出来て良かったです。では失礼します」
広場を後にして、ドミニクさんと手合せなどを談笑しながら階段を上がる。
俺はこの足でエントアの町を後にして、スマルクの町に行く事、そして鍛錬していることを話した。
ドミニクさんに受付まで見送ってもらって、リーザさんに挨拶をしてギルドを出た。
途中、一度振り返ってギルドを見たら、ドミニクさんとリーザさんが見送ってくれていた。
「ミツヒか……ミツヒは、これから何を目指すのだろうな」
「え? ドミニクさん。ミツヒさんと何かあったのですか?」
「いや、何も無かったよ。そう……何もね」
ドミニクさんは手が痺れているのだろうか、終始手を摩りながらも笑顔だった。
そして俺はミネストの宿には寄らずに、エントアの町の北にある検問所に向かう。




