2021年10月(1)
古城ミフユ
金曜日の夕方、大学の講義が終わった。一緒の講義を取っていた朱里先輩がいたので声を掛けてそちらの方へ行った。
「朱里せんぱーい」
苦笑する朱里先輩。
「何、その言い方」
「いやあ、たまには後輩らしく」
「似合わないから。冬ちゃん」
「ははは。じゃあ、これから行ってきます」
「ん。智絵美ちゃんによろしくね」
朱里先輩は手を振っていた。
私は新幹線に飛び乗って新横浜へ向かった。智絵美ちゃんと一緒にブラス・フリートとコメット・ストリングスの全体合奏練習に2回目の週末参加するためだった。
新横浜駅で降りると改札口に妹が迎えに来てくれていて力強く手を振っていたので振り返した。
「ただいま、ミアキ」
「お帰りなさい、お姉ちゃん。車、あっちだから」
車に行くとお父さんが運転席から軽く手を振っていた。ミアキが助手席に、私はバッグともども後席に収まった。
「ただいま、お父さん」
「おかえり、ミフユ。さてお母さんが首を長くして待ってるから急いで帰ろうか」
『うん!』
私と妹の声がハモった。
この日の夕食は鍋に豚肉と白菜を交互に敷いて日本酒を注いで蒸したものだった。ミルフィーユのように重ねられた熱々の白菜と豚肉を食べながら、ティエンフェイのみんなやブラス・フリートの様子の話をした。
「ティエンフェイで毎週練習はしてる。手伝ってくれる智絵美ちゃん、高校生の声優さんなんだけどギターが上手くて」
「お姉ちゃん、智絵美さんって映画で主人公の一人の蘆谷香久耶ちゃん演じてる子だよね」
頷く私。
「ギターも歌も上手いし練習熱心。さすがは俳優って感じ」
「映画は何回かミアキに観に連れて行かされてるけど、ミフユの歌も良かったわよ」
「照れるなあ」
「お義母さんも誉めてたね。呉の映画館でも映画はずっと掛かってるとか言ってらっしゃったな」
「ははは」
お父さんの一言はちょっと恥ずかしかった。歌う時、勝手にチセを名乗った手前、その点だけは未だにお祖母ちゃんごめんね!感はある。
翌朝、ホーレイシア達が合奏練習を行なっている貸しスタジオに向かい、ブラス・フリートとコメット・ストリングスのメンバーと再会すると早速合奏練習に入った。
合奏自体は去年夏にやっていた。ただ智絵美ちゃんと金管・弦楽パートとでお互いの演奏に慣れてもらう必要はあった。智絵美ちゃんはギターも弾くので大人数の合奏への慣れも必要だった。
この日の練習終了後、ホーレイシアの招待で彼女の家にお泊まり会になった。お母さんは鹿児島出身で英国まで留学したビジネスパーソンだった。お父さんは華僑・スコットランド系英国人でお母さんが大好きで追いかけてきた人でコラムやノンフィクションを手掛ける作家をされている(ホーちゃん曰く家を仕事場にしていて主に家事をやるのはダッドなのとの事)。
ホーちゃんのダッドとマムに歓待されてホーちゃんとのベッドの脇に敷いてもらったお布団で枕を並べて寝た。たまにメッセやビデオチャットでやり取りしていたけど会うのは久しぶりだったから遅くまで話し込んでしまった。
2日目。合奏練習で再びさらっていたら昼過ぎに琴乃さんが様子を見に来た。
「一通り聞かせてくれるかな?」
最初にフリート&コメットが映画OPのインスト曲「Strand,Thread,Shuttle」を演奏した。映画OPでは主人公三人の三者三様の日常や起きた出来事が描かれていて、その背後でその世界の意味を曲が示している。世界観の提示をしている曲だ。
2曲目からは私と智絵美ちゃんも参加するヴォーカル曲。「Finest hour in my life」吹奏楽・弦楽シングル・ヴォーカル版と「Yarn of doom」(これも吹奏楽・弦楽シングル・ヴォーカル版だ)を私が歌った。
私が歌い終わると琴乃さんが智絵美ちゃんに質問を投げかけた。
「智絵美ちゃんって、冬ちゃんのパートも歌える?」
「一応お遊び程度ですけど練習はしてます。このバージョンの曲も好きだし」
「じゃあ、智絵美ちゃん、これから演ってみない?」
「いいですよ」
「フリートとコメットもいいかな?」
「いいですよ」
フリート&コメットは特に異論ないようだったので智絵美ちゃんの準備が終わるとすぐ演奏になった。智絵美ちゃんの歌は神戸の練習で聞いてはいるけど私のパートを演るのは聞いた事がなかったので新鮮だった。
琴乃さん、この時ヴォーカルを私と智絵美ちゃんを相互に入れ替える事も一瞬考えていたんだという(ティエンフェイはギターでは残る)。ただ、智絵美ちゃんが香久耶役だという事もあって結局は思い止まったと言われたけどこれは後日のお話。
最後に『Finest hour in my life』のダブル・ヴォーカル版。本来はフリート&コメットとティエンフェイ・フルメンバーが必要だけど今回智絵美ちゃんのギター以外は用意したシンセ音源で代用した。
演奏が終わると琴乃さんは拍手してくれた。
「フリートとコメットのみんな、会場は東京も神戸も大きいのでPAが入るけど、でもあなた達でもしっかり音を出して。ホールのリハで体感は出来ると思うけど小編成な分、各パートがしっかりやらないと隅々まで音が届かないから。あとは良かった。これなら大丈夫かな」
問題はティエンフェイがこんな規模の演奏に耐えられるかどうかだった。気になったので合奏練習が終わった後で琴乃さんに相談してみた。
「智絵美ちゃんは声の仕事とかで経験があって大丈夫だと思いますけど、私達せいぜい数百名規模でしかやった事がないのでちょっと大丈夫かなあと」
でもよくよく後で聞いてみたら智絵美ちゃんも1000名超えるようなイベント体験はないそうで「ちゃんと確認して下さいよ、冬ちゃん」と小言を言われた。
琴乃さんは少し上を見て考え込んでいたけどすぐ左手の平を右手の拳でポンと叩いた。
「んー。そうねえ。ティエンフェイには武者修行的な演奏機会を設けられるけどやる?っていうかやろうよ」
この琴乃さんの思いつきをメンバーで相談した結果、受ける事にした。




