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私達の最良の時/私達は幸いなる少数  作者: MV E.Satow maru
第3章 私達は幸いなる少数
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2021年8月(3)

古城こじょうミフユ


 ティエンフェイは24日から演奏練習を再開した。といっても当面ギター抜きでのスタジオ練習になった。


 ギターのオーディションは「カラオケ居酒屋の誓い」のあった週末28日土曜日に行った。

件の声優本人がふーちゃんのスマフォ(つまりティエンフェイ公式連絡窓口)に電話してきて「いつでも伺いますから私のギターを聞いて下さい」と言ってきたのだった。

琴乃さんに聞いたら彼女の暴走に近い完全なフライングだったらしいけど私達は知らなかったので「思ったより早いね」と言いながら土曜日に大学の部活棟のスタジオに来てもらったのだった。


 後に彼女曰く、話は琴乃さんからすぐ来たけど事務所の対応が遅かったので、


「落とされるも落とされないもオーディション結果次第なんだから、合格ならペーパーワークを進めたらいいじゃないですか。時間が足りないだろうに何を言ってるんだか」


なんて啖呵をきって来てくれたのだった。


 彼女の名前は茶屋智絵美ちゃやちえみさん(本名は茶谷智絵美ちゃたにちえみさん)、高校2年生。「Sync.Thread」の主演声優の一人で蘆谷香久耶あしたにかぐや役を演じた子だ。映画インタビュー記事の写真とかロングの髪、眼がパッチリとしたガーリーな子が写っていたけど、髪をまとめてメガネ姿、洗いざらしのミリタリーっぽいもライトモスグリーンのシャツにジーパンという至って普通の格好で写真にあるようなオーラ出していなかった。


「これが普段の格好ですよ。写真撮影はスタイリストさんとかいますし。あんな化粧とか服装、仕事じゃなかったらしません」


そりゃそうだよねと頷く私達。


 オーディションというかテストではまずギターの演奏をみせてもらった。智絵美ちえみちゃんが持参のエレキギターをアンプにつないで音を確認すると朱里しゅり先輩が告げた。


「曲はおまかせ。弾ける曲をやってみせてくれる?」


頷く智絵美ちえみちゃん。私たちは適当にパイプ・イスに座った。


「じゃあ、ります」


智絵美ちえみちゃんは『Anchor aweigh』を弾いてみせてくれた。相当やりこんでいるのが分かる。

『Anchor aweigh』はティエンフェイオリジナルのライブオープニングのインスト曲だ。ネットで音源は公開しているけど演奏のみで楽譜は載せてない。

演奏を終えた瞬間、ティエンフェイ作曲担当のふーちゃんが聞いた。


智絵美ちえみちゃん、これは耳コピかな?」

「はい。ネットで公開されている音源聞いて私なりの解釈でやってみました」

「ふーん。じゃあ、今の曲の楽譜渡すから私とセッションしよ」


慌てて朱里しゅり先輩が割り込んだ。


「ちょい待ち。次の歌とギター弾き語りやってもらってから。決めた通りやろう」


ふーちゃんと智絵美ちえみちゃんは『はーい』と答えた。


「じゃあ、茶屋さん。次は弾き語りをやってみてくれる」


 頷くと茶屋さんはエレキギターを構えると『Around the world』を弾き語りしてくれた。この曲は静かな曲だ。エレキギターでどうやるかなと思ったら、しっとりと丁寧なメロディを紡いでいた。

 いやー。先ほどの『Anchor aweigh』もそうだけどティエンフェイの事をとっても研究してるなあって思った。でないとこういう選曲はないだろう。歌も上手い。合奏練習すればいけそう。朱里しゅり先輩、ふーちゃん、中谷ちゅうやちゃんも「いける」という表情をしていた。


 この後、ふーちゃんと智絵美ちえみちゃんの「Anchor aweigh」のセッションを聞いたけど、ふーちゃんがリードした時はしっかり食いついて行った。

ニヤリとしたふーちゃんはキーボードから手を離すと言った。


智絵美ちえみちゃん、リードして」

「ラジャー」


 彼女、ふーちゃんとのセッションは省エネ演奏だったらしい。即興で「Anchor aweigh」の旋律を高速演奏して見せてきた。笑い返してきた智絵美ちえみちゃんに対して今度はふーちゃんがギヤをあげてキーボードで迎撃した。とても楽しそうだった。


タイミングを見て朱里しゅり先輩が二人に声を掛けた。


「ふーちゃんも智絵美ちえみちゃんも一旦休憩。今度はみんなで何曲か演奏してみない」


「異論なし」と中谷ちゅうやちゃん。私も同様だった。


 智絵美ちえみちゃんはこの日西宮のホテルを取っているとの事だったのでオーディションテストを終えると夕食会と称して例の居酒屋カラオケに連れて行った。

当然ながら彼女にお酒は不味いので今日はウーロン茶などソフトドリンクだけになった。


「どうですか、私?」


 智絵美ちえみちゃんが聞いてきた。私達はついつい演奏にのめり込んで合否伝えるのがすっかり抜け落ちていたのだった。


「あー。それは慎重な審議がいるから智絵美ちえみちゃんは外に出てくれる?」


ふーちゃんがニヤニヤしながら言った。朱里しゅり先輩がかぶせた。


「あ、部屋を出なくて良いからね。別に良くなきゃこんな時間まで一緒に演奏したり食事誘ったりしないから」


きょとんとした智絵美ちえみちゃん。


「という事は?」

智絵美ちえみちゃんの事務所と琴乃さんの方で話し合いがつけばGO。参加して欲しい。異論無いよね、みんな?」


 無論、誰も異論は無かった。智絵美ちえみちゃんはガッツポーズして喜んでくれた。こちらこそお礼をいうべきなのに。


 ウーロン茶をみんなに回すと中谷ちゅうやちゃんが立ち上がり一言、言わせて欲しいと言った。みんな、中谷ちゅうやちゃんに注目した。


「私、あいつが夢に出てきて音楽きかせろって言われた時、でもあんたがいないじゃん、私には意味ないんだよって思った。だってこの道に誘ってくれたのはあいつ。ギターやるからベースかドラムをやってって言ってきたのよね。それが私の音楽の入り口だった」


中谷ちゅうやちゃんの息を吸い込んだ。


「でね、夢の中でまたあいつが言うのよね。音楽で生まれたつながりは音楽を通してしかアクセス出来ないんじゃないのって。……これねえ。高校生の時にあいつと私がみた映画でそれを連想させそうなシーンがあって。ま、それを思い出しただけだとは思うんだけどさ。でもそれは一片の真実でもあると思う」


中谷ちゅうやちゃんは智絵美ちえみちゃんの方を向いた。


智絵美ちえみちゃん、手を挙げてくれてありがとう……って事務所次第なんだろうけど、今日一緒に色々と演奏できただけでもうれしかった。あいつの音楽を紡げるのはまず私達ティエンフェイだから。智絵美ちえみちゃんはもううちらの仲間だよ。今度あいつが夢に出てきたら『今はちょっと待って。コンサートで絶対にうならせる演奏を聞かせるから』そう言ってやるんだ。智絵美ちえみちゃん、みんな、コンサート本番」


中谷ちゅうやちゃんが言おうとしている最後の一言ぐらい、みんな分かった。


「頑張ろう!」


彼女がそういった時、みんな思いは一つだった。


「頑張ります」

「頑張る……って智絵美ちえみちゃん、後で衣装の話させて」

「頑張ろうね。……中谷ちゅうやちゃん、さっさと歌詞書いてね。曲早く付けたいし」

「うん、頑張ろう!」


……うーん。結構バラバラだったな。みんなで苦笑しつつウーロン茶で乾杯した。


という事でこれが智絵美ちえみちゃんの加入の事実上の内定となったのだった。


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