2021年8月(1)
古城ミフユ
私は夏季休暇に入って呉のお祖母ちゃんの家に帰った。妹は1人新幹線に乗って帰ってきたので広島駅までお祖母ちゃんの車を借りて広島駅まで迎えに行った。
夕方、広島駅の新幹線改札前の人混みの中で待っているとスラッとしたきれいな少女が手を振って来た。ミアキだった。あいつ、また背が伸びてるし。
「お姉ちゃん、車の運転好き?」
駐車場に止めたお祖母ちゃんの軽乗用車に二人で乗るとそんな事をミアキに聞かれた。
「好き。めっちゃ好きかは分からないけど移動の自由って大事かな」
「ふーん。じゃあ音楽は?」
「それを聞く?」
「うん。自ら閉じ篭もってるだけに見えてる。本当にあのお姉ちゃんがそんな事を望むのかなあって思ったけど、あとはお姉ちゃん達の問題だから。でも歌っていたお姉ちゃんを見たいと思ってる人は多いと思う。私もそう。映画もとっても良かったもん」
何も言えなかった。ミアキはそっと言った。
「私の言うべき事じゃないと思うからもう言わないけど、でも一度だけ伝えたかったから。生意気言ってごめんね」
「ううん。いいよ、ミアキ」
そんな話をしながら裏道を駆使して山側からお祖母ちゃんの家に帰った。このルートだと最後に峠からお祖母ちゃんの家あたりまで呉の町並みと港の光景を堪能できる。
「うわあ。ただいま帰ってきました、呉!って感じ」
ミアキは車から見える呉の風景を見てそんな事を言っていた。
お祖母ちゃんもティエンフェイの私達に何があったか聞いていたらしく音楽については特に触れなかった。
毎日、祖母の手伝いをして妹と遊び、紘子ちゃんや雄一くんと広島市内へ出かけたりした。そしてお盆前には両親も帰って来たので、また車で迎えに行った(この時は雄一くんが紘子ちゃんに良いところ見せたかったみたいで雄一くんの家の車で私達姉妹と紘子ちゃんで行ったのだった)。
お盆の迎え火の夜。
私はみんなとひたすらセッションをしていた。摩耶がリード・ヴォーカル、私がコーラスだったり、その逆だったり。歌った事のない曲まで歌った気がする。最後の歌を二人でハモって歌い上げた直後に摩耶が私の瞳を見つめながら笑顔で言った。
「私はあなたの中にいる。歌ってよ。でないと本当に私、死んじゃうよ?」
そういうと摩耶は叫んだ。
「いっけー!冬ちゃん、みんな、ティエンフェイ」
……私は体を起こした。頭を振りながら隣で寝相の悪い妹を避けながら窓の方に近付いてカーテンを少し開けた。休山の方はうっすらと白み始めていた。
妹が目を覚まして布団の上で体を起こして目をこすっていた。
「お姉ちゃん。さっき歌ってなかった?」
「夢の中で歌っていたかも」
「目が覚めてなかったからはっきりしないんだけど、鼻歌かなあ。……なんかとっても楽しそうな感じに聞えたよ」
「そう?」
「うん。……ってお姉ちゃん、まだ4時じゃん。もう少し寝るね」
「寝る子は育つし。お休み、ミアキ」
「お姉ちゃんももう少し寝たら。美容に睡眠不足大敵だよ」
苦笑しながら私ももう一度ふとんに体を横たえた。
私はお盆の送り火の日の夜にティエンフェイのみんなにメッセを送った。
ミフユ:みんな、神戸に戻ったら一度揃って会って話をしたい。私は妹にこのままでいいの?って言われた。続けるにしろ、しないにしろ一度はっきりさせなきゃダメだと思う。
すぐ中谷さんから、そして堰を切ったようにみんなから返信が来た。
ちゅうやちゃん:あいつが夢に出た。人に聴かせないで何が音楽なの?って爆笑されて、このままなら化けて出るよ?って言われた。
ふーちゃん:音楽は聞き手がいて成り立つもの。確かに摩耶ならきっとそう言いそう。
しゅり:はっきりさせなきゃって話は賛成だけど摩耶の事を都合良く解釈してないかな。
ちゅうやちゃん:否定はしません。でもあの子の歌、Finest hour in my lifeの大元の物語を考えたら私達が想わずして誰が想うのかなって。
ミフユ:私も摩耶の夢を見た。みんなと一緒にセッションして最後に歌い終わった時に「私はあなたの中にいる。だから歌ってくれないと死んじゃうよ?」って言われた。
ふーちゃん:実は私も似たような夢を見た。私には「もっと曲を書いて」って言われた。
しゅり:あー。みんな摩耶の事想いすぎ。私もなんだけどね。
しゅり:私は「いっけー!朱里ちゃん、ティエンフェイ」って言われた。落第とかしてないのに摩耶に先輩と言われなかったのは心外だったけどさ。
ちゅうやちゃん:朱里先輩、先輩が落第しても私は先輩ってちゃんと言いますよ?
しゅり:中谷ちゃん。その時は君も落第しているよ、きっと。だから心配はしてない(真顔)。
私は中谷ちゃんと朱里先輩のやり取りには思わず笑ってしまった。
みんな、いつ学生寮に戻るか日程を確認して全員揃う日に寮近くのカラオケ居酒屋で議論しようという事になった。




