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私達の最良の時/私達は幸いなる少数  作者: MV E.Satow maru
第2章 千切れる糸
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2020年5月24日日曜日 大学祭閉会式

古城こじょうミフユ


 ティエンフェイの面々は閉会式での演奏を終えると楽屋に割り当てられていた部屋に戻ってきた。昨日の音楽祭でベストアクトに選ばれたおかげで今日もう一度舞台に上がって当初3曲の予定がアンコール1曲を加えて4曲披露することが出来たのだった。


「いやあ、アンコールって気持ちいいねえ」


私がそんな事を言うとギターで本来のヴォーカル担当の西田摩耶にしだまやこと摩耶まーやが笑った。


「私もアンコールの拍手はゾクっとする。冬ちゃんがこのまま続けてくれたらまた体験できるよ。ダブル・ヴォーカルもやってみたいし」


そう、大学祭までの話で私のヴォーカル助っ人は始まったんだった。


 ドラマーの中谷皆美なかたにみなみこと中谷ちゅうやちゃんが言う。


「いやさ、アンコールが気持ちいいならもう辞めたら禁断症状でるよ?アルコールと同じだからさ」


 キーボード担当、比嘉ふみよことふーちゃんは呆れた。


「ちょ、中谷ちゅうやちゃん。そんなの言い過ぎ。薬じゃあるまいしさ。でも、いいよね。アンコールの拍手は」


まあ、ふーちゃんもハマってる訳ね。


 ベースの北見朱里きたみあかり先輩は澄まし顔でいう。


「続けたらさ、何回でも味わえると思うよ。君の声は私も好きだし。あと1年だけ続けてほしいな」


それに摩耶まーや、ふーちゃん、中谷ちゅうやちゃん三人が速攻でツッコミを入れた。


朱里しゅり先輩、4回生で引退だしとか個人都合でこの子にそんな事言うのはエゴ出すぎ!』


バレたかと舌を出す朱里先輩。


 そんな事を言い合っていたらドアがノックされた。昨日もメンバーの家族や友人がよく来ていたし、私の両親、妹や親友たちも来ていたのでそういう人たちかなと思ったら違った。


 その人はセミロングの髪で身長は170センチぐらいと高め。私たちより少し年上の女性でサングラスをしていた。クリーム色の薄手のジャケットとパンツにブラックのシャツを合わせていてきれいな人だったけど見たことがあるような、ないような感じ。誰の知り合いなのかな。

サングラスを外すと鋭い眼光をしたきれいな人だった。


「はじめまして。私、音楽関係の仕事をしている琴乃ともうします。ティエンフェイの皆さんの楽屋はこちらでいいのかな?」


『Around the World』を作曲・作詞して歌った当の本人がドアの前に立っていた。もうみんなは仰天。


「ええと。あの琴乃さんですか?ひょっとしてあなたの曲をカバーで歌ってたことで何か問題があったでしょうか?」


とプロデュース担当でもあるふーちゃんが聞いた。


「いいえ。そういうお話なら私が来たりはしません。別のお話でちょっと皆さんの時間を頂いてもいいかな?」


琴乃さんには笑顔でそう返された。無論拒否する理由はなく部屋に入ってもらった。摩耶がさっと動いてお茶のペットボトルを出して渡した。


「このようなものですいませんが」

「あー。気にしないで。単刀直入に話するね。やっている仕事の関係で大学のバンド聞いて回っていて気になって一言話をしたいなと思ったから寄ったの。お邪魔じゃないといいんだけど」


みんな一斉に顔を横に振った。「バードさんの日本旅行記」のスマッシュ・ヒットから数年経ているけど琴乃さんの仕事はこの作品をきっかけに広がっていてよく知られている。そんな人がわざわざ来てくれた訳で邪魔なんてことがある訳がない。


「昨日の演奏も聞いたけどとっても良かった。何の約束もまだできないけどお仕事のオーディションのオファーはできるかもしれない。そういう事に興味ある?」

「興味ありますけど、どういう内容なんですか?」


とは摩耶が食い付いた。


「今、関わっているお仕事でね。ただ内容は守秘義務の関係があって言えない。オーディションのオファーさせてもらう時はあなた方にも守秘義務契約は結んでもらった上で詳しい話をさせてもらう事になると思う」

「琴乃さんがオーディションの候補探して声かけてるんですか?」

「あなたは摩耶さんだったっけ?みんなもだけどこの話はネットとか書かないでくれる?」

「はい。もちろん」


私も含めて他のメンバーも頷いた。


「御察しの通り、一般募集はしない。秘密保持もあるけど見込んだ相手を絞ってオーディションで決める予定。これ以上は言えないな。ごめんね」

「ありがとうございます」


摩耶まーやが琴乃さんに一礼した。


「あなたたちのデモテープがあればうれしいけど、あれかな?ネットにアップしたりしている?」

「はい。登録していくつかデモ音源を公開してます」

「そのサイトのURLを教えてくれない?あとあなたたちティエンフェイへの連絡先も。ひょっとして、どこか契約しているならそちらの連絡先でもいい」

「あー。そういうのはしてないですね。ふーちゃん、連絡先の電話番号はいつもの書いていいよね?」


摩耶まーやは琴乃さんがトートバッグから取り出して差し出した小さなノートとペンを受け取るとさらりとサイトURLと連絡先としてティエンフェイの公式サイト用メールアドレスと対外窓口担当でもあるふーちゃんのスマフォのIP電話番号を書き込んだ。


 ノートとペンを摩耶から受け取った琴乃さんは丁寧にトートバッグにノートをしまった。


「ヴォーカルはチセさんが助っ人だって言っていたけど?」

「はい。私が喉の調子が悪くて少しドクターストップが掛かってたので彼女を寮内でリクルートして入ってもらったんです。続けてくれたらダブル・ヴォーカルでも行こうかなと。なのでデモ音源は私が録音したものが入ってます」

「了解。そこは勘案して聞かせてもらうわ。他も聞いて回っているのでその中で良いと思ったバンドにはオーディションのオファーを送りますから。その時は内容を見て受けるか検討してみて。連絡がなかったらごめんねって事なので」

「はい」


摩耶まーやが代表して答えた。こうしてこの日一番驚いた出来事の震源地となった琴乃さんは「昨日、今日と聞いていて『Finest hour in my life』が特に良かった。歌詞は摩耶さん?気持ち入っていて好きだな。じゃあ」そう言って琴乃さんは帰って行った。


「うわあ。憧れの人だったので感激。しかも私たちの演奏を褒めてくれただなんて」


思わず琴乃さんが帰った直後に言ってしまった。


 すかさず中谷ちゅうやちゃんが言う。


「冬ちゃんはそうだよねえ。琴乃さんは『Around the World』のシンガーソングライターだし」


そう私がのめり込んでいた長編アニメ映画「バード夫人の日本旅行記」の主題歌の人なんだから当然単なるファンになってしまうところがあった。


「とはいえ音楽の仕事のオーディションの話があるかもっていう事だからあんまりミーハーにはならないで。受けるかどうかは琴乃さんが私たちを選んでくれた上で詳しい資料が来てから考えるしかないけどね」


 朱里しゅり先輩が冷静にそう言った。流石は1年上の先輩。落ち着いている。


「……実は私も彼女のファンだからサインぐらいもらえばよかったな」


朱里しゅり先輩、余計な事を言うから私と変わりないって事が分かって、笑ってしまった。


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