2020年1月(1) 事の起こり
神戸総合大学深江キャンパス軽音楽部のガールズ・バンド「ティエンフェイ」唯一のヴォーカル西田摩耶が喉の不調を訴えた。バンド内は上へ下へ大騒ぎ。メンバーは摩耶を病院に連行して検査を受けさせた。
「大げさだよ」
逃れようと摩耶は抵抗していた。病院って好きになれないんだよなあ。そう彼女は思っていた。
「抵抗は無駄。あんたの声は私達の声なんだから言う事聞きなさい」
先輩メンバーの北見朱里から諭されて諦めて検査を受けたのだったが、医師の診断では大した事はないけど歌を歌い続けるなら手術はした方がいいだろうねと言われていた。
西田摩耶を含め海事科学部学生で船乗りを目指している学生は航海実習があるし手術は早めにやった方が良いだろうと春休みに受ける事になったが,その後3ヶ月は喉を酷使しないようにと言われていた。
女子学生寮の食堂で行われた緊急ミーティングは紛糾した。プロデュース担当、キーボードの比嘉ふみよが言った。
「摩耶の喉、手術を3月にしたら歌は5月いっぱいダメって学祭ライブが不味いよ」
そう、神戸総合大学深江キャンパスの大学祭は5月下旬の土曜日・日曜日、2020年の場合、5月23日・24日に行われるのだ。
「ヴォーカルの代役を探すしかないよね。六甲キャンパスの連中に頼む?」
そう言ってみたのはメンバー唯一の2回生、北見朱里だった。
あの子が文句言いそうだけどなと朱理は予想した。
「そ・れ・は・い・や・で・す」
案の定、ギター&ヴォーカル担当の西田摩耶が却下した。
ライバル意識はあるし、大学音楽クラブ・サークル対抗戦とかあるから借りは作りたくない。看板のヴォーカルで連中の協力を得るのは絶対に嫌だ。
「はい、はい。そうだよねえ。そうなると寮内で出来る子がいないかな。素人でも練習すれば即戦力」
なんて無謀な事を言い出したのはドラム担当、中谷皆美だった。筋肉&明るい前向きバカを自認している。
北見先輩が言い出した事は本当は考えた方がいいと思ったけど、摩耶が受けるはずがないからねえ。困ったなあ。
早々ヴォーカル候補なんて出てくる訳もなくこの日のミーティングはお開きになった。