魔女の気まぐれ
twitterの#魔女集会で会いましょうのタグにめっちゃ影響されました(笑)
素敵な作品が多くて、作品をツイートしてくださっている皆様に感謝です。
オーーーン
その日は、狼の遠吠えがよく聞こえる日だった。
日課の夜の散歩中に、幾度となく、闇夜の森に響き渡った。
「何かあったのかしら?」
もし、厄介ごとならば、早めに教えて欲しいと思っていたら、何やら泣き声がしてきた。
「やだ、もう厄介ごとの臭いが…」
魔女という生まれにより、厄介ごとには慣れているけれど、好んで関わりたいとは思わない。
聞こえなかったことにしようと、別の道を行くが、先ほどの泣き声はどこまでもついて来る。
「あぁ、もう!」
泣き声が段々と弱々しくなっていくのがいたたまれなくなって、勢いよく後ろを振り返るとソレはいた。
身体中が傷だらけで、ぼろ雑巾よりも酷い有り様の服は、血で黒く染まっているよう。
大きな耳をぺたんと後ろにつけて、怯えながらも何かを大事そうに抱えていた。
「人狼族のおちびさん、迷子になったのかしら?」
この魔女の住む森に隣接する、獣人の国にはたくさんの種族の獣人が住んでいる。
そのうちの一つである人狼族は、この森の浅いところを狩り場にしていることもあって、顔見知り程度には交友関係がある。
おちびさんたちが、度胸試しとかで森の奥に入り、迷子になってしまうのは珍しくない。
だって、ここは魔女の森。
そういう魔法がかかっているのだから。
迷子かと、おちびさんに問うと、おちびさんは首を横に振る。
「あら、じゃあ、わたしにご用かしら?」
それも違うと首を振る。
「あらあら。じゃあ、もしかして、捨てられたのかしら?」
そう問うと、再び大きな声で泣き出した。
人狼族がおちびさんを捨てるとは、よっぽどの理由があってのことだろう。
そして、その原因は、おちびさんが大事に抱えているものだろう。
「その卵を捨てろと言われたんじゃなくて?それをいやだと、長に逆らったのかしらね〜」
おちびさんはピタリと泣き止み、潤んだ大きな目に、恐怖の色を宿した。
「わたしは、この森の魔女よ。わたしに知らないことはないの」
魔女という言葉に、可哀想なくらいガタガタと震えるおちびさん。
「その卵と一緒に、あなたも拾ってあげる。さぁ、おいでなさい」
差し出した手と卵を交互に見つめ、おずおずとわたしの手を握った。
「ふふっ。今はお眠りなさい」
傷ついた体を抱きかかえ、眠りを促す魔法をかける。
腕の中で重みをましたソレに、自然と笑みが浮かぶ。
独りも飽きてきたところだったし、しばらくは楽しめそうだわ。
おちびさんが目を覚ますと、ひとまずお風呂に入れた。
血や泥で汚れていて、我慢できなかったの。
お風呂で傷がなくなっているのに驚いていたけれど、わたしを誰だと思っているのかしら?
魔女よ。怪我を治すくらい、簡単なこと。
食事を与えて、元気が戻ると、おちびさんから事の経緯を聞き出した。
「卵がよくないものだって。長はそう言ったけれど、おれにはそう思えなくて。逆らうなら、ようしゃしないって言われて、突然、長がおそってきて…」
予想通りすぎて、面白味がない。
人狼族といえば、群れの中で一番強くて、賢いものが長となる。
そして、長に逆らうということは、長に相応しくないと、長の座をかけて戦いを挑むのと同じ。
このおちびさん、狼の本能が薄いのかしら?
他の人狼が止めに入っていないってことは、この卵がなんなのかわかっていたようだし。
面白そうだから、卵の正体は黙っておきましょう。
「それで、はぐれになっちゃったのね」
大人であれば、群れを追い出されても、なんとか生き延びれるでしょうけど、おちびさんなら死んでもおかしくないわね。
あの怪我だったし。
あぁ、あの遠吠えは、おちびさんへの弔いだったのかも。
「で、おちびさん、名前は?あるのでしょう?」
「……ルカ」
「ルカ、わたしはナーリアよ。リアお姉様と呼んでね」
冗談で言っただけなのに、なんだか冷たい視線で見られた。
冗談なのにな。
「…リアねえちゃん」
……まぁ!
悪くないわ!
ちょっと恥ずかしそうにしている顔なんて、可愛げがあっていいわ!!
「ルカ、今日からここがあなたのお家よ。よろしくね」
ルカがいる生活は、思っていた以上に楽しかった。
いやがるルカを魔法で押さえつけ、尻尾を櫛で整えてあげるときが一番楽しい。
悔しそうに、涙を溜めながら歯を食いしばって、わたしのなすがまま。
ルカの尻尾、凄く気持ちいいのよね。
だから、一緒にお風呂に入って、耳と尻尾は念入りに手入れをする。
ルカがわたしのもとへ来たのは、夏の終わり頃だった。
秋には二人で森の恵みを採りに行ったり、冬には暖炉の前でだらしなく眠るルカの尻尾で遊んだり。
春になると、新しい家族が生まれた。
「ルカ、もう少しかかるわよ?」
「ん。いい、待ってる」
「そう。じゃあ、たくさん声をかけてあげなさい」
ルカにそう言い残して、わたしは調べ物のために書庫へ入る。
お目当の本を読み込んでいると、頑張れというルカの声が聞こえた。
これから生まれてくるものための餌が、思った通りだったので、どうやって調達するか考えていたときだった。
「リアねぇ!リアねぇ!!」
ちょっと前までは、リアねえちゃんだったのに…。
寂しく思う反面、ルカがわたしとの生活に慣れてきた証拠だろうと諦める。
「はいはーい。生まれた?」
ルカのもとへ戻ると、ピィピィという小鳥のさえずりのような鳴き声がしている。
「リアねぇ…これって…」
生まれたばかりで、どうしていいのかわからず、しかも、とんでもないものが生まれたと慌てふためくルカ。
「落ち着きなさい。ようこそ、魔女の家へ、ドラゴンさん」
生まれたばかりのドラゴンに話かけると、言葉がわかるのかピィと返事をした。
さすが、どんなに小さかろうと、ドラゴンはドラゴンってことね。
「…やっぱり、ドラゴンなのか?」
「そうよ。だから、人狼族の長は、卵を捨てなさいって言ったの。わかるわよね?ドラゴンは脅威だもの」
「でも、捨てなくてよかった」
落ち着いたのか、ドラゴンを撫でながらルカはそう言った。
「そうね。だから、ちゃんとルカがお世話をするのよ?」
「うん!」
ドラゴンにルファと名前をつけて、こまめにお世話をするルカだったが、どうしても餌だけは上手く与えることができなかった。
「はい、よく噛んで……飲み込んじゃだめ!!」
それでも、ルカの喉は動き、口の中のものを嚥下したのだとわかった。
「…できない」
ドラゴンの赤ちゃんは、歯が生えてくるまで親が食べやすくして与えている。
なので、生肉をよく噛んで、それを与えようとしているのだけど、ルカはすぐに飲み込んでしまう。
口にした生肉を出せないのだ。
獣としての本能かもしれないが、それではルファに餌があげられない。
何度も練習したけどだめだったので、ルファの餌やりはわたしの役目となった。
「ルファの歯が生えたら、ルカがご飯あげてね」
ルファの餌やりを楽しみにしていただけに、ルカはかなり落ち込んだ。
耳はぺたんと伏せられ、尻尾も力なく垂れている。
ルカを慰めていると、ルファが待たされすぎて不機嫌にピィと鳴いた。
生肉の味は美味しいものではなかったけれど、しっかりと噛んで柔らかくし、ルファに与える。
最初はルファも、ルカからじゃないの?って顔をしていたけど、食欲の方が勝った。
凄い食欲で、わたしの顎が痛くなったほど。
毎回これだとわたしが辛いので、知り合いの魔女に相談することにした。
彼女の使い魔はドラゴンで、そのドラゴンを溺愛と言っていいほど可愛がっている。
「知り合いの魔女のところへ行ってくるから、留守番してて」
そう告げると、わたしが出かけることに驚いたルカ。
失礼な。
わたしにも、少しは知り合いくらいいるわよ。
けして、誰か来ても扉を開けてはいけないと注意をして、わたしは出かけた。
知り合いの魔女に、ドラゴンについて教えてもらい、ついでにいい肉と肉を柔らかくする道具までもらってしまった。
クルクル取っ手を回すだけで、肉が無数の刃で細切れになり、柔らかい状態で出てくるという優れものだ。
料理にも使えそうなので、かなり嬉しい。
「ただいまー」
家に帰ると、ルカが突然抱きついてきた。
耳がぺたんとなっているので、初めての留守番は寂しかったのかもしれない。
ルファも一生懸命ピィピィと鳴いて、わたしが抱きあげるとすりすりと身を寄せてきた。
ルファも寂しかったのかもしれないが、たぶん、お腹が空いたのだろう。
急いで、もらった肉を柔らかくしてあげると、凄く喜んでいた。
この肉、夕食にも使おう。
二人と一匹で過ごす時間はとても穏やかで、楽しくて、あっという間だった。
「ルファも大きくなったわね〜。そろそろ不便だし、使い魔になっちゃう?」
以前、知り合いの魔女に教えてもらったのだけど、ドラゴンはある条件を満たすと、大きさを自由に変えられるらしい。
その条件はドラゴンが望んで契約をすること。
番であれば、番の大きさに合わせるけれど、魔女や人間と契約したときにも、可能だとか。
契約自体、強いドラゴンが有利なので、いやになったらやめて離れることもできる。
「クワァ!」
尻尾をブンブン振り回して、頭をグイグイわたしにすることで承諾したのだとわかった。
『汝、ルファ。我、セナンの森の魔女ナーリア、ここに使い魔の契約を結ぶ』
魔力を乗せた古語で紡げば、契約は完了。
ルファはそれがわかったのか、すぐに体を小さくしてわたしにしがみついてきた。
「はいはい。じゃあ、ご飯にしましょう。ルカがあなたの肉を用意してくれているわよ」
ルカも大きくなると、自然と森で狩りをするようになった。
この前は大物の熊を仕留めてきたので、わたしが驚いたくらい。
「クワァ〜」
器用な子で、わたしが適当にすませていた、家の掃除や料理なんかもするようになって、わたしより上手いし美味しいし、ちょっと複雑。
「リア、終わった?」
しかも、ずいぶんと格好よくなったもんだわ。
昔は、くすんだ灰色の毛並みだったのに、今では輝かんばかりの銀色で、わたしの手入れがよかったのか、サラッサラッのふわっふわ。
髪の毛も月の光を集めたような白金だし、顔の造形も凛々しくて、体もさすが人狼族というくらい引き締まったいい体をしている。
成体になってずいぶん経つのに、人狼の本来の姿を見せてくれないし。
全身もふもふ、楽しみにしてたのよ!
「えぇ。ルファ、可愛くなったでしょ」
小さくなったルファをおいでおいでするルカ。
呼ばれたルファも、嬉しそうにルカのもとへ飛んでいく。
「何、羨ましいことやってんだよ」
「クルルル(ルカもやればいいだろ)」
「…そんなガキ臭いことできるかっ!」
仲よさげに会話をしている姿を見ていると、ずっとこのままでいたいと思う。
だけど、そろそろルカを独り立ちさせるべきだろう。
人狼族は満月の日に本能が強くなる。
性衝動も強く、番を探し求めてさまようこともあるらしい。
ルカが満月の夜に、家から抜け出しているのに気づいたのはいつだったろうか?
ルカが言わないことを理由に、この生活を引き延ばしていたのがいけなかったのかもしれない。
「あら。珍しい」
その日、ある村から手紙が届いた。
人間には珍しく、魔女を嫌わず、ありがたがるという変わった村だ。
そんなだから、面白がって関わりを持っていたのだけど、長老から急いで来て欲しいとある。
また、幼子が高い熱を出したのか、それとも流行病でも出たのか。
理由は書いていなかったけど、急いで村へ向かうことにした。
「ルファ、ここでいいわ。お家に戻って、ご飯食べていなさい」
ルファの食事を中断させて送ってもらったので、村に近い森の浅いところで降ろしてもらい、帰るよう促す。
ルファは渋っていたけど、さすがにドラゴンがいては村人も怖がると言い聞かせた。
ルファの後ろ姿を見送り、少し歩いて村に入ると、何かがおかしかった。
静かすぎる。
静かなのに、この殺気にまみれた空気。
またかという思いとともに、わたしは捕らわれた。
「魔女を捕まえたぞ!!」
「この魔女め!人狼を使って人を襲う魔女め!!」
この村の住人ではない者たちが、武器を手に一斉に現れた。
「この村の者たちはどうしたの?」
ただ隠れているだけならいい。
そうでないのなら……。
「魔女の手先となり果てたやつらなど、見せしめに殺してやった!」
そう、血に酔っているのか。
同胞を、同じ種族の者を殺したと、卑しい笑みを浮かべて誇るのか。
「魔女を殺せっ!」
「魔女を殺せ!!」
喚く人間たち。
槍で突かれ、剣で斬られ、手で目をえぐられて。
痛みはあれど、死ぬことはない。
どんなに痛めつけても死なないわたしを見て、徐々に恐怖を感じるようになる人間たち。
同胞を殺した興奮も冷めてきたのか、武器を持つ手が震えている。
「愚かな人間たち。親に教わらなかったのかしら?魔女に手をだしてはいけないと」
わたしは、人間の国に伝わる童謡を口ずさむ。
優しき女は人間
猛き女は獣人
恐ろしき女は魔女
魔女の宝を奪った王様は
呪いをかけられ消えた
魔女を傷つけた騎士は
呪いをかけられ死んでった
魔女を殺そうとした勇者は
国がなくなったので誰も知らない
「わたしは生まれながらにして魔女。覚悟はいいかしら?」
生まれながらにして魔女とは、突然現れて、突然消滅する。
だから、死ぬということはない。
わたしは死なないのに、馬鹿な子。
目の前の人間が吹き飛んだ。
血を撒き散らしながら、他の人間を巻き込んで。
グルルと怒りを含んだ唸り声に、人間たちが怯む。
「人狼…」
「新月なのに…」
あぁ。わたしが人狼を使って人間を襲っていると思ったから、新月である今日を選んだのね。
でも残念。
魔女には関係ないわ。
月は魔力を高めてくれるけど、闇夜は魔女たる力を増幅するのよ。
さぁ、始めましょう!
「ルカ、遠慮はいらないわ」
わたしがそう告げると、次々と人間に襲いかかる。
養い親としては止めるべきなのでしょうけど、わたしは魔女だもの。
それよりも、初めて見たルカの人狼としての本来の姿。
とても美しくてゾクゾクしたわ。
もっと見ていたいと思ったのに、人間を片付けたらいつもの姿に戻ってしまった。
「ごめん、リア。おれのせいで…」
わたしにすがりつくようにして、謝るルカ。
「ルカのせいじゃないわ。あなたが番を求めていたのを知っていたのに、独り立ちさせなかった自分のせいよ」
「違う!おれはリアの側にいたいんだ!番なんてどうでもいい」
「そんなこと言わないで。わたしに、ルカの子供を見せてちょうだい」
ルカは苦しそうに顔を歪めると、グルルと唸りながら言った。
「リアが好きだ。おれの番はリアだけだ」
あら。あらあら。
どうしましょう?
思ってもいなかったわ。
わたしがルカの番に?
でも、魔女の伴侶って、魔女に縛られるのよね?
それはそれで可哀想だわ。
「だめよ、ルカ。魔女と結ばれると、相手は魔女に縛られてしまう。老いることもなければ、離れることも許されない。魔女が相手を求め、生きている間はずっと」
魔女が死ねば解放されるけれど、わたしはいつ消滅するのかわからない。
何千年と先かもしれないし、明日かもしれない。
「それでもいい。リアがおれのこと好きなら、ずっと側に置いて欲しい。ルファばかりずるい。ルファは使い魔だから、好きなだけリアといられる」
やだ、可愛い!
ひょっとして、ルファが使い魔になったときから嫉妬していたのかしら?
「ふふっ。可愛い」
ルカの頭を撫でると、少し恨めしそうにわたしを見つめる。
「ルカのこと、男として好きなのかは、まだわからないわ。でも、家族としては大好きよ。それでもいいの?」
「いい。おれが頑張ればいいだけだ。リアに男としても見てもらえるように」
そうね。時間はまだあるもの。
頑張って、わたしを惚れさせてね。
重ねた唇は、血の味がした。
「ガルル」
ルファの声がして姿を探すと、本来の大きさに戻っていた。
「ルファ?どうしたの?」
「物足りないのか?」
ルカは理解したようで、呆れた声を出していた。
「物足りない?」
そういえば、人間の残骸がないわ。
うそ!食べちゃったの!?
「ルファ、お腹壊すから、落ちているものを食べちゃだめっていつも言っているでしょ!」
ドラゴンのお腹がそんなに弱いわけないけど、それでも心配なの。
だって、人間よ?
絶対、美味しくないもの!!
ルファを叱ったあとで、どこかに隠してあるのだろう、住人の遺体を弔うことにした。
「ルカ、村の人たちの弔いを手伝ってくれる?」
ここの村人たちは、ただ巻き込まれただけの可哀想な人たち。
あなたたちの恨み、わたしが代わりに呪ってあげるわ。
魔女に手を出した、愚かな人間たちに。
「今度、魔女集会に行きましょ。伴侶ができたって、自慢しなきゃ!」
「伴侶……嬉しい」
なんだかんだ言っても、ルカのことは好きよ。
今度、人狼の姿で抱きしめてね!
魔女の呪いによって、人間の国が一つ消えた。
その国は森に飲み込まれ、今では国があったことすら忘れさられた。
それでも、魔女の恐怖だけは言い伝えられる。
魔女には手を出してはいけないよ。
人狼にするか、ドラゴン(すべすべ)にするか悩んで、選べずに両方にしたらこうなった!
あと本当は、ルファが暴れて国を滅ぼす予定だったけど、力尽きた(笑)