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8.中道を行く

 (犯罪心理学専攻生・星はじめ)

 

 「電子機器に敏感に反応するナノネットは実は随分前からその存在は知られていたんですよ。有名になったのは最近ですけどね。有名と言ってもナノネット研究者の間で、という話ですが」

 

 紺野さんは随分と呑気な口調でそう言いました。いえ、紺野さんの口調はいつも通りで、或いはそれを呑気に感じたのは、僕が危機感を抱いているからなのかもしれませんが、とにかく、紺野さんは僕らの報告を聞いてもいたってリラックスしていたのです。

 それは紺野ナノマシンネットワーク研究所で、先日の調査によって集めたナノネットの情報…… 付喪神ナノネットの分析結果の内容を紺野さんから教えてもらっている時のことでした。もちろん、山中さんも来ています。

 一応客扱いしてくれているらしく、僕らは応接用のスペースに通されていました(この研究所は仕切りがない構造になっていて、応接室はありません)。そこでソファに座りながら、三人で話していたのです。分析結果の内容と言っても、難しい専門的なものではなく、砕けた表現で紺野さんは説明してくれていました。

 「有名になった原因は簡単です。市井のナノネット研究者の方が、電子機器親和型のナノネットから発せられる信号をコンピュータなどと連携させるソフトを開発したからです。しかも、それを無料でダウンロードできるようにすらしてしまった。えらく気前のいい話ですが、ネット社会では珍しくないですね。人間はどうやら“誰かの役に立ちたい”と欲する生き物であるようです」

 妙に含みのある言い方だなとは思いましたが、僕はそれは気にせずこう尋ねました。

 「つまり、ナノネットを利用してIoTをできるようにしたって事ですか?」

 「いえ、そこまで考えてはいないようでした。実用的なものとして、というよりは、発表したご本人にしてみれば娯楽に近いものだったようです。“こんな事もできるぞ”と世間に向って示したかったのでしょうね。もちろん、発表当初から原理的にはIoTへの利用が可能であることは分かっていましたが、まさか実践する人がいるとはご本人も思っていなかったのではないでしょうか」

 それに僕は「もったいない話ですね。大学やなんかで研究すれば良いのに」と、素直な感想を口にします。紺野さんは淡々と返しました。

 「それは難しいですよ。お堅い学会は、市井の研究者の、しかも怪しいものとして扱われているナノネットの研究なんて認めようとはしないでしょうから。例え研究自体は素晴らしいものであったとしても、ね」

 「世知辛い世の中ですねぇ」

 僕がそう返すと、山中さんが口を開きました。

 「とにかく、そんな過小評価されている日の当たらない研究に神原先生は上手く目を付けたって話ですね? そして、恐らくはそれを利用して何かをやろうとしている」

 それを聞くと、紺野さんはため息を漏らしました。

 「ええ、そうなのでしょうね。一体、何をしようとしているのやら、あの狸は」

 そしてそう言います。神原さんという方はよく狸に例えられます。特に外見が狸に似ている訳じゃないのだそうですが。

 「紺野先生でも予想が付かないのですか?」

 そう山中さんが尋ねると、「今の段階では、何も言えませんよ」と紺野さんは返しました。

 「ただ、それでも必ずしも対処方法を準備できないという訳ではありません。星君や山中さんがナノネット情報やサンプルを持ち帰って来てくれましたからね」

 それを聞いて僕は質問しました。

 「付喪神ナノネットを無効化するナノネットを作るのですか? いつかみたいに。今の段階でナノネットを消してしまえば、何も問題は起こりませんものね」

 紺野さんは首を横に振ります。

 「いえ、そんな怖ろしいことはしませんよ。その地域一帯で、その付喪神ナノネットはIoTを利用する為になくてはならないものなのでしょう?

 それを消去したりしたら、生活に支障が出てしまうかもしれない。工場で損害が出たら、下手すれば訴えられますよ」

 「じゃ、どうするのです?」

 「なにも消去するばかりがナノネット問題を解決する手段じゃありませんよ、星君。今回のケースで最も警戒すべきなのは、荒神と化し、制御不能状態に陥ったナノネットの“霊”が暴走する事でしょう。つまりは、それさえ防いでやれば良いのです」

 そのケレン味たっぷりの表現に、山中さんが敏感に反応しました。

 「それは、付喪神の荒魂を祀り込めて和魂に変えるということですか? 人々がそう信じたなら、精神に感応するナノネットは本当に治まりますよね?」

 「いえ、違います。確かにそれも面白い考えですが、付喪神信仰がその地域になければ使えない手段でしょう。それよりも、発想としては仏教の考え方に近いかもしれません」

 それを聞いて、「仏教?」と、思わず僕はそう声を上げていました。

 山中さんは付喪神の話は、元々は仏教説話なのだと確か言っていたような気がします。紺野さんは楽しそうに笑うと、こう言いました。

 「あなた達が持って帰って来てくれたサンプルの中に面白いものがありました」

 「はぁ」

 今回は意図的に住民の方達がナノネットを育てていて採取し易かったので、いくつかサンプルを採りましたが、どれの事を言っているのでしょう? ところが、それからそのサンプルの話を始めるのかと思っていたら、紺野さんは何故かこんな話を始めるのです。

 「人間が執る行動選択は大きく3パターンに分かれるのだそうです。

 一つ目は、周囲の多くの人が執っている行動を真似るというパターン。皆が観に行っている映画だから観に行こうとか、皆が実践している方法だから真似しようとか、そんな行動を執る人達ですね」

 「はぁ」

 なんでいきなりこんな話を…… と、思いはしましたが、実は紺野さんはよくこんな話の運び方をするので口は挟まずに続きを聞くことにしました。

 「二つ目は、権威者の言動に従う人達。専門家が薦めているからその商品を買うとか、カリスマのアドバイスに従ったりする人達とかですね。

 そして最後の三つ目は、周囲の影響をあまり受けず、自らの道を進む人です。他人がどうであろうが、自分が考えた自分なりの方法を実践して行くのですね。

 この最後の三つ目の行動パターンを執る人は孤独を厭わないと思われがちですが、決してそうとは言い切れない。それどころか、他人の真似をする人以上に人間関係に敏感で、注意を向けているような人も中にはいるはずでしょう。もっとも、その価値基準は異なっているかもしれませんが」

 僕にはどうして紺野さんがそんな話をしたのかまったく分からなかったのですが、山中さんはなんとなく察したようでした。

 「もしかして、私達が持ち帰ったサンプルの中に、そんな人格のものがあったのですか?」

 紺野さんはにっこりと笑いました。

 「その通りです。他のサンプルは、複数の人格パターンが混在していましたが、一つだけ、意図的にそれだけを集めたとした思えないものが存在していました。そして、その人格が当にそんなパターンを描いていたのですね」

 それを聞いて僕は記憶を辿ります。そして、なんとなくですが、それは“高田・稲盛”という表札のあの家で採ったサンプルではないかとそう思いました。

 あの少年の動揺っぷりは何かおかしかったですから。

 「好きな女の子のナノネットでも集めていたのですかね?」

 と、それでそう言ってみました。

 それを聞くと紺野さんは、「何か心当たりでもあるのですか?」と尋ねてきました。「いえ、変な態度の少年がいたものですから」と、それに僕。

 「そのナノネットと会話でもできるのなら、好きな女の子と一緒にいられる…… ような気分になりますから、分からなくもないですね。まぁ、倫理上許されるのか? という問題はありますが」

 そう山中さんが続けました。それに紺野さんが言います。

 「いえ、或いはそれ以上の効果があるかもしれませんよ。ある程度、そのナノネットが操作できるのなら、相手の状態が分かります。それで行動を変えて確かめていけば、相手の好意を上手く引き出せもするでしょう。恋愛相談だってできるかもしれません」

 いずれにしろ、ちょっと変態っぽくあるような気がするな、とそれを聞いて僕はそんな感想を持ちました。何にせよ、熱心に話すような内容でもないと思ったので、そろそろ元の話題に戻そうとこう訊きます。

 「あの、それで、紺野さん。その我が道を行くタイプのナノネットがどうかしたのですか?」

 「はい。そのナノネットですが、例えば、対立する二つの集団のどちらにも付かず、その仲立ちをするような行動を執ろうとするようなのですよ。そして上手く全体を調整してくれるようです。つまり、ネットワークの接着剤のような役割を果たしてくれるのですね。

 ただ、そのナノネット自体はどちらにも属さないので、孤立しがちになってしまうようですが」

 その説明に「それはなんだか少し悲しいですね」と、僕は素直な感想を言います。それに続けて山中さんがこんな事を言いました。

 「ああ、なるほど。そのナノネットは“中道を行く”って事ですか。確かに仏教的かもしれません」

 その言葉の意味が分からなかったので僕は尋ねました。

 「“中道を行く”と言うと?」

 「そのままの意味ですよ。偏った意見を持たないで、その中間を行こうっていう仏教の思想です。非常に日本人っぽくて欠点もやっぱりあるのでしょうが、その発想が対立を和らげるという効果はあるかもしれません」

 そう説明すると、山中さんは紺野さんに視線を移しました。

 「そのナノネットの性質を上手く使えば、例え付喪神達が荒れても、治められるかもしれないと紺野先生は考えているのですか?」

 紺野さんはそれにゆっくりと頷きました。

 「はい。その通りです。多分、なんとかできると思います。

 少なくとも、それが神原さんの計画の安全弁にはなるでしょう。どんな計画かは分かりませんが」

 そしてそう言ってからこう続けます。

 「……もしも、私のこのような行動も、あの男の計画の内なら少々癪ですが、ここは乗るしかないでしょう。僕の意地の所為で被害を出す訳にはいきませんから」

 なんだか諦めたような感じで。

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