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7.そんな変態みたいなことができるか!

 (高校生・稲盛太一)

 

 「どうして、こんなものをあっさりと受け入れられちゃってるの?」

 と、並木さんから言われた。“こんなもの”というのは、化けてしまった僕のスマフォのイズのことだ。彼女の前でイズが勝手に喋り始めて、それで彼女に僕のスマートフォンが普通ではないとバレてしまったのだ。

 そう言われて、僕は初めてそれが変だと思い至った。普通なら不気味がって捨てるなり誰かに相談するなりするだろう。パニックになる人だっているかもしれない。だけど僕は一応友達(?)のような感じでイズに接している。

 それは彼女に校舎裏に連れて来られて……、彼女はあまり手入れされていないような感じの髪型をしていてワイルドである上に目つきが鋭かったからちょっと印象が怖くて、僕はシメられるのじゃないかと初め少し怯えていたのだけど、それはともかく、その場で「丹内さんの孤独を癒す為に付き合いなさい」と何故か命じられた時の事だった。

 僕は彼女のイズを“あっさりと受け入れられちゃっている”という指摘はもっともだと思ってから、直ぐにそれを言うなら並木さんも似たようなものじゃないかと思い直した。随分と冷静にイズに対処している。

 で、

 「だって、こんなもんをいきなり見せられたら、もう開き直るしかないじゃない。稲盛君普通にしているし」

 そう言ってみたら、そう言われた。

 『そうだぞ。相手の事も考えなくちゃ』

 と、まるで他人事のようにイズが言う。お前の話題なんだぞ? とは思ったけど、口には出さなかった。

 「とにかくね、手を組むにしても、何にしても、まずその喋るスマートフォンの正体が分かってからだと思うのよ、わたしは」

 それから並木さんはそう至極真っ当な意見を述べた。僕はそれにこう反論する。

 「それはその通りだと思うよ。でも、正体を突き止めようにもどうすれば良いのかまるで分からなくてさ」

 これも正論だと思う。

 だけど、僕がそう言うと、彼女は「考える前から諦めているだけじゃないの?」と、きつい口調で言って来るのだった。

 僕はその言葉に少し困った。それから、「例えば、どんな風に考えれば良いの?」とそう尋ねる。すると、彼女は「そうねぇ」と迷ってからこう述べるのだった。

 「ほら、ここ最近、付喪神の噂を聞くじゃない。そのスマフォは付喪神なのじゃないの?」

 それを聞いて“何の説明にもなってない”と僕は思ったけれど、口には出さなかった。と言うか、出せなかった。

 「いや、付喪神って言っても数年くらいしか使っていないけど? 確かに旧型のスマフォではあるけどさ。付喪神って九十九年とか百年とか使わないとならないのでしょう?」

 それに彼女は、「今の時代、付喪神もせっかちなのかもよ?」なんてまたよく分からない事を言った。

 「いや、ちょっといい加減するでしょ」と僕は返す。

 そんな言い合いを僕らがしていると、突然イズが割り込んで来た。

 『何を、不毛な言い争いをしているんだ、君らは』

 そう言いたくなる気持ちも分かるけど、お前にだけは言われたくない。

 『ボクの意見を言わせてくれ。

 ボクみたいな現象について、少し調べてみたのだけど、怪しいとすればナノネットってのが一番だと判断した』

 「ナノネット?」

 『精神に感応する能力があるナノマシンのネットワークだよ。幻覚とか幻聴とかを引き起こす事もあるらしくて、怪体験の原因になる事も多いというから、今のこの現象を説明するのにピッタリだね』

 僕はそのイズの主張に淡々と返した。

 「いや、それは知っているよ。と言うか、僕もその可能性は疑った。でも、ナノネットだって都市伝説みたいなもんだし、これだけの現象を引き起こすのだったら、それなりの濃度と量のナノネットが必要なはずだよ。そんなもの僕の日常生活の何処にあるんだ?」

 するとイズは『それは分からないよ。でも、“事実は小説より奇なり”って言うぜ。何処にナノネットがあるか分からないじゃないか』なんて言って来た。つまり、憶測に過ぎないってことだ。

 それを聞き終えると、今度は並木さんが口を開いた。

 「まぁ、とにかく、そのスマフォに頼るのは保留にして、それとは別に“丹内穂香と付き合う”作戦を進めましょうよ。これはわたしの勘だけど、多分、稲盛君は脈ありだと思うのよね」

 僕はその彼女の言葉に敏感に反応して、喜んでしまった。我ながら単純だとは思うけれど。

 「え? そうなの? 僕について彼女がなんか言っていたとか?」

 並木さんは首を横に振る。

 「ううん。何も言ってなかったけど、さっきここに来る前に、君の事を気にしていたのよね、彼女」

 「それだけ?」

 「それだけ」

 その言葉に僕はやや落ち込む。期待させておいてこれは酷い。

 「何を落ち込んでいるの?」

 と、その様子を見て並木さん。

 「いや、丹内さんが僕の事を話していないって聞いて……」

 そう答える僕に対して、並木さんは馬鹿にするような口調で言った。

 「呆れた。たったそれだけの事でそこまで落ち込むの? 安心しなさいな。わたし、あまり丹内さんと話さないから、あなたの話をしているかどうかは知らない。と言うか、そもそも、あまり人と話さないのだけど」

 「なにそれ?」と、僕。

 少しの間の後で続けて質問する。

 「そう言えば、そもそもどうして並木さんは丹内さんと僕を付き合わせようとしているの?」

 「だから、言ったでしょう? 孤独に苦しんでいそうな彼女を助けてあげたいからよ。わたしはわたしが平穏に過ごせている事について彼女に感謝をしているし、彼女みたいな良い人が良い人であるが故に孤立しているなんて理不尽も許せないの」

 「いや、だったら、君が丹内さんともっと仲良くすれば良いじゃない」

 「わたしが? 嫌よ。わたし、友達付き合い苦手だもの!」

 「今こうして僕と話しているみたいにして話せば良いだけでしょう?」

 その僕の訴えを聞くと、彼女はこんな事を言うのだった。

 「ハッ! 何も分かっていないわね、稲盛君は」

 「何が?」

 「わたしがリラックスしてあなたと話せているのは、あなたがわたしにとって“どーでもいー人”だからよ。丹内さんみたいにどうでもよくない人とは自然に話せないの! わたしは!」

 なんだか凄く変なカミングアウトをされた気分だった。そしてそれと同時に僕は、彼女がかなりのマイペースで、集団行動が苦手な人なのだとよく理解した。

 『ま、喧嘩はその辺りで止めて、三人で協力して、丹内穂香と太一が付き合えるようにしていこうじゃないか』

 そのタイミングでイズがそんな事を言う。すると、すかざす並木さんがツッコミを入れた。

 「だからあんたが仲間に加わるのは、正体が分かるまで保留だって言ったでしょうが! このフリーダム・スマフォが!」

 なんだか、彼女の方が僕よりも自然にイズに接しているような気がする。

 こんなんで上手くいくのだろうか? と、そんな光景を見て僕は大いに不安になった。いくら何でもこのチームは凸凹過ぎる。ところが、予想に反してそれから事態は良い方向に向かって動き出してしまったのだった。

 

 「稲盛君と並木さんって仲が良いの?」

 

 並木さんと協力し始めてから数日後、昼休みに彼女の教室を訪ねた時、突然に丹内さんから僕はそう尋ねられたのだ。予想できるかもしれないけど、一応断っておくと、それまで並木さんとの協力は何の進展もなくて、ただただ不毛な会話が繰り広げられるだけだった。

 「ううん。別に彼女と仲は良くないと思うけど」

 そう、僕は彼女の質問に返した。

 どうも丹内さんは僕と並木さんが付き合っていると誤解しているようだ。不安を覚えつつも、僕は彼女がそれに危機感を覚えているのじゃないかと淡い期待を抱いていた。

 「そうなの? でも、並木さんってあまり人と話さないのに、稲盛君とはよく喋っているみたいだから」

 まさか、“君と付き合う方法を一緒に模索しているだけ”とは言えない。それで、

 「話してはいるけども」

 と、僕はそう誤魔化した。すると続けて彼女はこんな事を言って来るのだった。

 「とにかく、話してはいるのね? 並木さんって教室内で孤立しちゃっているみたいだったから心配していたのよ。もし、稲盛君さえ良かったら、彼女が教室に馴染むように協力してくれない?」

 この場合の“孤立”のニュアンスは、丹内さんの場合とは違うのだろうと僕は思った。並木さんの場合、恐らくは彼女自身がけっこうなトラブルメーカーなのだ。並木さんは丹内さんに感謝していると言っていたし、多分、普段から何かと問題を起こしていて、周囲に、特に丹内さんに、迷惑をかけているのだろう。だから、そういう意味で、丹内さんは並木さんを心配しているのだと思う。

 “やっぱり、優しいなぁ、丹内さんは”

 僕はそれを聞いて感動した。

 丹内さんと並木さんは互いに互いを心配し合っているというのに、どうしてここまで印象が違うのだろう? ま、印象だけじゃなくて内容も違うのだろうけど。

 「僕は別に構わないよ」

 そして、気付くと僕は後先考えずにそう返していたのだった。久しぶりに丹内さんと話せてテンションが上がっていたってこともあったかもしれないし、並木さんに対する憤懣が溜まっていたって事もあったのじゃないかと思う。

 丹内さんはその言葉にとても嬉しそうな顔を見せた。僕はその表情にときめく。可愛い。それから彼女はこう言った。

 「良かった! なら、今度三人で何処かに出かけて、何か話しましょうよ。映画でも観に行くとか」

 僕はそれに思わず「え? 良いの?」とそう返していた。丹内さんは不思議そうな表情を見せる。

 「わたしが提案したのよ?」

 僕は何度もうなずく。

 「うん。うん。そうだね。じゃ、行こう。是非とも!」

 並木さんをダシにする形にはなったけれど、これは彼女の自業自得だろう。彼女の了承は得ていないけど、嫌とは言わせない。そもそも僕に丹内さんと付き合えと言って来たのは彼女なのだし。

 そうして早速、次の日の日曜に、僕らは映画を観に行く事になったのだった。並木さんに話してみると、案の定、嫌がったけど、もう遅いだろう。

 とにかく、そうして並木さんは丹内さんの孤独の苦しみを癒す為に僕と協力し、丹内さんは並木さんの孤立を何とかする為に僕と協力するという、なんとも奇妙な人間関係が出来上がってしまったのだった。

 しかも、話はまだこれで終わらない。

 

 「太一、お前、もしかして、このペットボトルの中で育てているナノネットを飲んじゃっていないか?」

 

 ある日、叔父さんからそう尋ねられたのだ。叔父さんは食卓に出しっぱなしにしてあると思って僕が冷蔵庫に入れておいた水の入ったペットボトルを手で持って示している。

 「え? それ、水じゃなかったの?」

 それに叔父さんは「水は水だけど、ナノネット入りの水だよ」とそう答える。その言葉に僕は驚愕した。

 「聞いてないよ!」

 と、叫ぶ。

 「言ってなかったかもしれん」

 と、それに叔父さん。

 呑気で、ズボラ過ぎる。

 なんでも近所で、ナノネットを育ててそれを振りかける事で、IoTをやるってのが流行っているらしい。叔父さんは近所の人からおすそ分けしてもらったナノネットを、ペットボトルの中に入れて育てていたのだそうだ。僕はそのナノネット入りの水をずっと飲み続けていたってことになる。

 まぁ、つまりは、僕はそれと知らずにナノマシン・ネットワークをずっと摂取し続けていたのだ。精神が何らかの影響を受けたとしても不思議じゃない。スマフォのイズの正体は恐らくそれだろう。本人が言っていた通り、ナノネットだったってワケだ。

 そしてそれは、イズの仲間参加保留状態が解けた事を意味してもいた。正体が分かるまでという約束だったから。

 『よぅし。これでボクもようやく参加できるね』

 なんてそれを聞いてイズは嬉しそうに言った。そしてそれからイズはこんなトンデモな指示を僕にして来たのだった。

 

 『太一よ。丹内穂香の身の回りのものをできる限り多く集めるんだ。体液が付着していればベスト!』

 それを聞いて、

 「そんな変態みたいなことができるか!」

 と、もちろん僕はそう怒った。

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